213話 次なる目的地へ④
2020-05-05 一部文章などを修正
「白き清浄なる理想郷の為に!」
その叫びと共に起こった爆発は間一髪間に合った【石の壁】の魔術によって生成された石壁によって阻まれた。
熱風が過ぎ去り悲鳴と呻きが周囲から聞こえてくる。
「和花、瑞穂、生存者の救助だ!」
ここにはかなりの数のマッチョな冒険者たちが並んでいたはずだが半分くらいに減っている。代わりと言ってはなんだが、飛び散ったナニかが大量にある。吐きそうになるのを堪えて負傷者を見ていく。
「瑞穂は軽傷者の治療を」
瑞穂は相手の負傷具合を見て【軽癒】か応急処置を判断して処理してもらう。
周囲の冒険者達の中ですぐに立ち直った者たちも自発的に負傷者の仕分けやら応急処置に協力してくれた。
問題は爆心地の近くにいた者たちだ。手足が吹き飛んでるのとかいるのだ。取りあえず【重癒】で傷を塞ぎ一命をとりとめたが、幾人かは手が施せなくて見殺しにしてしまった……。
組合職員やら被害の少なかった冒険者達と奔走して四半刻ほど、ようやく聖職者達がやって来て治療を引き継いでもらった。
魔術の使い過ぎで倦怠感が酷く立っているのも辛かったので僕らは街路に座り込む。
「あれって、やっぱり、【爆裂】だよね?」
「うん。正確には【爆裂】を【魔法封入】した簡易魔法の工芸品だろうね。発動条件を特定の語句としたんだと思う」
和花の疑問に憶測ではあるがそう答える。だがほぼ間違いないだろう。
なぜなら【爆裂】は第八階梯の魔術で使い手は絞られる。自爆テロ如きで失うには惜しい才能だ。命令する側も使い捨てるなら末端を使うはずだからね。
そして恍惚とした表情で叫んだ「白き清浄なる理想郷の為に」という台詞から特定の宗派というか集団を思い起こさせた。
「でも、親玉は死んだんじゃないの? 先生がそう説明してなかったっけ?」
和花も犯人に思い至ったようでそう確認を取ってきた。
「考えられるのは、師匠たちも全能ではないという事かな。相手が師匠たちより一枚上手だったんだと思う」
あれが隔離地区で数百世代にわたって洗脳教育を受け続けた人たちなのか……。若い男が見当たらなかったあたり戦闘員として微妙な子供や老人を使うあたりが汚い。
彼らは存在しない筈の光の神の求める世界とやらの為に命を捨てる事などなんとも思っていない狂信者だと言うのが今回の件ではっきりと分かった。
もちろん伝聞では知っていたが、間近で見るとあの狂気っぷりは敵に回すと怖いなと……背筋が凍りそうである。
その後は冒険者組合の職員に礼を言われ、彼らの計らいで個別契約馬車が手配された。もちろん運賃は組合支払いだ。
「やれやれ……まさか自爆テロに巻き込まれるなんてね」
個別契約馬車に乗りひと息ついたところで思わず愚痴が漏れた。
「これで終わりなのかな?」
「……終わらない」
和花が不安そうな声で呟くのを真っ先に否定したのは大人しくしていた瑞穂だ。
「どうしてそう思うんだい?」
「それは――――」
瑞穂の考えはこうだ。
洗脳教育された狂信者が【聖戦】の効果中に勝手に自爆テロは行わない。
これは計画的な犯行であり、周囲に恐怖心と無駄な警戒心を煽る手口だと言う。恐らく本体とも言うべき狂信者は先に入り込んでいて準備を終えており、警戒心で疲弊し始めた時を狙っているのではないかと推測したと言う。
「なら、本命はどういった爆破テロになると思う?」
この手の先兵は周囲が油断しやすい女子供や老人が多い。直接戦闘を行うより数が居るのだから使い捨てるのが作戦を考えた奴の下衆な思考だろう。
敢えて爆破テロと断言したのは最も効率がいいからだ。
「無差別爆破テロではないのよね?」
しかし瑞穂は首を振って「違う」と否定する。
掃いて捨てるほどいる狂信者どもとは言え、テロに使う道具の数は有限だ。何か大きな戦略的目的があるのではないか?
