19話 これからの事
何故進行が遅いのか?
「メニューにあるものは何を頼んでも構わないぞ」
事前に予約していた個室に入り明らかに高級品とわかる椅子に腰を下ろすと同時に師匠がそう言った。
「酒もですか?」
「まーこっちの世界じゃ15歳で成人だし呑むのは構わないが、明日以降の話をするから程々にな」
「うぃっす」
師匠の許可も下りたので嬉々として健司はメニューを眺めている。
個人的に気になったのはこのメニューだ。
紐止めで冊子状にしてあるのだが、文字が手書きじゃないうえに写真のようなものまである。
「師匠。これって…………印刷物なんですか?」
「活版印刷だな。但し料理の絵の部分は真語魔術の【念写】で写し出したものだ。才能がなく挫折した魔術師の再就職先として商人組合が撮影師として雇い入れたんだろう」
その後も続く師匠の話では魔術師は確かにエリート職だが、多くは研究員で終わり、導師や高導師となれる者はほんの一握りだけだそうだ。
戦士としては微妙そうな僕としては魔術師の才能があるようだし、そっちにシフトした方がいいのだろうか?
「樹くん。またぼーっとしてるよ」
和花にそう指摘されて慌ててメニューに目を走らせる。
あれ?
「先生。こっちの世界って牛は食べないんですか? それに鶏もないですね」
和花の疑問は僕もメニューを見ていて思った。
「東方では一般的に牛は農耕用か乳牛として飼われていて年老いて効率が悪くなると捌いて食す。鶏も毎日産むように品種改良されているがこっちじゃそこまで進んじゃいない。鶏肉は卵を産まなくなった老鶏を捌くだけで市場に流れてこない。そして豚は環境適応能力も高く生命力が強く飼いやすい。それに繁殖力もあって養豚業は政情の安定している地域では盛んだ。後は山羊か羊が多いな。次いで兎、鳩、鹿、猪、熊って感じだ。イヌ科やネコ科はマズいから余程飢えていない限りは食わない。美味い食肉用の牛や鶏を食えるのは限られた富裕層だな」
「そうなんですか。あれ? という事は卵もあまり食べられないんですか?」
「そーなんだよー。高谷家に世話になっていた時に毎朝喰ってた卵かけご飯が恋しくてな…………」
和花の問いに師匠の嘆きはじめた。そんなに気に入ってたんだ?
「ちょっと待ってください! という事はですよ…………古典ラノベ定番の蛋黄醤や番茄酱はないんですか!」
師匠の話にマヨラーでもある御子柴が食いついた。
「いや…………あるにはあるんだが、あまり保存が効かないんで卵が手に入った日に作って翌々日くらいまでに消費するって感じだし、こっちのはあまり美味くないぞ。番茄酱はトマトがなー。有るにはあるんだが…………」
という事は日本帝国風の味付けではなく西洋風の半固形ドレッシングなのか。トマトはやっぱ品種の問題なんだろうか? いつかチャレンジしてみたいとは思う。
「あと日本帝国人なら米と味噌と醤油が欲しい!」
確かに御子柴のいう事は分かる。古典ラノベでも定番だ。故郷の味を再現したいもんね。
あれ? 味噌、醤油?
「師匠。なんで味噌と醤油だけ日本帝国語なんです?」
「そうそう。俺も気になってた」
僕の疑問に健司も同意してくれた。他のものは結構現地語なのに味噌と醤油だけがそのままなのである。実に不思議だ。
「それは500年前までこの世界には味噌と醤油がなかったようである時、突然集団転移してきた集団が元の世界から持ち込んだものらしい。現在は中原西部域に建国した日本皇国と呼ばれている国が少数だが輸出しているな」
後は定番であろう塩や香辛料の話に及んだ。
塩は岩塩や塩田などがあるものの過剰な需要に対して供給がやや追い付いていないのでそれなりに高価ではあるそうだ。香辛料はさらに高価である。
師匠の話では食糧生産量に対して人口が多すぎるとの事だ。そのあたりが人命を軽視している理由でもあるらしい。
「こんな話してても仕方ないし、とにかく注文してしまおう」
師匠がそう言って呼び鈴を鳴らし給仕を呼びつけあれこれと注文していく。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「喰った。喰った」
「もう当分豚肉は見たくない…………」
健司と御子柴は奢りなのを良いことにとにかく食った。お前らはフードファイターかと突っ込みたいくらい喰ってた。
肉自体は昨日までの野外生活でちょこちょこと食べてはいたんだ。
飛び道具の射撃訓練の名目で野鳥とか野兎とか狩ったりしてたからね。
食後のお茶とデザートとして出されたゼリーのようなものを食べつつ師匠の話を待っていると————。
