192話 階段都市モボルグ④
翌朝起きると師匠たちは大事な用事があると言って出ていってしまった。お昼過ぎには戻るとの事だったのでそれまでは自由時間となる。
場所柄、派手な訓練は出来ないので走り込みを済ませて朝食を摂りに向かう。
朝食は地霊族が多い国らしく薄くスライスされたライ麦パンが大量に乗せられた皿に燻肉、スライスされた硬乾酪、萵苣、大量の乳酪、乾燥腸詰め、スライスした胡瓜や蕃茄、スクランブルエッグが乗った大皿で更に別の小皿には個別に林檎、藍苺、苺、杏子の果醤、凝乳乾酪が供された。
地霊族の給仕に確認を取ったら、ライ麦パンに大量の乳酪を塗りたくって大皿の肉や野菜を地層の様に乗っけるのが地霊族流の朝食ですよとの事だった。
これに地霊族の場合は麦酒が供される。朝から酒とか流石は地霊族とか思ってしまった。
いままで出されたライ麦パンは固まりで出されることが多かったせいか、齧りつくと硬くてパサついてて美味しくないと思っていたのだが、どうやら食べ方が間違っていたようだ。これからは自前で果醤などを用意しておこうと思った。
程よくお腹が膨れたので人通りの少ない空き空間を借りて素振りを行う。ただ漫然と振るのではなく、体内保有万能素子を練りながら振り続ける事で心身ともに鍛錬になるのだ。
半刻ほどで訓練を終えても時刻はまだ四の半刻を過ぎたばかりだった。
「地霊族の国なんて初めてだし観光でもしましょ」
どうするか悩んでいたら和花がそう提案してきて強引に手を惹かれて準備の為に部屋へと連行される。
誰とは言わないが変な気を使って部屋割りを決めたせいか、何故か健司が個室で、僕と和花と瑞穂が三人部屋になっている。
部屋に戻り【洗濯】の魔術で汗と汚れを落とし、互いに背を向けあって着替え始める。慣れないもので未だに衣擦れの音に想像力を掻き立てられてしまいドキドキする。早着替えも冒険者には必須技能みたいなもんなんで支度自体はすぐに終わった。
健司と合流し、「どこいくよ?」と問われたので、「職人街を見たい」と返す。鍛冶や細工などの職人芸は地霊族が一番と聞くので一度その品質をこの目で見たかったのだ。
あ、上位地霊族のバルドさんは鍛冶の神の化身とか言われちゃってる人なんで除外する。
職人街は魔導機器組合の工房と同じ階層である第一層にあった。この町は上下階層の移動を複数の大型昇降機で行っており上下の移動が非常に楽である。ここに来た当初は階段での移動とか怠いなって思っていたのだ。
魔導機器組合の工房というのは魔導騎士や魔導従士の素体を持ち込んで専用化を行う工場の事だ。国の騎体は外観や性能などを統一化するが、爵位持ちの騎士などは見栄え重視の専用化を行ったり自分の武芸に合った性能に調整したりする。
魔導重騎などを用いて作業を行うようでガシャガシャと物音を立てながら忙しなく動いている。
僕や健司の騎体は師匠が専用の魔導調律師を招いて調整したと言う。近いうちに触ってみたいものだ。
この国は血筋や種族とかは重視されず能力主義な国というが長寿で現役時代の長い地霊族が人間を扱き使う図式が出来上がってしまっている。
地霊族は確かに種として器用ではあるが、人族の町に職人として居座っている地霊族は若くても八〇歳とかなんだそうで、職歴五〇年くらいの大ベテランなのである。ただし地霊族の中だと若造扱いだと言うけどね。
次の区画は武具の製作販売の店舗だ。バルドさんのようにどんなものでも超一流の出来にしてしまう職人は稀有で大抵は得意の分野一本に絞ってることが多い。
例えば、いま僕が見ている店舗は槍専門店のようで、見本品として展示されているものは槍や竿状武器ばかりである。
「健司は興味ないの?」
その店舗を指し示し健司に問う。彼の主武器は三日月斧と呼ばれる竿状武器だからだ。
「はっ、バルドさんの傑作品を超えるものがあるわけないだろ」
そう答える彼の目線は隣の店舗の斧に向いていた。
「そーいえばゲオルグの奴は元気にやってるのかねぇ……」
大斧を見ていた理由は彼を連想していたからか。
「ま、宗教上の理由だから僕らに止める権利はないからね」
「相手は誰だっけ? なんかそいつの贖罪の旅を支える事が信仰に繋がるみたいな感じだったよな?」
「僕も思い出せないんだよね。なんか喉から出かかっているんだけど……」
「俺らにはあまり関係ない人物だったのかもな」
「予備武器に、あれでも買うかな?」
もう健司の中では終わった話のようで彼の興味はさらに隣りの店舗の鎚矛に移っていた。
ここに並んでいる製品のほとんどが鉄製の鍛造品だ。職人の矜持が鋳造品を置くことを許さないのかね?
