190話 階段都市モボルグ②
今年最後の投稿になります。
2020-05-05 誤字報告を元に文章を修正
師匠の虹等級特権で僕らは街門での行列を回避し簡単な手続きで階段都市モボルグへと入る。
「「すっげー」」
僕と健司は思わず声を揃えて叫ぶ。穴倉の中ではあるが広場は野球場くらいには大きく5層吹き抜けのようで天井は15サートを超える。
床のタイルは一枚一枚が彫刻が施されており一定間隔で並ぶ柱も同じように彫刻が施されている。地霊族の石工、いや石材彫刻家の作品だろう。
広場を照らす明かりは精霊角灯を用いているようだ。【光源】や炎の明かりと違った暖かく柔らかい明かりだ。光の精霊を用いた明かりであろう。
そうは言っても人間からするとやや暗い感じは否めない。【暗視】持ちの地霊族にとっては何てことないのだろうけど。
この町で目に付くものと言えば、魔導重騎と呼ばれる体高0.75サート弱のまるで地霊族を思わせる人型の重機のようなものが所々で稼働している事だろう。
重機だと思った理由は腕の部分が起重機や掘削機となっている事だ。中には平土機を装備している騎体もある。
荷馬車なども存在せず、魔導重騎に荷車を牽かせてるようで一気に別の国に来た感がある。
この閉鎖的な空間では生物を使役するよりは遥かにマシなんだろうけど、ファンタジー要素よりSF要素の方が濃い場所だなぁ。
「ここには魔導機器組合の魔導騎士工房のひとつがある。その恩恵で作業用の魔導重騎の格安供給がある――――」
師匠の説明を聞いていて思ったのだが、この世界はとにかく偏りが凄い。過剰な人口を抑制するためとは聞いているけど、不要と思われた人たちには生きる権利すらないとでもいうのだろうか? その事については師匠は何も語ってくれない。
もっともなんの力も知識もない僕がここで悩んだところでいい事もあるまい。出来ないモノは出来ないのだ。それこそこの世界の面?でもある独りよがりの想いで勝手に動いて事態を混乱させるだけである。
最初から運とか奇跡とかを当てにして行動しても上手くはいくまい。足掻いて足掻いて足掻いた先にこそ奇跡とか運が付いて回るんだと思う。とにかく今は僕らは地力をつける事に集中しよう。
先ずは僕らは師匠の先導で階段都市モボルグの冒険者組合へ向かう。そこで会議室を借りて必要な情報を得る為に職員から説明を受ける。
最初の事件は腐銀坑道の最先端で起こったと報告されている。因みに原子番号27の元素のコバルトの事ではない。この世界では犬頭鬼が銀を腐らせると言われており地霊族の天敵と言われる所以らしいのだが、現在の犬頭鬼にそんな力はない。
現在は特殊な薬品を用いる事で釉薬や鍍金で用いられているとか。それもどうでもいいか。
作業中の鉱夫が頭上から液体を被ったら身に着けていた金属製品が溶けるように消えていったという。稀に出る死亡例のひとつがこの液体を被って溺れるのだと言う。液体と入ってもかなり粘度があり斬っても突いても叩いても効果はなかったという。
魔力が籠ったものはそれがコーティングになるのか直ぐには溶解されないと言うが打刀のように素早く切断する分には問題がないと言う。
現在のところは”純エネルギー魔術”と”電撃魔術”呼ばれる分類の攻撃魔術のみが消滅させる事が出来ると判っている。洞窟という閉鎖的な空間で使用可能な魔術と言えば、【魔法の矢】、【魔力の投槍】、【放電】、【電撃の矢】、【電撃】、【雷撃砲】、【電撃格子】と呼ばれるものがある。後は武器に【電撃付与】を付与するくらいだろうか。
この中で僕らが使えるのは【魔法の矢】と【電撃】だけだ。
肝心の金属生物をおびき寄せる為に希少性の高い餌を用意し、一切金属製品を身に帯びていない状態の僕らが魔術を以てして、のこのこと出てきたそいつらを殲滅していく方向だという。知性らしいものは感じられずまた集合生命体と言う訳でもないので連帯もないだろうと言う話だ。
「まずは現地で観察してから最終方針を定める」
師匠のその台詞で会議は終わった。早朝から行動を開始するとの事で本日の残り時間は休憩しようという事になった。二週間の訓練で身体もかなり疲労を溜め込んでいたからね。
先ずは今夜泊まる宿屋で旅装を解き、平服に着替えて腰に光剣を提げて散策に出る。迷路のように入り組んでいるので注意するようにと宿屋の親父さんに注意されたので感謝してフラフラと街を見て回る。気分転換と考え事をしたかったので今回は一人で出かけた。
ワンフロアの天井は3サートほどだろうか、道幅も結構あり圧迫感は思ったほど感じない。ただ内部に居ると階段都市と言われる階段状の構造が分かりにくい。
一刻も歩き回り流石にちょっと疲れたなと感じて立ち止まるといつの間にか居住区を抜けていて無人地区を歩いていた。ここは古い廃坑で住人が増えたら居住区を拡張する計画の場所だ。
結構時間もたった事だし帰ろうかと思った時だ――。
ポタッ
頭部に水滴のようなものが落ちた。
触ってみると何やら手に銀色っぽい液体が付着している。
――まさかっ!
