217話 いらないものを拾いました
砂柱から飛び出してきたのは、鉄のような鋭い大顎をガチガチと鳴らし襲い掛かってくる砂走りだった。
人間程度なら一発で噛み千切るレベルの大顎も魔導従士相手には効果はなかろうとタカをくくっていたら、ハーンが慌てて回避操作を行い、やや遅れて唸るような音とともに万能素子転換炉が周囲の万能素子を吸い込み変換された魔力によって騎体が追従し回避行動に入る。大気中の万能素子が薄いのと騎体の追従性能が低い弊害だ。
「ちょっ、なにしてんの!」
急な動きに危うく操縦槽から放り出されそうになるのを必死にこらえて文句を言おうと、
「すんません! こいつ紙装甲なんすよ」
ハーンからそう返事が返ってきた。だから何だと言う理由はこの後すぐに判る事になる。
操縦桿を動かし騎体の腰の後ろの装甲に固定してある軽槌矛を三本の指で握りしめた。この騎体は三本指なのだ。
戦闘機動への僅かな遅れから先手を取られ追従性の低さもあって[ジル]の左脛を砂走り大顎が捉える。
万力の様にギリギリと脚部を圧迫し、ブチリと嫌な音が聞こえた途端、騎体の情報を映し出す板状器具端末が映し出す左脛あたりが真っ赤になり警報が狭い操縦槽に鳴り響く。更に水のようなものが噴き出す音が操縦槽にまで聞こえてくる。
「魔力収縮筋に損傷! 左膝冷却水管弁閉鎖!」
被害報告と対応を口にしつつハーンは慣れた動作でボタンやレバーを操作していく。程なくして水が噴き出す音が止まる。
「こんのぉぉぉぉっ!」
ハーンの叫びとともに軽槌矛を振り下ろす。騎体の左脛に噛みついたままの砂走りの胴体に命中しグシャリと潰す。
その一撃は致命傷足り得たが蟲系の怪物はタフというか補助脳が反復動作を行う関係ですぐには動きを止めないからなぁ……。
軽槌矛を腰のラックに戻し、両手を用いて噛みついたままの頭部を粉砕し大顎を外す。
「ちょっと降りて損傷具合を見てきます」
「待った! そうは言っても砂走りが来るかもしれないだろ? 危険すぎる」
固定帯を外して操縦槽から出ていこうとするハーンを僕は慌てて止める。
「いや、このままだと左膝から下が動かないんですよ。まさか左脚引きずって帰る事になるっすけどどうします?」
移動速度が著しく低下だけでなく、振動感知で獲物を捕らえる砂走りや砂蟲に襲われた際に振り切る事が出来ない。
「操縦槽の板状器具端末から確認はできないのかい?」
「それが出来たらわざわざ降りませんよ。もっとも高級騎なら可能なんですけど、こいつは再生品のうえに日常使い用って事で余計なものは付けてないっす」
取りあえず僕が周囲を警戒し、その間にハーンが点検をすることで話は纏まった。
ハーンはなるべく振動を与えないようにそっと砂漠に降り立ち早速左脛の確認作業を行う。
「二次装甲が拉げて魔力収縮筋の一部を圧し潰しているみたいっすね……これなら何とかなるかな……後は――」
ブツブツ言いながら左脚を中心にぐるぐると回る。
「ハーン、どんな感じ?」
それほど時間は経過していない筈だが、いつ襲われるかと思うと気が気でないこともありやや強い口調で質問していた。
「骨格に影響はないし冷却水管に亀裂が入ってますが、応急処置で帰るまでなら何とかなりそうです」
特に気にしたという雰囲気もなく状況報告を返しつつ再び操縦槽へと上がってきた。
座席に腰を降ろし操縦桿のボタンを操作して三本の指で器用に左脛の装甲を毟り取る。
「それはどうするんだ?」
両手に前後に分割された左脛の二次装甲を持っている。
「こうします」
そう言うと右前方と左前方にそろぞれ投擲した。飛距離にして10サートほどの位置に落ちると程なくして砂柱が立ち砂走りが破片に食いついた。
「あ、やっぱり居たかぁ」
「気が付いていたのか?」
「いや~、なんとなくっすね」
何となくとは言え気が付いたのか……もしかして僕より勘がいい?
再び座席から離れ。操縦槽の足元に転がしてあった大袋を持つと騎体の足元へと降りていく。
「おい、近くにいるんだぞ」
「止血作業を終えないと動かせないんで、見張りの方頼みますね」
そう言うと大袋から厚手の布を取り出し破損している冷却水管を縛っていく。妙に原始的な対応だなぁ……とか思っていると作業が終ったのかハーンが上がってきた。
「終わったっす」
「ありがとう。なら回収して戻ろう」
無言で頷きハーンは[ジル]を歩かせる。そして騎体の右手で近くに転がっていた金属鎧に身を包んだ人物を絶妙な力加減で掴み上げる。経験の浅い僕では真似できない操作だ。
更に近場に転がっていた破損した魔導速騎を左腕で拾い上げたのちに放り捨てる。
魔導速騎が落下した衝撃を感知したのか砂走りが動き出す。その隙にハーンは[ジル]を走らせる。
往路に比べて復路は半速で砂漠を走り抜ける。魔力収縮筋を冷却する冷却水管が破損している関係で負荷が掛けられないので止むを得ないのだ。復路の途中で幾度か砂蟲の襲撃を受けそうになったがギリギリ振り切って一刻ほどで遺跡へと戻ってこれた。
設営が終っていた活動拠点へと向かい、拾ってきた人物を地面に寝かせる。
ハーンには騎体の修理を頼み拾ってきた人物の確認を行う。
鎖帷子のお陰か体形が浮き出ていて対象の人物が女性であることが分かった。金環風防から見える顔の血色は悪くなく恐らく気絶しているだけだと思われる。結構美人さんだ。
そして嫌なものを見つけてしまった……。
左胸の部分に鉄板が貼り付けてあり戦の神の紋章が浮き彫りにされているのだが、その紋章がバツの字に深々と傷つけられているのである。
「破戒僧だと……」
戦の神の神殿組織から破戒認定された女性聖戦士か神官戦士だろう。もしかしたら復権するために【使命】を受けた者かもしれない。
この女性が犯罪者というわけではないだろうけど、いったい何の理由でこんな危険な場所へと一人で来たのだろう?
取りあえず意識が戻るまでここに放置で良いだろう。
僕らは夕飯のついでに明日以降の行動を指示する。
船員30人を六人一組とし一組を活動拠点の警護に残し、残りの四組をこの遺跡施設の調査に充てる。
船員は同時に戦闘員も兼ねている。地上施設の調査程度なら彼らも十分役に立つだろう。
「僕らが注意する事は、魔戦技や武技などの体内保有万能素子を用いる技術の使用を禁止する事かな」
本来であるなら一晩休めば失われた体内保有万能素子は全快するのだが、この領域ではそれも見込めない。
周囲の万能素子濃度から滞在期間は本日を含めて最大で四日とした。
ここ暫く魔導機器やら魔法の工芸品のある生活で楽をしていたせいかそれらが使えなくなると結構しんどい。
ブクマ、誤字報告、感想ありがとうございました。




