201話 たった一人の戦い②
2022-06-25 感想欄の報告を反映
手刀が貫いたのは無詠唱で発動させた【瞬き移動】と呼ばれる短距離転移の魔術だ。襲撃者の背後に転移し光剣を一振り。
「なっ――!?」
そいつはヒトとは思えない軟体ぶりを発揮し光剣を左手で受ける。斬れない……。そいつの腕は傷ひとつなかった。
驚いた事に襲撃者の正体は牢屋にぶち込んだはずの人造人間だった。素っ裸なんで若干目のやり場に困る。
お互い素早く距離を取りにらみ合う。そして先に動いたのは人造人間の方だ。
まるで【疾脚】の如く瞬間移動の様に距離を詰められた。貫手が頬を掠める。お返しとばかりに光剣を振るが左腕で受けられる。魔戦技の【魔盾】だろう。
「ならっ!」
素早くコンパクトに牽制を織り交ぜて光剣を振る。一合、二合と光の刃と手刀がぶつかり合う。
この人造人間は小柄だ。師匠曰く、体内保有万能素子の総量は体格に比例するという。そこに例外はない。
攻撃を【魔盾】で受けさせ消耗させる。三合、四合、五合と続く。打ち合いが九合に達した時、再び驚異的な回避で距離を取る。そこを追撃するように【疾脚】で間合い詰めてからの刺突を繰り出す。
『もらった!』
これは決まったと確信したその刺突を人造人間は上体を大きく後ろに逸らす事で避けてしまう。そして躱されたことで僕の身体は平衝を崩し上体は宙を泳ぐ。
そこへ驚異的な身体能力で身体を捻りながら死角から放たれた上段廻し蹴りが無防備な僕の側頭部に叩き込まれる。
視界が暗転し気が付けば地面に転がっていた。だが意識が飛んだのは一瞬だったようで気が付けば目の前に人造人間の踏み下ろされる足の裏が見えた。踏み蹴りだ。
首を曲げ辛うじてそれを回避し、距離を取ろうと転がりながら腰の光投剣を二本投じる。牽制の意味もあったものの、運がいいのか一本を躱したが為にもう一本が脇腹に刺さりくぐもった悲鳴を上げる。
痛みによって動きが鈍り、それによって出来た隙に転がった反動で起き上がるもフラついてしまう。まだ僕も回復していないらしい。
そしてお互い2サートほどの距離を空けてにらみ合う。互いに息が荒くそろそろ限界が違いような気がする。だが心なしか人造人間の顔色が悪い。先ほどの牽制の光投剣を【魔鎧】で防ぐことも出来ないあたり間違いなく体内保有万能素子の使い過ぎだ。
とはいっても僕の方も限界が近いし、ここは一気に畳みかけるか……。
だが先手を打ったのは人造人間の方だった。僕の僅かな思案を隙と判断したようだ。驚異的な脚力で瞬時に間合いを詰め青白い魔力のオーラが見えるほどの必殺の【練気斬】による右の貫手が放たれる。
突きこまれる必殺の貫手を同じように魔力を纏って魔力同士の反射相殺しつつ受け流し、その腕に僕の左腕を巻きつけて関節を極める。右手は光剣を手放し身体を捻りつつ無理やり襟足を掴み、突進の踏み込みの勢いを利用してそり投げの要領で投撃する。硬い地面に頭から落とすように地面に叩きつけるとともに極めた関節がボキリと逝く。
そして声なき悲鳴があがる。
素早く離れ様子を窺う。[高屋流剣術]にはなかったが元となった[飃雷剣術]の中で数少ない例外というべき技で、その技を【拿絡擲撃】と呼ぶ。
腕を極め、受け身が取れない状態で落とすように投げ、ついでに折る。大抵はこれで戦意を喪失ないし戦闘不能になる。本来は襟をつかむのだがなんせ相手は裸のままだったので無理やり襟足を掴んでみた。すっぽ抜けなくてよかった……。
「悪いけど……」