「それじゃ満腹でいい気分だろうけど、明日以降の話をする」
そう言って師匠が語りはじめた内容は、二週間かけてそれぞれの伸ばしやすい分野を徹底的に伸ばそうという事だ。
健司は魔戦技の効率アップと使える武器の種類を増やすこと。
御子柴は斥候として必須ともいうべき観察眼と手先を使った精密作業を中心に身体の使い方を習う。
和花は精霊と契約し精霊魔法を使えるようにすることと、真語魔術の基礎を習う。
僕はと言えば、和花と一緒に真語魔術の基礎を学び、余った時間でこの世界の様々な分野の知識を身につける。どーやら一般的な魔術師ポジションに育てたいようだ。打刀を使えればもうちょっとあれこれ出来たんだろうなとか思ったけど、今は師匠の言う事をきちんと聞くことにしよう。
そのあとは僕らだけでいくつか仕事をこなしてみて問題がないようなら迷宮都市ザルツにある最も深き迷宮で戦闘訓練を行うという予定だそうだ。
この最も深き迷宮は現存する迷宮宝珠産の迷宮では最古のものと言われており現在に至るまで最下層に到達した猛者はいないと言われている。
そう説明されてふと思った事があるので聞いてみることにした。
「師匠たちでもこの迷宮は攻略できなかったのですか?」
「何が楽しくて延々と迷宮潜って遊ばなければならないんだよ。10階層まで潜ったころには飽きてしまったよ。あそこに滞在する冒険者どもはよくも飽きずに延々と潜ってられるなと感心するよ」
迷宮宝珠によって作られた迷宮がどんなもんかと言えば古典RPGの〇ィザードリィみたいな印象である。
確かにレベル上げとかレアアイテム揃えるとか目的がないと辛いかもしれんね。
創成魔術によって生み出された怪物を倒してそこから得られる万能素子結晶を回収してそれを商人組合に買い取ってもらう日々とか長く続けられる自信がないな。
「ヴァルザスさん。よーするに迷宮都市ザルツで迷宮に潜ってれば生活には困らないって事ですか?」
「…………そーだな。ただ強盗に転職した冒険者に迷宮内で襲われる危険もあるけどな」
御子柴の質問に師匠がそう返した。世の中美味い話はそうそうないものだ。
「迷宮で一党を組んでの戦闘を学習するのもあるが、迷宮都市ザルツには奴隷商人が集ってオークションを行うことが多く、お前らの学友も多くはそこに集まるだろうから、気が向けば買い取って元の世界に送り返すなり仲間にするなりすればいい。それで俺はお役御免だ」
僕らに構っていると本来の目的に支障が出る訳だから仕方ないか…………師匠からはまだまだ習いたいことが山ほどあるんだけどな。
「あ、ヴァルザスさん。前に約束した魔導従士の件はいつになります?」
「そういえば忘れてたな。見るだけなら迷宮都市ザルツへの道中でもいいが、操縦を覚えたいとなると…………よし、あと2か月後に元の世界へと【次元門】を開けるようになる。その時に里心がついてなければ教えてやる」
「今日のところはこれで解散しよう」
そう師匠が言って立ち上がる。
「あ、くれぐれも今日はこの宿屋からは出ないように。まだ民兵が略奪暴行に勤しんでいるから襲われる確率がかなり上がる。この宿に居れば9割くらいは安全だ」
「9割? そこは絶対安全とかじゃないんですかい」
「戦勝気分と略奪暴行で気が大きくなっている阿呆な民兵が稀に襲撃に来る。最も兵士に発見されれば商人組合の報復を恐れて即皆殺しだがな」
健司が笑いながらそんな質問をすれば、師匠がまじめに恐ろしい事を言う。
「実際に報復ってどんな感じなんです?」
僕も怖いもの見たさというか興味が出たので聞いてみた。
「全商人の撤収。禁輸措置。周辺国に軍事物資や傭兵を格安で流す。周辺国に軍事行動を唆すとかだな」
国という枠組みはあれで世界は商人組合によって支配管理されている印象があるなーとか思っていたら同じことを和花が師匠に質問してた。
その質問に師匠は少し迷ってから————。
「この世界は七賢会議と言う組織が管理? いや監視をしてある程度世界の破滅を防ごうと裏からあれこれと暗躍している。商人組合や魔術師組合、魔導機器組合という下部組織を経由して全世界に干渉している。…………と言う噂だ」
そう言って師匠が笑ったが、目だけは笑っていなかった。
もしかしてこの世界の闇の部分に触れてしまったんだろうか?
ルビの振り方間違えたけど、直す気になれなかった。
本当であればシガーってはずなんだけど、誰も見てないし指摘されないはず!
最も指摘されてもIMEの辞書ファイル全部直したり投稿部分全部見直したりするのめんどいからやらんけど。




