205話 意外な再会②
約束の時間を前に全員で話し合いを行い、条件ごとにいくつか提案ないし援助をしようと考えていた。
そうして約束の時間になり軽く自己紹介だけ済ませて少々というか結構お高い食堂の個室を借りての夕食会で、まずはみんなを送還できると言う話から入る事にした。
「俺らはもう無理だな」
「あぁ……人殺しに慣れ過ぎてしまった。もう日本帝国での日常生活は無理だろう」
最初にそう回答したのはやや寡黙な巨漢の巽壮五という。それに相槌を打って回答を引き継いだの九重宗司という結構がっちりと筋肉のついた男だ。
この二人はこっちの世界に拉致られてすぐに右も左も分からず気が付けば奴隷商人に戦闘奴隷として傭兵団に売り払われていた。
傭兵は食うに困らないくらい仕事が多かったそうで、一年くらいで自分を買い戻せたと言う。更に公用交易語を学ばせてもらったり、九重に至っては精霊使いの才能があったらしく傭兵団の森霊族に精霊魔法の手ほどきを受けたと言う。好調だった彼らだが自由民になった途端に雇い主に騙され傭兵団は壊滅し、彼ら路頭に迷う事になり冒険者として隊商の護衛などを中心に東方中を巡っていたらしい。
今回も依頼主の都合で中原近くまで来たが次の依頼が見つからずに鉱夫をして働いていたとか。
「そっちも結構大変だったんだねぇ。私らは――」
そう感想を漏らし自分らの事を話しだしたのは氷室蘭という細身の娘だ。確か薙刀部に所属していた、はず。
彼女たちの境遇は事前に左沢綾音から聞いていたが、追加情報があるとするなら貴族の愛妾から解放された後の事だろう。
ある意味この世界で何の後ろ盾もない女性が直面する問題にぶつかっていたのだ。まぁ……反吐が出る話なので割愛。かなり暗くなった雰囲気を和らげるためか当人たちは開き直ってるようであっけらかんとしているけどね。
ここまでは隊商の家族の女性周辺の警備という事でなんとか問題なかったが思ったほど女性が受けられる仕事がなく困っていたらしい。多くの冒険者の女性が筋肉ムキムキなのは体力自慢の単純労働が圧倒的に多いからだ。
「そんな訳で私たちもこっちに残ろうかと思うの」
最後を引き継いで回答したのは一行では弓道部に所属していた風早香澄だ。彼女は和弓が手に入らなくて苦労しているらしい。
「提案があるんだけど、残るのであれば貴方たちで一党を組んで行動してはどうかと思うんだけど――」
和花が提案の内容は五人で一党を組んで迷宮都市ザルツで最も深き迷宮攻略したらどうだろうかと言う内容だ。
まず、板状型集合住宅借りた方が安い。食事も自炊すればなおよし。一番なのはそれなりに衛生的で飯がうまいところだ。
それに迷宮に朝から夕方まで籠ればそこそこ稼げるのである程度のお金が貯まってから身の振り方を考えても良いのではないかと説明をした。勿論僕らもそうだったと付け加えてある。
お互いに目を合わせつつ頷きあう。
「俺らに異論はないな。その迷宮都市ザルツまでは隊商の護衛のついでに行ける場所だろうし、一党に女性がいると依頼の幅が広がる」
五人を代表して答えたのは九重だった。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「ごちそうさん。流石に銅等級にもなると結構良いモノが食えるんだな……」
九重がそういうのだが、僕らは例外だと思って欲しい。師匠が居ればこそである。
今回の夕飯は地霊族流ではなくとにかく昼飯並みに豪華にして欲しいと注文をしてあり料理人は見事に期待に応えてくれた。
お互いの身の上話なども終わり食後のデザートを堪能し終わったので、事前に決めていた事を提案をする。
和花たちを目を合わせ確認する。
「紹介状を用意するので、一つ用事をして貰いたいんだ」
「俺らは仮にも冒険者だぜ。きちんとした指名依頼って解釈でいいのか?」
そう確認と取ってきたのは九重だ。巽はどちらかというと寡黙な方なので交渉事などは九重が担当していたのだろう。
確かに九重の言う通りだったので軌道修正する事にした。同郷のよしみで面倒ごとを押し付けようかと思ったんだけど見抜かれてしまったかな?