戦闘の高揚感からか特に不快感もなく人造人間の両足を斬りつける。スライン氏を捕縛する際に邪魔されると困るので念のためと思って腱を断ったがくぐもった悲鳴が上がる。
戦闘に集中している合間にスライン氏が逃げ出すこともなかったようで痛みに震えて転がっていた。
「ま、普通はそうだよね」
僕らは戦闘訓練である程度の痛みに耐えられるだけ撃ち込まれたしなぁ……師匠に……。
手首を切り飛ばしたスライン氏の応急手当だけ行い、僕は少し奥に見える木造の小屋へと足を運ぶ。
そこは一言で言えば研究室だった。
培養器に各種薬品が並び、研究資料と思われる紙束が無造作に積まれている。
恐らくはちょろまかした資金で買い揃えたものだろう。魔法の鞄に納められないサイズのモノも多いのでこれはこのままにしておこう。
だが好奇心に負けて資料を読み始めてしまう。
半刻ほどして女性の悲鳴が聞こえたので小屋を出てふと見ると人造人間が悶え苦しんでいるのが見えた。肌に所々黒い斑点のようなものが見える。
「まだ培養器から出すには早すぎたのか……」
確か資料では安定するまで半年ほど必要でその後も特殊な魔法の工芸品で肉体の維持を行うと書いてあった。黒い斑点のようなものは肉体が壊死し始めているという事だ。そうなってしまうと助かる余地はない。
藻搔き苦しむ人造人間へと意識が戻ったスライン氏は這いずる様に進んで行く。人工生物とは言え藻搔き苦しんで死んでいく様を長々と鑑賞する趣味は持ち合わせていないので魔法の鞄から軽弩を取り出し鐙に足をかけて背筋で弦を引き太矢とセットする。
距離は5サートほどでほぼ無風。片膝をついて軽弩を構える。
一瞬、躊躇するものの引金をひく。
太矢は狙い通りに人造人間の眉間に深々と突き刺さり程なくして活動を止める。
気分が悪い……。
「……くも、……よくも……」
気が付けばスライン氏が激しく憎悪の籠った瞳でユラユラと立ち上がり僕を睨みつける。これではまるで僕が悪役ではないか……。いや、彼から見ればヒロインを目の前で殺した悪役か……。
彼は殺すわけにはいかない。連行せねば……だが果たして彼に何が出来るのだろうか?
出血は多いし、右手を失っている。こちらに向かってユラユラと歩みを進めているが足を引きずるようで遅々と進まない。
僕の方には拘束するような魔法はない。抵抗するなら物理で殴って気絶させるしかないのだが……こういう時に漫画などのように首に手刀一発で気絶とか鳩尾に一発で気絶とか出来れば良いんだが……あれってちょっと無理があるんだよねぇ。
以前師匠に魔戦技に体内を巡る体内保有万能素子の流れを制御する事で人体に影響を与える技があると言われたことはある。
……たしか、【点穴】だったかな?針のように収束させた魔力で体内保有万能素子の経脈を刺す事で身体の一部を動けなくしたり出来るって聞いたけど、まだ僕らはその段階には至ってなくて軽い知識程度しかないんだよなぁ。
投げ捨てた光剣も拾わないといけないし普通に殴り飛ばしてから縄で縛るか。
僕は完全に油断していた。スライン氏が左手に握りこんでいた何かに気が付かないまま、彼がなぜ強力な【魔力撃】を放てていたのかを失念していたのだ。
「馬鹿め!」
スライン氏は彼我の距離が2.5サートほどになったところで唐突にそう叫び左腕を掲げた。その手には拳大の内部が赤く光る黒曜石のようなものが握られていた。
慌てて魔戦技の【加速】でロケットスタートしたが2.5サートは地味に遠い。
衝撃波が襲い、僕が最後に見たのは勝ち誇ったスライン氏が一転、絶叫をあげている瞬間だった。
何故俺は毎日更新が出来ないんだ……。




