197話 階段都市モボルグ⑧
2020-01-18 一部文言の修正+加筆
2020-06-27 誤字修正
「綴る、生活、第三階梯、減の位、浄化、清浄、乾燥、除菌、拡大、範囲、十、発動。【掃除】」
メフィリアさんの唱えた効果範囲を拡大した【掃除】の魔術の効果により部屋中に飛び散っていた血痕などが綺麗に消えていき、床に散乱している破損した扉の破片などが一か所に集まっていき小さいものは消えていき後には大きめの破片などが残された。
「メフィリアちゃん、現場の保存とかの関係でこれって拙いんじゃ……」
調査の関係で現場の保存は重要じゃないのか? 同じことを思ったのか和花がそう口にした。横では健司も瑞穂も頷いている。
「それは大丈夫。ちょっと待っててね」
メフィリアさんはそう言うと訝しる僕らを無視して呪句を唱え始める。
「綴る、時空、第六階梯、探の位、時分、遡行、流動、情景、抽出、記録、発動。【過去見】」
そして無言のまま室内を何度か見まわすと、「それじゃ、小隊長さんのところに戻りましょうか」と部屋をでていく。心なしか顔色が悪いようにも思えた。
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受付広場に戻ってきて小隊長に説明と、【記憶投影】を使う許可を貰い早速メフィリアさんが呪句を唱え始める。
「綴る。生活、第四階梯。彩の位、記録、抽出、投影、発動。【記憶投影】」
魔術の完成と共に中空に横長の映像が投影される。ここに映し出される映像はメフィリアさんが【過去見】の魔術によってスライン氏の部屋で起こった事を記憶したものが投影されるのだが……。
仮死状態の廃棄物シリーズを水場の排水溝へと捨てているスライン氏、スライン氏とリンド氏が何やら真剣な眼差しで語り合っていた。何かを語りながら培養器に頬摺りするスライン氏、培養器を開けて人造人間の手を取り何かを語り掛けるスライン氏、時折リンド氏もやってきて同じような事をしていた。踏む込んでくる憲兵隊、抵抗しようと杖を掲げて詠唱に入ろうとするスライン氏をぶん殴る憲兵、床に押さえつけられ何かを叫ぶスライン氏、割れる培養器とそこから飛び出す人造人間、狭い室内を素早く三次元機動しつつ憲兵隊を手刀で切り裂く人造人間、しかし閉所で数の暴力には勝てずに徐々に傷を負っていく人造人間、九人目を床に沈めた瞬間に死んだふりをしていた憲兵に深手を負わされてスラインを抱えて窓を蹴破り外へと飛び出したところで映像は途切れた。
投影が終了した頃に増援が到着した。僕らがスライン氏の部屋に行っている間に増援を呼んだのだろう。受付広場には結構な数の憲兵がやってきた。
「謹厳実直の皆さん、犯罪者の追跡は我々で行うので本日は宿に戻ってお休みください。それと小さな聖女様、部下の治療をありがとうございました」
増援で二個小隊を率いてやってきた中隊長がにこやか……いや、厭らしい笑みを浮かべてそう言って近寄ってくる。
ここまで来て帰れっていうあたりたぶん、手柄は自分らがって事なんだろう。だが確かに僕らも朝から魔術の使い過ぎでフラフラしているのは間違いない。フラグっぽいが一旦寝た方がいいだろう。
礼を述べた後、憲兵隊の中隊長は本部として一個分隊を置き、一個分隊はリンド氏を連行して今宵は楽しいおしゃべりだろう……。
残りは人造人間とスライン氏の追撃を命ずる。
憲兵隊が散っていくのを眺めつつ僕らも帰るために学院を出る。この時間になると精霊角灯の数を減らしてあるようでかなり薄暗い。
時刻は既に十二の刻を過ぎており、深夜と言っていい時間である。いつもであれば既に寝ている時間だ。健司辺りは威嚇要員としてただひたすら立っていただけだが、立ちっぱなしでも結構疲れるんだよね。
ぐぅぅぅぅ……
「「「……」」」
「悪い、なんか腹減ったわ。流石に二食とも調理済み乾燥食品は厳しいわ」
