198話 階段都市モボルグ⑨
2020-01-18 加筆修正+指輪の価格が間違っていたのを修正
「綴る、拡大、第四階梯、――」
「綴る、創成、第六階梯、――」
僕の詠唱に被さる様にメフィリアさんも呪句の詠唱を始める。人造人間はどちらから潰すか一瞬判断に迷うが、身体の小さいメフィリアさんを標的に決めたようで【八間】並みの加速で飛びかかる。
それを前衛の健司が阻もうと動くが、紙一重でスルリと躱し、フォローに入った瑞穂の光剣の一撃をありえない可動範囲で身体を制御し躱す。その動きは瑞穂が驚いて顔色を変えるほどだ。
「――――、衰の位、失――――」
僕の方は無防備な詠唱中の防御対策は取っているが気持ちが焦ってしまい、僅かだが発音でミスをし呪句を失敗してしまい【麻痺】の魔術は失敗する。収束しかけていた万能素子が霧散していき、どっと疲労感が襲い膝が崩れそうになる。
硬革鎧すら切り裂く【練気斬】を纏った手刀がメフィリアさんを襲う。
手刀は無詠唱によって発動した【防護圏】の障壁によって止められてた。導師級の魔術師であれば対策として考える自動防御の一環としてよくやる手段である。
そして障壁で攻撃を止めた僅かな時間でメフィリアさんは呪句の詠唱を完成させる。
「――――、縛の位、生成、呪縛、捕縛、発動。【魔力の縄】」
万能素子によって生成された縄が人造人間に絡みつき拘束していく。
「メフィリアさん、助かりました」
「いえいえ、お役に立てたのなら何よりです」
彼女はそう答えてニコリと微笑む。今日は朝から結構な数の魔術を使ってるのにあまり疲れているようには見受けられない。正直言えば羨ましい限りだ。
「それより樹さん、【魔力の縄】は効果時間が長くないので今のうちに縄で拘束してしまいましょう」
「なら俺が」
今回出番がほとんどなかった健司が魔法の鞄から縄を取り出し手足を拘束していく。
「ねぇ、皇。外聞が悪いから布でも被せたら?」
そう言って和花が魔法の鞄から毛布を取り出し健司に差し出す。
人造人間は培養器から出た時のように真っ裸であった。
和花から毛布を受け取り簀巻きにした後に肩に担ぐ。
「で、憲兵隊の詰所でいいのか?」
「……いや、先に冒険者組合に寄って一報を入れておく」
「なんで?」
「仕事したアピールだよ。そのまま詰所に持っていったら手柄横取りされて僕らはタダ働きだよ。だからその為の保険さ」
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「……確認致しました。それは詰所に放り込んでください」
歩きながら寝落ちしそうな和花と瑞穂を先に宿屋に送ってから僕ら三人は冒険者組合に報告に行った。
本日の経過を報告し、捕縛した女性が人造人間である事を確認した後に必要書類を作成してくれた。
もっとも師匠の集団の名前がなければもうちょっと時間がかかったかもしれない。
僕らの保身が完了したので憲兵隊の詰所に人造人間をお届けする。
無事に受け渡しが完了し僕らもやっと宿屋でひと眠りできると言うものだ。
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寝過ごした……。
目が覚めたらお昼近くであった。昨日の負担が大きかったのか和花は未だに隣りのベッドで眠っている。寝苦しかったのか蹴とばされていた毛布を掛けなおしてやりタイミングよく起き出した瑞穂を伴って少し早いけど味付けの濃い暖かい昼食を済ませてしまう。
「僕はこれから私用で一刻ほど出るから瑞穂は宿屋で待機ね」
食後に一服したのちに瑞穂にそう伝えて僕は職人街へと赴く。
目的は指輪の注文だ。こう言った宝飾品の制作は地霊族の職人街らしく無駄に高級感がないのが有り難い。
接客テーブルで担当してくれた女性地霊族に注文を依頼する。
デザインは以前に美優に贈った指輪と方向性は同じにしようと考えている。
和花の日本帝国での誕生石である小振りの黄水晶を埋め込み、両サイドに彼女の誕生花に因んで霞草、こちらの世界だとカスミソウと呼ぶらしいのだが、それをあしらった彫金を施してもらう。指輪自体は白金製だ。
同じように瑞穂には彼女の日本帝国での誕生石である小振りの藍玉を中心に、両サイドに彼女の誕生花であるカモミール、こちらの世界でもカモミールと呼ぶらしいのだが、それをあしらった彫金を施してもらう。
サイズは測ったことはないが、幾度も手を繋いだりして指の太さなどはある程度把握している。後で【調節】の魔術を施す関係で細すぎると調整出来なくて困るのだが極端に太すぎても調整出来ないし流石に失礼過ぎだろう。