「――――恐らく最終標的は中央の二本の時計塔」
瑞穂が言った時計塔とは、この左右に長い中央部に交易路を挟むように立つ高さ一二五サートの二本の時計塔の事である。文字盤が光っており、いつでも時刻が確認できるのだ。
「瑞穂ちゃん、それを破壊する意味は何なの?」
恐らく倒壊させ交易路の封鎖が目的だろう。この隧道都市ルマンドンは唯一の例外で、地理的な要件でここが塞がれると東西の行き来がほとんど出来なくなるのだ。
勿論、徒歩や小型の荷馬車程度なら迂回路は存在する。だが大規模輸送が出来る魔導騎士輸送機などは通れない。
奴らの目的は中原の勢力が東方へ干渉できないようにする事なのではないだろうか?
だが沿岸輸送の船便は使える筈だし、ここより南を通過する魔導列車も……まさかそっちも狙っている?
いや、ここだけ封鎖しても片手落ちだ。
「――――だから、時計塔を倒壊させて交易路を塞ぐのが目的だと思う」
どうやら瑞穂も同じ考えに至っていたようだ。
思わず瑞穂の頭をわしゃわしゃと撫で繰り回して「偉いぞ」と褒めておく。
珍しく饒舌だった瑞穂に報いて僕らで処理するか?
「……いや駄目だ……」
頭を振って否定する。
僕が古典ラノベの主人公であれば真っ先に向かっただろう。だが冒険者組合依頼を受けてしまった。荷物を運ばないと多くの農奴村の人たちが困る事になる。
報告だけして済まそう。この世界の住人がすべてが主人公を引き立てる為の無能とかありえないしね。
半刻ほど個別契約馬車に揺られてようやく東門の駐騎場に到着した。
「こっちでもテロがあったのか……」
個別契約馬車を降りてみれば至る所で黒煙が上がっていた。
「樹!」
魔導騎士輸送機へと戻ろうと思っていると健司がこちらへと走ってきた。
「折角のお楽しみだって言うのに参るぜ……いや、そうじゃない!」
「健司、落ち着け」
「お、おう……」
「皇、何があったの?」
黒煙と周囲の混乱を見るに予想できるが、和花は敢えて聞いたのだろう。落ち着いた健司が魔導騎士輸送機に戻る道中で説明してくれた。
半刻ほど前に突然複数の爆発があったそうだ。遊びに出ていた船員なども判断を仰ぐために戻ってきており僕らの帰還を待っていたのだ。
聞き取り調査の結果は白い長衣の人たちが気持ち悪いくらい恍惚とした表情で祈りを捧げると爆散した。船員に物理的な被害はなかったが爆散して飛来した生暖かいナニかを被った者が気分を悪くした者も居た。
取りあえず便宜上の主人である僕が戻った事で艦長以下上級船員全員が上甲板で出迎えてくれた。もっとも今後の動向を確認したいと言うのが本音だろう。
都合が良いのでここで船員全員を招集し僕の考えを伝える。
「僕らは――――」
不満そうなオーラが漂うなかで僕は話を続ける、半舷休息だったのが取り消しになったのだ大いに不満だろう。陸の船乗りは基本的に移動中は休憩はあっても休暇はないからねぇ……。
だから――――。
「――――今回の件が終ったら、特別休暇と特別褒章金を出す。皆の協力を切に願うものである」
周囲は静まっていた。みんな今の発言をすぐには理解出来なかったのだ。彼らからすれば僕は雇用主であり、僕が「やれ」と命令すれば基本的には従わなければならない。
もっともそんな事をすれば怠業されるのは目に見えている。だから餌で釣る事にしたのだ。
「総員、持ち場に着け! 出港準備」
「総員、持ち場に着け! 出港準備」
ラーケン艦長の命令を副長が大音声で復唱する。
「「「「了解」」」」
明らかにテンションの上がっている船員たちは持ち場へと散った。
程なくしてご自慢の完全同調並列型万能素子転換炉が僅かな唸りと振動を発し起動する。
艦長に大まかなスケジュールを伝えて僕らは艦尾ドック式格納庫へと向かう。
僕らはここで町の中央に到着するまで待機だ。
程なくして僅かな浮遊感があり半速で進み始める。問題がなければ半刻で目的地だ。




