216話 虚無の砂漠②
「状況は?」
展望デッキから指揮所に駆け込みすぐさま状況を問う。
「急激な万能素子の減少で万能素子転換炉が一旦停止したものの再起動し、現在は微速にて航行中じゃ」
操舵手のフバールから返ってくる。
「御曹司。このまま行くかね?」
「帰還限界点迄進めてください」
「わかった」
操舵手のフバールはそう答え操舵に専念する。一瞬越権行為かと思ったのだけど、ラーケン艦長が何も言ってこないので問題はないのだろう。
微速に落とし、艦内の魔導機器類の使用を著しく制限する事で航行には支障がないのでこのまま航行を続けてもらう。
本来の予定であれば日没くらいには遺跡の前に停泊する予定だったのだけど、原速から微速まで落とした影響は大きく、日が沈む時刻になっても当初の行程の半分ほどである40サーグほどしか進めなかった。
また万能素子濃度も平時の三割を切っており、このまま進めば目的地の遺跡のあたりは万能素子が殆どないのではないのかという予想が出た。
生活魔術すら使えないのも困るが、最も怖いのは生物は万能素子がない空間では長時間滞在できないというきちんとした実験結果があるのだ。
勿論、過去の魔術師が奴隷を人体実験して確かめている結果だ。
正常な状態での滞在期間は凡そ三日だろうと推測される。
真語魔術に関しては町で和花たちに濃縮された万能素子結晶を五つほど買ってきて貰ったので何とかなるだろう。
問題は魔法の工芸品の方だ。魔法の鞄の機能がすでに低下している。
具体的には瞬時に出し入れできたはずが、出し入れに一分ほど要する。このまま行くと空間を開いた瞬間に座標が固定されて魔法の鞄を閉じるまでその場から動けなくなるという可能性もある。
久しぶりに背負い袋を背負うことになりそうだ。夕飯時に皆にそう告げる。
「――――、各位準備の方をよろしくね」
「問題は滞在期間を三日とするにしても水はどうするよ? あれは結構重いぞ」
「それなら遺跡の敷地内に活動拠点を
設置しましょうよ。」
「そうだね」
そうして簡単な打合わせが終わり解散する。万能素子の消費を抑えるために通常の明かりを落として燃料角灯を用いているのだ。非常用なのであまり燃料を確保していないしさっさと寝よう。
翌朝日の出とともに出発し日の入りと共に停泊をする。微速程度じゃ目的地には届かなかった。ただ幸運なことに万能素子濃度の下落がゆっくりとなり現段階では二割強くらいはある。
この調子だと明日の昼過ぎには遺跡の前に到着しそうだ。
何事もなければだけどね……。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
前日にフラグを建設してしまったのか五の刻を過ぎたあたりで指揮所から呼び出された。
指揮所の窓から外を見ると地平線のあたりに遺跡が見える。まずは用件を聞かなければ。
「それで、緊急の用とは?」
「索敵員が0.5サーグ先で人が倒れているのを発見した――――」
そう言って話し始めるラーケン艦長の報告をまとめると、本来であれば要救助なのだが、現在は万能素子濃度が極端に落ち、一度速度を落とすと、なまじ船体が大きいのが災いし再加速の際に膨大な万能素子を消費する事になる。
先ほど船医のキーン氏から船員の一人が万能素子欠乏症で倒れたと報告があったという。
船員の安全を思えば引き返したいくらいなのだろう。
生死不明の見知らぬ人より今後の円滑な付き合いを考えれば船員を優先か……。
「そのまま前進してください。万能素子欠乏症の船員は容体が悪化するようなら報告してください」
僕はそう告げると指揮所を出て階段を使い艦尾ドック式格納庫へと行く。
そして船員と一緒に奥の拡張倉庫から荷物の搬出を行っているハーンを呼び止める。
「なんすか?」
「今すぐに出せる騎体はある?」
「……魔導歩騎は、いま使ってるんで無理っすね。それよりこんな低濃度の万能素子環境で何をするんです?」
「外に人が倒れてるそうだ。確認に行きたい」
ハーンは嘘だろって表情で、
「は? この走行中の魔導騎士輸送機から飛び降りて、回収した後飛び乗るつもりですか?」と確認を取ってきた。
「やっぱり無理?」
「いまはダメですね。せめて遺跡で停泊したのちに俺が回収に行きますよ。そもそも開閉扉開くのにも万能素子を食うんですよ」
「あ……」
そう指摘されてすっかり失念していた事を思い出した。
「でも俺は思うんですよ。碌な事にならない気がするんすよねぇ。ま、とにかく停泊したら[ジル]でひとっ走りで済むと思うんで我慢してください」
「判った」
やはり無理だったようだ。
妙な焦燥感に駆られつつ待つこと二刻半、無事に遺跡前、というより古代帝国の都市に到着した。
ざっと見た感じだと市壁などは破損した形跡はなく、万能素子濃度も二割ちょっと割った程度と想定していた最悪の事態よりはマシだった。主門が開かれており、中を見るに主門広場が見える。
あそこに活動拠点を設置かな……。
艦尾ドック式格納庫の開閉扉を開き船員が荷下ろしして活動拠点の設営作業に入るのを眺めつつ、健司に後のことを頼んでハーンと共に救助に向かう。
一戦速で[ジル]を走らせてもらう。操縦はハーンに任せ僕は背面の手すりつつ身体の半分を背面開放型操縦槽の中に突っ込んだ形で同乗する。成人男子が二人乗りするには操縦槽は広くないのだ。
「そう、いや、なん、で、一番、性能の、低い[ジル]、を選ん、だんだ?」
体長1.5サートにもなる二足歩行の巨躯が走れば胴体部の操縦槽は荒ぶるように激しく揺れる。そんな中で舌を噛みそうになりつつ操縦するハーンに疑問をぶつけてみた。
魔導歩騎の[ザイト・イール]は船員が使用しているから使えないのは分かる。だが非常時の事を考えるなら高性能の魔導隠行騎の[ウル・ラクナ]の方が良いのではないのだろうか?
そう思ったからである。
「こいつでも全力疾走なら砂走りよりも早いっすよ。でもこいつを選んだ理由は転換炉起動時の消費万能素子が最も少ないからなんすよ。ほら、停泊地の万能素子濃度は二割を切っていたっしょ。性能の高い騎体ほど必要万能素子が増えるので状況によっては[ジル]のような低性能の騎体の方が良い場合もあるんすよ」
激しい揺れの中にもかかわらずハーンの回答は淀みない。
「見つけた!」
そう叫ぶと減速を始める。急激な減速で平衝を崩すもののハーンは巧みに操作して立て直し目標の手前でピタリと停止させる。
映像盤を覗いてみると、転がった魔導速騎、散乱する荷物、その他に投げ出されたのか1サートほど離れたところに鎖帷子を身に着けた線の細い人族らしきものが倒れ伏している。
「あ、これはやばいですね……」
「何がだい?」
「あの魔導速騎の傍に落ちている荷物を見てください」
ハーンに指摘されて目を凝らすと……。
「何か鋭いもので裂かれた感じがするね」
「おそらく砂走りの不意打ちを食らって投げ出されたんじゃないかと……」
そしてそれが正解だと言わんばかりに背後で砂柱が上がった。
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次回は2/23あたりかも?