腹の音の主は先頭を歩いていた健司だった。振り返り腹を摩る。
こっちの世界の困るところはこの時間になると歓楽街の色っぽいお姉さんが居る酒場くらいしか開いてないんだよねぇ……。
調理済み乾燥食品は、一食当たりの価格は高い割には量としては決して多くはないから実は僕も空腹感を感じていて何か食べたいなとは思っていた。
健司と二人なら歓楽街へ赴くのも悪くはないのだけど、和花や瑞穂はともかくメフィリアさんも同伴してるからねぇ……。
流石の健司も女性陣を率いて歓楽街に踏み込む気にはなれなかったようで話題を変える。
「なぁ、あの人造人間って、もう死んじまうのか?」
「たぶんね。確か人造人間は自然治癒能力はない筈だし、あの傷の具合だとスライン氏の【軽癒】程度じゃ癒せないだろうから放っておいても死にそうかな?」
宿屋への道中に健司がそんな事を口にした。その疑問に僕は無難な回答を返す。だが、それをメフィリアさんに否定された。
「人造人間には吸血行為による【生気奪取】という能力があるわ。その為に現在は創造する事は禁止されているの――――」
彼女の話を纏めると、あの人造人間はまだ教育が終っていない段階のようで、理性より本能が強いので回復の為に人を襲うかもしれないとの事だった。ただし主人であるスラインを守る程度には分別がある。
「そうなると追跡している憲兵達が危ないんじゃないの?」
「それより、手柄とか横取りされるのが俺はちょっと気に入らないんだが……」
投影で人造人間の戦闘能力を見ている事もあって和花は一応建前としては心配してますって表情で意見を述べ、反対に健司は不機嫌そうに言う。
当初は金属生物を討伐してくれから始まったこの依頼もスライン氏の犯罪行為が重なり予期せぬ事態になっている。依頼自体は師匠の集団と合同なので正体不明の金属生物討伐の仕事自体は継続しているのである程度の評価は得られるだろう。
だけど、この件は依頼とは無関係で追加案件扱いになるのだが、スライン氏が憲兵隊に捕縛されると、恐らくだが手柄は彼らに横取りされ僕らはタダ働きとなる。中隊長の厭らしい笑みはそういう意味だ。
それが分かっていてこうやって宿屋に帰ろうって事になっているのは思った以上に消耗しているからだ。RPGで言えばHPは全快だけどMPが底を突いている状態だ。
僕らは居住地域を出て商業地域に差し掛かろうとしたときに不意に右手から何かが飛び出してきた。
薄暗い中、そいつは健司へと迫る。ややぼんやりとしていた意識が覚醒する。
「健司!」
強い口調で健司へと呼びかけた時には、右手は反射的に腰の光剣を握っていた。
僕の叫びに驚いた健司は振り返ろうとしてそいつの正体に気が付いた。
その時になって自分に迫る人影が腕を振り下ろすのが見えていたはずだ。回避行動に入ろうと身体が動いているが明らかに回避が間に合わない。普段は硬い防具に守られている安心感から油断したも言える。
その時振り下ろされた手刀の軌道に光剣が差し込まれる。いち早く気が付いた瑞穂だ。
襲い掛かってきたソレは裸の女性であった。痴女が襲ってきたわけではない。
「おいおい、こういう時は憲兵が襲われるフラグじゃないのかよ……」
遅れて戦闘態勢を取った健司が呟く。
瑞穂に邪魔されて距離を取りこちらを窺うのは、先ほど逃走した人造人間だ。傷は負っているようだが【生気奪取】を行ったのか若干回復している。
「憲兵が返り討ちになったのかしら?」
「だろうね。あんな違法品がそうそうあっても困るよ」
完全に出遅れた和花が人造人間に視線を固定しつつ確認するように聞いてきたのできっちりと答えを返しておく。
人造人間は周囲を素早く観察してジリジリと僕らから距離を取ろうとしている。ここで逃がすと犠牲者が増えそうだし何とか捕縛したい。
こいつって廃棄物シリーズと同じで死んじゃうと肉体が崩壊して痕跡も残らないんだよね。
なら、捕縛向きの魔術を使うか……。
「「綴る――――」」




