206話 嫌な話①
安全な街って事で気を抜き過ぎていた!
「誰だ!」
右手は腰の光剣へとそっと伸ばしつつ振り返らずに問する。
「おや、ボクの美声を聞いても思い出せない? なら闇の神と言えば思い出すかい?」
この喋り方、それに存在しない筈の闇の神と名乗る人物は一人しか心当たりはないな。
「依頼者様は東方行きの件で、結果にご不満という事ですか?」
「ハハハ……まさか~。想定以上の結果で大満足だよ。聖女様は行方不明、聖都ルーラの戦の神大神殿は威信は失墜し急激に求心力を失った。そして麗しの聖女様は、姿と名前を変え強固な守りの学術都市サンサーラへご留学」
自称闇の神の口調はボクの諜報力も中々だろうと存外に語っていた。
「それじゃ、何しに来たんです?」
僕は振り返ることなくそう問う。
「追加の依頼だよ。君らの成果は大変満足なのだけど、君の師匠がやらかしたもんで計画が狂っちゃったんだよね」
「師の不始末を弟子が取れと?」
「いやいや、ちゃんと報酬は出すよ。君にとっても悪い話ではないと思うのだけどねぇ……」
そんな思わせぶりな事を言い揺さぶりをかけてくる。
そして僕の意見は聞く気がないのか勝手に話を進め始める。
「新聞に出たけど自称光の神の都の件は知っているかい?」
「一応は聞いた。白亜の塔がへし折れたのは師匠がやらかしたからだろ」
「そっちじゃないよ。自称光の神がね、ぶっ殺されちゃったんだよねぇ。まだ死なれると困るんだよ。分かるかなぁ……」
分かるかなって問われて分かるわけないだろ!
こっちは何の情報もないんだぞ。
「君はこの世界の歴史書を読んだことはあるかい?」
「勉強の一環で一応は、神話の時代から現代まで読んだけど、それが何か?」
何が言いたいのだろうか?
「不思議に思った事はないかい。ある法則性に……」
「……っ!」
そう言われて気が付いた。
確かにある共通点がある。神話の時代の終焉、神々が高次の世界に旅立ち約三万三千年。僅かな例外はあるけど千年前後の間隔で文明が破滅するのだ。そして破滅後は二~三百年ほど暗黒期と呼ぶべき弱肉強食の混乱期が続き、その後は過去の文明を修復しつつ栄えていく。そうして千年ほど経過すると何故か十年ほどで滅びる。そしてその際に人類の七~八割が死亡すると言う。
知っていることはこんな事くらいだ。
「よく勉強しているね。なら……判るだろう?」
何が……と問おうと思って思い至る。栄華を極めた魔導機器帝国が滅んだのは凡そ千年前……。まさか……。
「その表情は理解できたみたいだね。ボクはね、ある組織と共闘して破滅が来ないように調整をして回っているのさ」
ある組織、以前師匠が口にした七賢会議というこの世界を裏から制御する本拠地が何処にあるかもわからない実態の怪しい組織だ。
たしか、文明進化の制御と拡散の制御、情報の統制と拡散の防止、知識の特権化、人口の調整、社会の成熟度の遅延とかが目的だっけ? それが破滅から救う方法だと彼らは信じていると……。
「ようするに、お前の言いたい事はこういう事か? 東方動乱などは必要な行為だと……」
「御名答だよ。破滅で多くの人命を失い、混乱期にさらに人口を失う。それに比べれば高々一億程度の貧民の犠牲なんて安いものだろう?」
その言いようは失われる命を数字でしか見ていない者の思考だ。少なくとも僕と相いれる存在ではない。彼らは間違いなく敵だ。
「怖いなぁ……表情は見えないけど、殺意が伝わってくるよ。怖い、怖い」
とても怖がっているようには思えないおどけた口調で僕の神経を逆なでにする。でもここで激昂して斬りかかっても事態は何も変わらない。曲がりなりにも超越者と呼ばれる存在だけあって倒せるイメージが湧かない。仮に倒せたとしてもこいつはRPGで言うところの中ボスだ。
「……おや、どうやら時間切れのようだ。君の可愛い忠犬ちゃんがボクの存在に気が付いて戻ってきてしまった」
