210話 次なる目的地へ①
別れはあっさりしたものだった。
見送りに来てくれた九重と巽には女性陣には見られないように後で開けるようにと封蝋をした手紙を渡し互いの無事を祈りつつ再会を約束し別れる。
別依頼で離れる師匠の集団の人たちとも軽く挨拶をしてここで別れる。
師匠たちも所用で同行できないとの事で、名残惜しいけどここで別れる事となった。
僕らの魔導騎士輸送機は階段都市モボルグを出て一路南へと突き進む。
目的地は北なのだが、様々な理由で一度、南から白竜山脈を超えてそれから北上しなければならないのだ。そんなわけで、まずは中原の玄関口となる紅王国イスカンディアの隧道都市ルマンドンへと向かう。
階段都市モボルグを出発し半刻ほど経過したころだろうか、居間で寛いでいた和花が唐突にこんな質問を繰り出した。
「樹くんさ、なんで左沢さんに打刀を勧めたの? 確か先生があまり冒険者稼業には向かないって言ってなかったっけ?」
魔術書を読んでいた僕は和花へと目を向け、
「言ってたね。もちろん知ってるよ」と答えてからその理由を説明していく。
確かに打刀は歩兵が持つ上では完成された最高の武器だと思う。ただし相手が軽装甲ならと但し書きを付けるけど。
そう師匠に散々言われて僕は片手半剣に切り替えたのは、僕が幼少の頃から打刀を振り続けており刀術においてはある一定の完成の域に達していて応用も利くだろうという判断と、師匠がきちんと指導してくれたからであって、左沢さんとは前提条件が違い過ぎるのだ。
僕の方は武器の使い方自体が違うのだから同じようには扱えないが違和感なく使いこなせてきたとは思う。
彼女の持っていた片手半剣だが、鋳造品の安物で刃こぼれも酷く刀身も歪んでいたし整備も全くしていないのだろう。恐らくだが重さ0.625グローほどの鉄の棒くらいの感覚で振っていたのではないだろうか。
それなら彼女がうちの元門下生だった事から打刀の方がマシと判断したのだ。もっとも維持する為にはそれなりに手間もお金もかかる……。
ま、実際のところは飾りだ。
左沢さんの武器を打刀にした理由の一つに、日本皇国出身の女武芸者をイメージさせたかった。あの国は女性が打刀を持つことは稀だと言う。打刀は特権階級の証であり、こっちの世界で言うところの魔導騎士に乗る騎士に相当する。
相手が襲うのを躊躇させる程度だろうがないよりマシである。
そんな感じの説明をすると、
「もしかして、あの娘たちって使えない?」とド直球な質問を返された。
「あの組み合わせだと九重達にとっては邪魔になるかもね」
「ひどいなぁ……判ってて押し付けたの?」
そう言って和花には呆れられてしまったが理由があるのだ。
白磁等級の三人組の若くて美人の女性冒険者とか襲ってくれって言わんばかりである。打刀を持たせてるとは言えそれは所詮鍍金だ。安全性を高めるためには少なくとも一党に男が居た方がいい。
ただし一党内恋愛に関しては知らん。九重達に充てた手紙には絆されて判断を見誤らないようにとは警告はした。
そんでもって戦闘に関しては傭兵として実戦経験がある九重や巽に対して女性陣は素人に毛が生えた程度だろう。
傭兵時代の経験でお互いの行動が把握できるだろうが……。
たいして女性陣は一見するとの前衛、中衛、後衛と揃っているように見えるが、ゲームのように完全な分業は難しい。
特に中衛と後衛は動き回る前衛の邪魔をせずに前衛の隙間から敵を攻撃するなんてかなり難易度が高い事が要求される。
前衛からすれば後ろからの攻撃が自分に当たるなんて考え始めたら戦闘に集中できないだろう。
如何に邪魔をせずに絶妙なタイミングで攻撃を繰りだすか、よほどの天稟の持ち主か訓練による慣れが必要だと思う。
「そう考えると瑞穂は優秀過ぎだなぁ……」
僕の呟きが聞こえたのか離れたところで魔導書を読んでいた瑞穂が顔を上げこちらを見つめていた。
「なんでもないよ」と言って手を振って示すと無言で頷いて視線は魔導書へと戻る。
「そもそも迷宮都市ザルツまで隊商の護衛で二か月近くかかる。巧くいかなければ解散だろうね。九重には解散した場合は指名依頼は九重達が引き継いで欲しいと手紙には書いてある」
「……あぁ、絆されるなってそういう事かぁ」
貴族の愛妾なんぞやって馴染んでるっぽかった彼女たちが寄生先として篭絡してくる可能性もあるのだ。
和花もそのことが分かったようだ。
この話はこれで終わりとばかりに僕は視線を魔術書へと落とす。
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25サーグの行程を半速で移動し、階段都市モボルグを発った翌日の昼前には隧道都市ルマンドン入りを果たした。
「まさか、山脈にこんなどでかい隧道を開けちまうなんてなぁ……」
そう言って見上げた都市は半径0.25サーグの半円状に切り抜かれた隧道内に防壁と交易路と街が存在していたのだ。
隧道の長さは5サーグ以上あり、そこへ交易路が伸び、例外的に街道の傍に駐騎場やら家屋らが立ち並んでいる。
そう、この巨大な魔導騎士輸送機を止められる数少ない町なのだ。
この町は縦に長い事もあり東の市壁沿いに宿屋が集まっており、西へと旅するものは遥か5サーグ以上先の市壁の傍の宿屋で宿泊してから町を発つと言う変わった所だ。
船員達に半舷休息を取らせようと船長に相談しに行く。
行程には余裕があるが、船員たちは階段都市モボルグでの停泊時はずっと船内待機だったので是非にとの事だった。
「お昼食べに行きましょう」
そう言って和花が僕の左腕を取る。
「そうだね。そう言えばこの紅王国イスカンディアはトマトの一大産地って知ってた?」
蕃茄を使った料理が美味しいと船内の女中の娘に聞いたのだ。
トマトケチャップもここで作られ各国に輸出されているとか。
「まさか……紅王国の紅ってトマトの一大産地だからとか?」
「そうらしいよ」
取りあえず今日、明日と半舷休息を取らせる関係で出発は明後日の朝だ。この隧道都市ルマンドンも階段都市モボルグ並みには設備が整っている都市なのでそこそこ過ごしやすそうだ。