サイズの見本を見せてもらうとこちらの世界でも規格化されているようで六号サイズで良さそうだが念のため七号で作ってもらう事にした。
しかしこの世界はどっかの王様があちこちの並行世界から人を攫ってくる関係で見慣れたものが結構あるのはありがたい。
いや、こっちに飛ばされた人たちが文化的侵略を果たした成果と言うべきか……。
制作期間は一週間と言われた。それが早いか遅いかは分からないが最悪の場合はそれまでここに滞在しなければならない。
一応発送してくれるサービスはあるのだが、僕らは魔導騎士輸送機での移動なので下手すると受け取れないまま月日だけ過ぎ去ると言う間抜けな展開もありうる。
料金は一つ金貨二〇枚と安くはない。時短する場合は一日は縮めるごとに一割増となるとの事だ。
ケースはと聞かれたのだが、贈答品とは言え基本的には指輪型発動体として常時つけておくものだしナシの方向で。
取りあえず何かの時の為にと彼女たちの誕生石とか誕生花を覚えておいてよかった……。
注文後は憲兵隊の詰所に向かう。先日の中隊長が出迎えてくれてその後の経過を教えてくれた。
人造人間は僕らが捕らえ現在も縛ったまま独房に放り込んである。リンド氏は自白したと言うか自白させられたようで、帳簿の改竄、偽装依頼、在庫数の改竄などを全て吐いたとの事だ。総額で金貨254枚相当だという。平均的な家庭なら10年以上は余裕で暮らせる金額だ。
協力した理由だが、スライン氏とリンド氏には実は共通点があった。スライン氏は学生寮を抜け出して下町に繰り出す稀有な生徒だったそうで、幼いころにリンド氏ともう一人と仲良くなる。
このもう一人が下町に住む当時12歳の娘で当時治安が微妙だった下町で軽犯罪などで幼い子供たちを養っていたグループのリーダー格だったと言う。
一年前に行われたクリーン作戦と称された憲兵隊による不法居住者などの一掃で多くの人が命を落としたと言う。その中には件の娘も入っていた。
件の娘が保持していた物を形見分けとして貰ったスライン氏がある日を境に豹変した。
『死んだのなら生き返らせればいい』と彼は言ったと言う。その時は死後一か月は経過しており遺体すらない。莫大な寄進をすれば極めて稀に蘇生が成功すると言われているが、勿論そんなお金は彼らにはない。
そう言うリンド氏にスライン氏はある計画を持ち出した。
当時は学内カーストの底辺層のリンド氏は商家の息子なんだから数字には強いよなって言う理由で、数多くの雑務を押し付けられていた。会計や在庫管理もそんな理由である。魔術師にとって魔術の研究が第一であり他の作業は些末な事なのである。そういう雑事は役立たずがすればいいという考え方だ。
横の繋がりの乏しい魔術師組合の場合、きちんと組織運営されている場所もあれば、このように杜撰な場所もある。
書類の改竄によって、老朽品を破棄という名目で研究機器や実験道具を横流し同様に薬品なども横流しする。また魔法生物を作成する際の失敗作の処分する薬品なども過剰に見積もりったり、廃棄物シリーズを処理するのに業者に委託したと言う名目で資金を横流ししたと言う。
ただ、これらの事を一人で熟すには無理があり、同じような学内カーストの面子を横流しで得た資金の一部で懐柔したそうだ。
スライン氏の方は普段の学園生活においては変化がなかったと言う。ただいつも以上に引き籠りになっていたと別の生徒からの証言を得ている。
落第生候補でもあったスライン氏だがリンド氏の話では突然才能が開花したと言うほかない様に導師ですら出来ない事をやり始めたと言う。
そうして三ヶ月ほど前に人造人間の培養に漕ぎつけたのだと言う。
完成の目処がたって部屋を見返した時に薬品で仮死状態にして放置していた廃棄物シリーズの処理に困り下水に流したと言う。
完成すれば残りの資金をもって逃亡する事になっていたのだそうだ。リンド氏いわく「あと二週間発覚が遅れたら逃げられたのに……」だと言う。
ここで運が悪かったのは、流体金属生物が出現したことでその処理に師匠の集団に依頼が行った事だろう。依頼主は職人組合や鉱夫労働組合などの合同依頼だったそうで、学院から出なかった彼らには知る由もなかった。
今回の件でリンド氏がすべてを話したのは、面会に来た両親がある条件を飲ませる事で保釈金を納めたからだと言う。
そして最後にリンド氏はスラインの居場所を教えてくれた。