そう言われて目を凝らすと暗がりからこちらへ向けて走ってくる瑞穂が見えた。
「取りあえず依頼内容はこの箱に入れておくよ。でも君はきっと受けるよ。それじゃ~ね」
そう告げるとほぼ同じタイミングで瑞穂が放った投擲短剣が僕の脇を抜けて……街路に落ちた。カツーンという音だけが薄暗い路地に響いた。
僕の目の前まで来た瑞穂が立ち止まる。その表情はまるで見捨てないでと請うようであった。そして深々と頭を垂れる。
「ご、ごめんなさい……」
「彼に殺意はなかったしちょっとした依頼と世間話をしただけだよ……」
僕はそう言い、「謝る事はないよ」と瑞穂の頭をただ撫でるのであった。
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「夜分遅くにすみません」
十二の刻を回ろうかという時間に室内は【光源】の魔術で明るく照らされ、メフィリアさんは机にかじりつきひぃひぃ言いながらペンを走らせている。
師匠はと言えばソファーに深々と腰掛け文献を読んでいた。
正直言えばカップルで部屋を取っているところにこんな時間に押し掛けるとか失礼極まりないと思っていたのだが、ちょっと拍子抜けしてしまった。
「もう遅いし用件は手短にな」
入室したまま黙っているとさっさと用件を言えと催促されてしまったので先ほどあった事を包み隠さず話すことにした。
「実は――――」
「……なるほどね。俺が言えるのは考え方の相違だな」
「相違ですか……」
「七賢会議の連中は、この箱庭みたいな世界の内側しか見ていない。対して俺らは箱の外に目を向けている。中の事はそこに住む人らでなんとかしろというスタンスだ」
一応どちらもこの世界を守るという考えを持ってい動いてはいるが視点が大きく異なると言う事か……。
「外からと言う事は、今回のような流体金属生物のような人類と精神構造が異なる並行世界の住人たちの侵略に対してですか?」
その質問に対して師匠は無言で頷く。
「この世界はどっかの阿呆が死に際にかけた呪いで、時空壁と呼ばれる次元の壁に大きな亀裂が生じていて常に他の世界に狙われていた――――」
なんでもどっかの阿呆、まぁ~白き王の事なんだけど、彼は死亡すると自分の血を分けた子供に魂を移すことが出来るのだけど、実は条件があり同族に限るとの事だった。
師匠たちが白亜の塔で遭遇した時は[一対の腕輪]と呼ばれる魔法の工芸品を複数回用いて人間を辞めてしまった物体と化していたのだそうだ。
[一対の腕輪]とは、自分とは異なる存在と融合しより高位の存在へと昇華すると言われている魔法の工芸品である。
数百回にも及ぶ【輪廻転生】で魂が摩耗し、また記憶も能力も劣化していく白き王はそれに縋って複数回にわたって使用したという。
人の枠を超える強さを得た半面、死ねば血を分けた同族に魂を移せるというメリットがなくなってしまったそうだ。間抜けな話である。
師匠らは諸悪の根源のそいつをサクっと始末しご丁寧にも虚無の砂漠に走る奈落への大亀裂から繋がってしまっている最下層世界である奈落に捨ててしまったそうだ。
話は戻って師匠たちが大亀裂を塞ぐのを急いだのには理由がある。
白き王が大規模召喚で様々な世界から多くの人たちを拉致監禁したことを恨む世界は多かった。次元の壁を越えるのは難しく、また場所を特定するのも砂漠から特定の砂の一粒を見つけろと言うくらい難易度が高いためにこれまでは報復される事はなかった。
だが、ある人物を個別で召喚した際に紐を付けられていたらしく場所が特定されそうで、遠くないうちに【次元門】が開かれて軍隊が送り込まれる事が分かり、大急ぎで時空壁の亀裂を塞いでしまおうと思ったそうな。
何故かと言えば、その報復準備を行っている世界が僕らの故郷だったからだ。
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