189話 階段都市モボルグ①
あっという間だったのか、ようやくというべきなのか二週間が経過し最初の目的地の鉱山王国ラウムの首都である階段都市モボルグの近くまで来た。
この階段都市モボルグは北方から大陸を遮断するかのように南北に延びる白竜山脈の岩山の斜面を階段状に削った都市で住人は坑道跡を利用した穴倉暮らしとなる。
人口は約十万人でそのうち地霊族が一割ほどだ。二割は山岳民族と呼ばれるこの周辺に住む人族だ。小柄で筋骨逞しく毛深いのが特徴だと言う。六割はよそ者である中原民族と東方民族が半々くらいで残り一割がその他種族といった構成になっている。
支配者層は地霊族であるが、君主制を謡っているが王族の地霊族は象徴に過ぎず政治体制は有力氏族による合議制であると言う。
良質な鉄鉱石や真剛鉱と呼ばれる希少性の高い鉱石が取れるという事で鉱山で日銭を稼ぐ冒険者も多いらしい。
てっきり犯罪奴隷を鉱山で採掘人に仕立てるかと思ったのだが師匠曰く、「犯罪者に武器になりそうなものを持たせるわけないだろう」と返された。たしかにもっともな話だ。
この都市は地霊族や人族の工匠が多く集まり切磋琢磨をしており、別名として職人王国とも呼び、そんな工匠の作品を手にいれる為に冒険者も集まると言う。
そして健司が求めた依頼もここなら受けられるという。そう……討伐依頼だ。拡張を続ける鉱山だが、偶発的に地中生物などと遭遇する事もありその駆除に冒険者が駆り出される。
ザックリと説明を聞いた後で魔導騎士輸送機を降りて徒歩で階段都市モボルグへと向かう。
巨大な鉄門まで0.5サーグほどあるが、大扉の前には数えきれないほどの天幕が立ち並んでいる。迷宮都市ザルツの市壁の外と同じ感じで町に入りきれない冒険者たちなのだろうか?
「あれって……」
「主に冒険者達だが、戦火に焼け出された他国の二等市民達が僅かな財産を食い潰しながら、ここで三等市民登録しようと順番待ちしているのさ」
この話には続きがあり、手に職を持つ者はすぐにでも二等市民権を得られると言う。逆に言えばここに残された多くの者は職人ではなく単なる商人や店員などなのだという。
それでも力や体力があれば鉱山で働くことで三等市民として受け入れられると言うが……。
「それすら出来ないという事は……」
「そういう事だ」
僕の言いたいことを察した師匠がそう返した。この世界は転職が難しく親の職を子が引き継ぐのが一般的だ。ある意味職人の家に生まれた子は何処へ行っても厚遇されるがそれ以外の家庭に生まれた子は安定した治世なら豊かな生活を送れるだろうが、世界が荒れてくると真っ先に犠牲になるという事でもある。
貧民窟と化しているそこを通らなければ大門にたどり着かないのだが、襲われたりしないのだろうか? 正直言えば数の暴力は怖い。
「ここでは何があっても無視しろ。……それじゃ、行くぞ」
先頭を歩く師匠が一度立ち止まって振り返りそれぞれの表情を確認したのちに再び歩き出す。
態々確認を取るという事は何かが起こる可能性が高いという事だろう。そしてそれは平穏な世界で生きてきた僕らには割とショックな出来事って事になるのだろうか?
踏む込んだ途端に通路脇からの少年たちの幾重もの視線を感じた。それに不安を覚えたのか珍しく瑞穂が僕の右手を掴む。
なんというか……凄いギラギラとした視線だ。
その時だ、後方から数台の積み荷が満載された荷馬車が僕らの脇を通り過ぎた時……。ひとりの少年が進路上に飛び込んだ。
当たり屋か!