とっさにバックステップで飛び退ると上から銀色の塊が降ってきて先ほどまで僕がいた場所に落下した。その銀色の塊はうねうねと動き始めてまるで人のような形へと変質していく。
会議で聞いた特徴と異なるがこいつは件の金属生物だ!
僕の直感がそう告げた。
慌てず騒がず冷静に呪句を紡いでいく。
「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、電撃、紫電、稲妻、発動。【電撃】」
そうして完成した【電撃】の魔術を目の前のヒト型金属生物へと放つ。
指先から伸びた電光がヒト型金属生物を貫き鉄が焼ける様な匂いが鼻孔につく。
だが、抵抗されたのだろうか? はたまた僕の魔力強度が低かった為に殺傷力が足りなかったようだ。
右手っぽい何かを振り上げそれを勢いよく振り下ろす。とても届く距離ではなかったが直感が腰の光剣を抜かせた。
魔力の刀身に手応えがあった。ほぼ勘任せであったが【刀撥】によって打点をずらされた刃の様な形状となった触腕が見えた。
ヒト型金属生物の位置は0.75サートほど離れている。結構間合いが広い……。
デフォルメされた感じのヒト型金属生物は両の腕を振り回して襲い掛かってきた。
「話と違う!」
振り回される触腕を回避しつつそう叫んでいた。相手の攻撃は雑で単に両手を振り回しているだけのようにも見えるが触腕がしなっているところを見ると金属製の鞭と考えて行動しておいた方が良さそうだ。
【飃身】をもってユラユラと緩急をつけて相手の攻撃を往なし師匠の真似をして動きつつ呪句を紡いでいく。
「綴る、八大、第二階梯、付の位、放電、増強、電撃、対象、発動。【電撃付与】」
魔術の完成と共に光剣の刀身から放電が始まる。試しに右の触腕を【刀撥】の技を持って受けてみると鉄の焼けるような匂いが漂う。慌てて触腕を引っ込めるところを見ると痛覚に類するものがあるのだろうか?
だが驚いたのはこの後の行動だった。
攻撃パターンが突然変わったのだ。
「なっ!?」
予備動作が分かりにくい刺突に切り替わったのだ。突きに対して【刀撥】はかなりに技量が必要だ。あの少ない戦闘でそれを見抜いたのだろうか?
しかし単なる金属の捕食って感じじゃないぞ……。殺意すら感じる。
左右の触腕でランダムに突きと振りとで変則的な攻撃をして来るため必死に攻撃を躱したり光剣で受けたりする。
光剣に纏う【電撃付与】は効果があるようで、接触すると僅かに動きが固まる。
一方的に攻撃を僕が往なす状態が続く。困った事に僕も決定的な攻撃のチャンスを見つけられないでいた。攻撃速度が速く詠唱している余裕を見出せないのだ。
その時、気が付いたのだ。
ヒト型金属生物は一歩も動いていないのに互いの距離は1.25サートと離れていることに……。
逃げるにしても背中を見せれば殺られるだろう。一度押し返して逃げるまでの僅かな間を作らなければ体力的にもジリ貧だ。
体力的にも厳しいけどアレをやるしかないか……。
いく合かと打ち合わせて分かった事がある。こいつにはある一定の攻撃パターンがある。タイミングは難しいがその状況を作り出さないといけない。
そう考えていると都合よく左の触腕の大振りの横薙ぎの一撃が来たので放電する光剣で左の触腕を斬りつける。僅かに動きが止まる。
狙ったように右の刺突が僕を襲う。それは僕の身体を貫いた――――。
右の触腕による刺突が貫いたのは【残身】による僕の残像だ。高速移動した直後から呪句を紡ぐ。
「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、――」
詠唱の途中で硬直が解けた左腕の刺突が襲い掛かる。
だがそれは目に見えない障壁に命中する。
「――――、発動。【電撃】」
【残身】と障壁によって稼いだ僅かな時間で【電撃】の魔術を完成させ紫電を放つ。
電光が再びヒト型金属生物を貫くとそいつは溶けるように液体化し床に広がるのだった。
光剣を構えて警戒するが程なくして【電撃付与】の効果が切れる。それでも何もないので警戒を解く。
しかし、こんなこともあろうかと【防護圏】が無詠唱で発動するように事前に手を打っていたのが上手くいった。
適当な情報を報告してきた冒険者組合には抗議せねば!
僕は足早にその場を去っていく。
液体化したソレが僅かに動いた事に気が付かないまま……。
なんとか予約投稿が間に合いましたが、話が中途で年明けになってしまうのが残念です。