ゲームのように様々な材質の武具ってあまり見ないな……。
そう思っていると打刀を扱っている店舗で目を惹かれる一振りがあった。
「刃金が真っ赤なんて……」
「おまえさん、見たところ日本民族のようだが、そいつに目を付けるとはな……」
そう言って声をかけてきたのは、ここの職人だろうか?
「なんというか……異彩を放っていたもんで……」
思わずそう返答してしまったが嘘ではない。明らかにそれだけ別格だったのだ。
「俺の自信作、と言いたいところだが、そいつは先代の遺作なのさ」
その深紅の刃金の打刀はよく見ると想像していたより重ねが薄い。非常に興味が出た事もありモノは試しと聞いてみた。
「流石にこれは売ってもらえませんよね?」
「当たり前だ」と返された。だが、「俺の打ったもので良ければ見るか?」と問われたので見せてもらう事にした。
主人の持ってきたものは深紅の刃金の刀身のみで鞘どころか柄すらなかった。流石に茎を掴んで素振りする気にはならなかった。
「これはおいくらいで?」
僕は鑑定専門の収集家ではないので自信が持てないがこれは結構良い打刀だ。もっとも戦闘用という意味でだ。
「ほう……金貨10枚でどうだ」
師匠からも打刀は高いとは聞いていたが……。そこらの店で買う片手半剣なんて合金貨一枚だってーのに……。
結局好奇心に負けて買ってしまった。
流石に刀身のまま渡されることはなかったが、鍔もないし柄巻きなどもないので刀装屋に依頼しないと見栄えが悪い。このままだとヤの付く職業の長ドスみたいだ。
黙って付き合ってくれたみんなに礼を言って奥へと進んで行く。防具などは今のバルドさんの傑作品に並ぶ品はなかったのでスルーした。
次に来た区画は宝飾品などの区画だ。
実際に細工品などを見ると確かに目を見張るものが多いが、第一層に店を構える地霊族の職人ともなると年齢で言えば一二〇歳とかで職歴九〇年以上とかになる。そりゃ人間様じゃ勝てないと思った。
もっとも人間の中から極稀に凄い天才が誕生する事もあり、彼らも職人気質もあり常日頃から研鑽を怠ってはいないし、自分の技量を過信したりしないと言う。
「おい、何か買ってやらないのか?」
興味なさげに最後尾を歩く健司が小声でそんな事を吹き込んできた。
確かに今いる区画は装身具を扱った区画ではあるし和花も瑞穂も興味深げに見て回っている。
「装身具は魔法の工芸品を常時身に着けているから微妙なんだよねぇ……」
「そーじゃねーだろ。花園ちゃんには指輪を贈って、小鳥遊や桐生ちゃんにはナシとか酷くね?」
「あ、あれは……」
あれは名目があったから渡せたけど、なにか名目でもないと気恥ずかしくてなぁ……。
後であの人に相談に乗ってもらうかぁ……。
「考えとくよ」
取りあえず健司にはそう回答しておくことにした。それを聞いた健司がどんな表情をしていたかは定かではないがひっそりとついた溜息で想像がついた。
そうこうしているうちに装身具の区画を抜け次は各種加工職人の区画となる。
ここは基本的にスルーかなと思いさらに先に進む。職人街を終えると十字路となっており先に進めば飲食街となる。左は――――。
その時右側の通路から叫び声が上がった。