だが、その少年は運が悪かった。タイミングが悪く大柄の荷馬に踏まれ、追撃とばかりに荷馬車の車輪に轢かれたのだ。少年の絶叫が響くが御者は慣れたものか何事もなかったかのように走り去っていった。
残されたのは路上に転がるかつては少年だった物体だ。TVならモザイクがかかるレベルのグロ画像である。周囲の少年たちも目を背けるものが多いが一部年長者の中には舌打ちをするものもいる。だが……動く気配がない。
何とかならないのだろうかという僕らの視線を感じたのか前を行くメフィリアさんが振り返る。その表情は固く……瞳を伏せており、やがて頭を小さく振る。
どうやら蘇生は出来ないようだ。離魂が始まっているという事だろう……少年の魂は輪廻の輪へと旅立っていったという事だ。
なかなかの胸糞な洗礼を受けたもののある意味これがこの世界の日常かと思えばいちいち義憤に駆られても居られない。
抗議したところで罰する事もできない。まさか闇に紛れて一方的な正義の制裁っていう訳にもいかないだろう。そうすれば僕らが犯罪者として追われる。
「誰かがこんな状況を作り出している。考えなしの善意の結果ともいえるが……覚えておいて欲しいのは、この世界は絶対的な巨悪は存在しない。誰もが良き世界にしようと動いているが誰も全体を見ていない。近視眼で視野狭窄な自称善人がこんな世界を作り出している……」
そう呟く師匠の声音は珍しく暗い。
「……その中には私たちも入っているの……。前世が神様と称えられる超人でもこんなもんなの……失望した?」
師匠の声に続いたのは同じように暗い声音のメフィリアさんだ。それに対して僕らは首を振り否定する。
この人たちレベルの超人が出来ない事を誰が出来ると言うのだろうか?
「いえ……そんなことはないです」
既得権益などもあるし、世の中を一丸にするのは無理なのだろう。それこそ自由意思を何らかの形で封じてロボットのようにする以外には……。どんな綺麗ごとを言っても世の中は平等ではないし他人を蹴落とさなければ上には登れない。
「分かっちゃいるんだけど……辛いなぁ」
「ここの住人も選択肢はあるんだ。ただ彼らはそれを選ばない。だから夢見つつ惨めな生活を送る。ある意味自業自得でもある」
例えば、かつては町でそこそこ裕福な生活を送ってこれた彼らは農夫などになろうと言う気がない。転職は難しい世界だが農夫と冒険者だけは誰にでもなれる職業だ。
だがこれらの心のどこかにそんな底辺な生活は御免被るという気が存在する。その結果がこの惨めな貧民窟生活だ。いつか元の生活に戻れると本気で思っているのだろうか? 誰かが自分の才を見出して拾ってくれるだろうと考えているのだろうか?
一年ほど暮らしてきた僕らですら理解している……積極的に足掻かなければ事態は変わらない。
「今回この階段都市モボルグに来たのは、ちょっと面倒な怪物が現れたんだが、そいつの処理に術者が必須って事で呼ばれたわけだ」
暗い雰囲気が続くのを嫌った師匠が話題を転換した。そして後に説明を始める。
そいつは流体金属のようだと言う。自在に形態を変えあらゆる場所に出現し餌を喰い漁る。その餌とは……金属だった。種類は問わないらしいので、廃材などで釣って冒険者たちに討伐を依頼したのだが、武器が触れれば取り込まれ、鎧に触れても取り込まれると言う。金属以外は捕食しないために運が悪く窒息や圧迫での死亡者は出たものの数は少ないと言う。ただ被害は拡大中との事で、術者の数が多い師匠の集団である双頭の真龍に依頼が舞い込んだという。
「なら、魔法で殲滅ですか?」
「魔力を用いて事象を改変する魔法でしか傷つかない。だが、魔力を纏った武器で素早く斬りつければ効果がある事は確認している」
その師匠の回答に、ここ暫くの魔闘術の特訓の意味が分かった。