「うん。冒険者組合から指名依頼という形で書類を用意するよ。報酬などもその際に決めておくから」
そう宣言して、
「依頼内容は――――」
ルカタン半島近辺に流されてくる同郷の残りが居たら保護して知らせて欲しいと言う内容だ。ついでに帰還の有無の確認もとってくれると幸いだ。
正直言えばもうほとんど残っていないだろうとは思っている。師匠に確認したけど不幸にも利用されてゴミの様に打ち捨てられた者、犯罪者と化した者などが少なく見積もっても二百人は超えていると言う。
僕らの見積もりではあと二百人はどこかしらで生きているのでは考えている。
九重達には奴隷などが集まる迷宮都市ザルツで調べてもらい、僕らは東方中を回ろうかと考えているのだ。
細かい話をしていたら気が付けば十の半刻になっていた。流石に長居し過ぎてしまった。
「明日もこの店で打ち合わせしよう。昼食をご馳走するよ」
そう締めくくってこの日は解散した。
九重達を見送って僕らも帰るかって思ったのだが、
「あ、悪いけど先に帰ってくれる。冒険者組合に書類の用意とか依頼しないといけないんだった」
明日の朝にしようかと考えていたのだけど、ここの冒険者組合は朝方は人が溢れかえっていて忙しく書類作成とか結構待たされるんだよね……。
「そーいや、そうだな。んじゃ小鳥遊は俺が送っていくよ」
「そうね。送られてあげるわ。瑞穂ちゃんは樹くんに付き合ってあげて」
健司と和花がチラチラと瑞穂を見つつ何故か息ピッタリにそんな事言い出した。
「がんばれよ」
「それじゃねー」
そういうと二人はさっさと帰路についてしまった。
まぁ……機会を窺っていたのは間違いないけど……お膳立てされてしまった。
「それじゃ、瑞穂、行こうか」
「ん」
そう言いて差し出す右手を瑞穂がそっと握る。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
夜間の冒険者組合の受付は殺風景だ。その街も同じような造りで見慣れているのだが暇つぶしの冒険者や従業員の数が激減し照明も必要最低限まで落とされるとガラッと印象が変わる。
受付で指名依頼の手続きを行っていると別の受付さんが、「例のブツの申請が通りましたよ。おめでとうございます」
そう言って祝福してくれた。瑞穂が小首を傾げているので説明する。
「あれが……」
説明を聞き終えた瑞穂がそれで納得いったようだ。
「おめでとうございます」
そう囁いてくれた。
そう!
以前作った【魔法封入】を使った[携帯便座]の改良型とそれを応用した[携帯灌水]の販売が正式に決まったのだ。
しかも既に告知しており予約だけで途方もない数となり、生産が追い付かず受け渡しは最長で半年待ちという話である。
やっぱりみんな旅先の開放感溢れる野〇とか抵抗あったんだ……。
客層はやはり貴族や行商も多いが、軍が一定数の納品を希望しているらしい。
面倒ごとを明日以降に回しても面倒である事には変わらないしさっさと片付けてしまおう。
そうして半刻ほど書類の書き直しと契約の再確認、報酬などの確認の後に報酬が支払われた。
報酬額は多すぎるので冒険者個人の専用口座に振り込みという扱いとなった。
正直に言おう……もう働く必要ないわ……。
因みに[携帯便座]と[携帯灌水]だが、魔術師組合、商人組合、魔導機器組合の三組合での販売となり生みの親である僕が勝手に自作して販売する事も契約で禁じられている。
本来の目的と違う件で時間が潰れたおかげで指名依頼の手続きは終わっていた。それらの書類を受け取り帰路に就く。
さて……。
繋いでいた右手を離し覚悟を決める。いや、ほら、なんか改まると恥ずかしいじゃん。
繋いでいた手を急に離された事でその表情に陰りが差す。
「瑞穂、左手を出して」
訝しがりつつも素直に左手をあげる。素早く確認すると目標となるものは身に着けていない。
差し出された左手を持ち上げその中指に指輪を嵌める。サイズが微妙に合わないが【調節】の効果によりピタリと嵌る。
「日頃の感謝の印に……ありがとう。そしてこれからも宜しく」
「あ、あ、あの…………」
珍しく顔を真っ赤にし視線が左手と僕の顔を何度か行き来する。目まぐるしく表情が変わり、見ていて楽しかったのだが……。
「ん~~~~~っ」
その身を翻して全力ダッシュで走り去ってしまった……。
「置いて行かないで欲しかったなぁ……」
ちょっと予想外の反応にため息交じりで後を追おうと歩き出す。
「いや、実に好都合だよ」
背後からその声が聞こえた瞬間、周囲の音が消えた。




