199話 階段都市モボルグ⑩
「それで、俺らはこれでお役御免なのか?」
宿屋に戻り詰所での話を報告すると、まず最初にそう口にしたのは健司だった。
「だけど、そっくりの人造人間を作っても人格は別でしょ? 彼らはどうするつもりだったのかしら?」
和花がもっともな事を言う。
「実は可能性は低いけど手がないわけじゃない」
「そうなの?」
「実は――――」
亡霊と呼ばれる生前に何らかの強い悔いなどを残して死んだ場合に輪廻の輪に戻らず現世に霊魂のみ残る事が稀にある。もっとも都合よく生前のままというわけではなく記憶は持っているが残留思念のようなものに近い。
回りくどい説明になってしまったが、その亡霊を人造人間に憑依させることで限りなく本物に近い存在を復帰させられる。
ただ問題点もある。どー足掻いても不浄の存在である。見た目は人なので日常生活は熟せるだろう。
だが聖職者、特に退魔師と呼ばれる人は妙に勘が鋭い。人目につかないように隠して住まわせるか、一定の地域に留まらない流離の生活を送るかって事になる。
そしてその精神性は生前とは若干異なる。記憶は有しているだろうが、妄執に執り付かれておりやや狂気じみている。そんな状態で果たして生活が長く続くとは思えない。
「今回の件は憲兵隊が乗り込んで決着つくだろうね。人造人間も捕縛したし、魔術師見習い一人程度の戦闘力じゃ怪我人は出るかもしれないけど明日の朝とかには連行されるんじゃないかな?」
「なら、俺は遊びに行ってきていいか?」
歓楽街にでも行きたいのだろうか? 正直まだ時間的には早いと思うのだけど……。
「朝には戻って来いよ」
「今日はそっちじゃねーよ。夜には戻ってくる」
そう言うと立ち上がり部屋を出ていってしまった。確かに出番はないかもしれないが……。こういう時に限って何かが起こるんだよねぇ。
厳密にいえば僕らは仕事中にあたり待機中って扱いなんだよなぁ……。
「ねぇ、樹くん。私たちも出かけちゃっていい?」
そう思っていると和花までがそんな事を言い出した。健司はOKで和花達はダメって訳にもいかないので「いいよ」と答えておく。
嬉々として瑞穂を伴って出かけてしまう。
「私は部屋で待機していますね」
僕と同じ部屋で待ったりする意味はないであろうメフィリアさんも部屋を出ていってしまいぽつーんと僕だけが取り残された。
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一刻ほど文献などを読み漁っていたのだけど、いまいち集中しきれないので部屋を出てブラブラと歩いている。目的地はスライン氏の逃亡先と言われている場所だ。もしかしたら憲兵隊の帰還に間に合うかもしれないと思ったのもある。
だけど僕が気になったのはリンド氏が言っていた、急に豹変したと言う内容だ。考えられる事は亡霊に憑依されている。
だけどこれはちょっとありえない。下町住みの少女が異性に取り憑いて尚且つ魔術師としての勉強が出来るかと言われるとゲームみたいにスキルを得たら勝手に理解できる世界なら可能だろうが、スライン氏の記憶を知る事が出来てもそれを十分に使いこなすだけの蓄積がない。
もう一つある。学校の成績は良くなかったと言う。それが突然に人造人間の創造なんて出来るだろうか? 形見の中に知識を授ける系統の魔法の工芸品があったのではないかと推測している。
知識付与の額冠だろうか? だけどあれはデメリットもある。リンド氏の話では宝飾品の類ではなかった筈だ。
まさか……賢者の石……。
ここで言う賢者の石って古典作品によくあるアレではない。中に紅い煌めきのある黒曜石のような石拳大の魔法の工芸品である。
その効果は持ち主に強大な魔術能力と魔術知識を授けると言われている。だが、そんなものを使うより売った方が遥かに有益だ。
あと確かもう一つあったはずだけど……なんだったっけ?
似たような形状の……ああ……そうだ、愚者の石だ。
詳しい効果は思い出せないけど、確か……持つ者に強大な力を与えるとされる魔法の工芸品だった筈だ。でも愚者と名が付くって事は何か致命的な欠点がある粗悪品級だった気がする。
宿屋を出て半刻ほど歩いたが憲兵隊と遭遇しない。道程的に行き違いになる筈がない。それとも僕が宿屋を出る事には帰還していたのだろうか?
進退で迷っていると目指すべきスライン氏に隠れ家の近くまで来た。
隠れ家は野外の階段状の個所にあり、元々は伐採用の木こり小屋だったと言う。
もっとも今は伐採しつくし禿山なのだが……。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
男の叫び、断末魔のような叫びが耳に飛び込んできて思案から戻る。まだ遠くだが丸太小屋の前に長衣を着た人物が居り、その周囲に憲兵隊が二個小隊ほど転がっている。
距離的に生死は分からない。
運がいいのか悪いのか……この場合はやっぱ悪いのか。
20名の憲兵を倒す魔術師見習いとかどんな力を持っているんだ?
今の僕の装備は金網服と呼ばれる平服っぽい外観に繊維状にした金属を織り込んだ耐刃防御に優れる服だ。
武器は腰に光剣を提げており、残りは魔法の鞄に入っている。
この時僕は相手の力量を過小評価しており長衣を着た人物の攻撃を見逃していた。
だが冒険者として直感が僅かに身体を右に逸らしていた。
「ぐあぁぁぁぁ!」
突然襲い来る衝撃に左上腕に受けてバランスを崩し独楽のように転がる。激しい痛みに耐えつつ起き上がるり、痛みの個所を確認すると左上腕骨がポッキリと折れているのが分かった。
「いったい何が……」
メフィリアさんと同じように自動防御として無詠唱で【防護圏】が発動するようにしていたが、不意打ちにはまるっきり効果がない。いきなり問題点が発覚してしまった……。
少なくても彼我の距離は12.5サートはあった。魔術であったとして射程拡張で行わない限り届かない距離だ。負傷具合からして初歩中の初歩の魔術である【魔力撃】に相違ないだろう。
だが【魔力撃】はせいぜい射程は2.5サート程度で射程拡張なども出来ない筈だ。似たような魔術だと第五階梯の【風撃】と呼ばれるものがあるが、あれだって有効射程距離は5サートほどだ。
だがこの状況で、効率の悪い射程拡張までして攻撃してくるか?
「まずは、怪我を……」
右手を患部に添えて呪句を詠唱し始める。
「綴る、拡大、第五階梯、快の位、克復、快気、治療、修復、発動。【重癒】」
魔術が完成し程なくして骨が繋がったのか痛みが鈍くなった。
「貴様が誰かは知らないが、それ以上近づくなら容赦しない!」
若い男の声で長衣を着た人物が警告を発する。あれがスライン氏か……。
どうやって被害を受けずに距離を詰める?
走っていけば推定で二回か三回は攻撃を受けそうだ。【飛行】の魔術を用いれば一回は受けるかもしれないが接敵は可能だ。
「いや、ここは修行の成果を試すべきか……」




