186話 艦内(家)を案内してもらう。
2020-4-17 整備台の数が少なかったので増やした。
師匠の先導で収納式階段を上って上甲板に出る。高さがあるだけに乗り降りが面倒くさいなって印象を受ける。
「師匠、いちいち上るのが面倒なんですが、下部に扉とか付けられなかったのですか?」
だが返ってきた言葉はやや微妙だった。
非常用の開閉扉は存在するという。防犯上のうえで侵入者が入りやすい場所に扉を設けるのを制作陣が嫌がったそうだ。さらに強度が落ちるという理由もある。ま~そういった設計上の問題点を洗い出すのも僕らの仕事だから不満点をどんどん上げていってくれと言われたのだ。どうしてもというなら艦尾ドック式格納庫を開けてもらってそこから入るしかないなとも言われた。
さて、この艦体の見た目を例えるなら大昔の米帝《アメリカ合衆国》で建造されたズムウォルト級ミサイル駆逐艦に近い。もっとも上部構造物はほぼ何もない状態ではあるけど。
この時代の木造船に多い艦首楼甲板や、艦尾楼甲板が存在しない全通甲板だ。この広い甲板をそのままにしておくのは無駄な気がする。
その全通甲板の右中央にこじんまりとした三層構造の高さ2.5サート程の高さの艦橋がそびえ立つ。
艦橋内に入ると驚いたことにだだっ広い床面積三〇スクーナほどで空間だった。上下階層移動の螺旋階段と昇降機の広場としては不自然に広すぎる。また採光用の窓もない。
「師匠、ここは?」
「内装は最低限しか用意していない。ここと二層目は好きに改装して構わない」
師匠の話だと、この最新鋭のザイドリット級一番艦は元々がウィンダリア王国の軍用艦として計画されたものだと言う。それを民間で運用試験すると言う事で軍用の艤装は取り付けずに竣工したと申請して持ち出したんだそうだ。
狭い螺旋階段を上がり第三層へと上がるとそこは指揮所となっており現在は初老の五名が詰めている。この魔導騎士輸送機の全権を担当する艦長のラーケン、操舵手のフバール、機関士のグラーフ、航海士のアキレス、通信師のトーラスだと紹介される。軽く会釈と簡単な自己紹介を受ける。
全体の運行は僕らが決定するが、それに伴う魔導騎士輸送機の運行は彼らに一任する形という事だ。残りの乗員については後に紹介してくれるとの事だ。
使われている魔導機器だけみると僕らの世界のと大差ないように見える。だがこれらは太古の遺産の自動工場で生産されるもので大量生産されているわけでもなく、現在では技術が散逸しており作ることはおろか修理も危うい状態だと言う。
さぞ人員が多いだろうと思ったが、夜は基本的には停泊するので最低限の人数しかいないと言う。
指揮所の大きさは一〇スクーナほどしかない。中央にある部屋は同じように一〇スクーナほどで、ここには僕にとって垂涎のアイテムが鎮座していた。部屋の中央に二スクーナの大理石製の物体だ。これは超越級の魔法の工芸品である神の視点だ。
効果は永続効果のある【幻影地図】だ。誰でもこの惑星の好きなところを衛星目線で見ることが可能なのだ。しかも触媒も呪句も不要。
ただ……大きすぎるし重すぎて持ち運べないんだよねぇ……。
残りの区画は艦橋要員の休憩スペースとの事なのでスルー。そして螺旋階段でさらに上にいくと展望デッキである。そこには索敵員のルワンダという初老の人物が待機していた。
正直言って人の名前覚えるの苦手なんで何人かは忘れそうだ……。
書類上の持ち主の顔を知らされているのか愛想は良い。彼らくらいの年齢からすると僕らは孫くらいの年齢なのだが、そんな年下に命令されるとか不快感ではないのだろうか? それともそれをおくびにも出さないくらいには人生経験積んでいるという事か……。
そしていよいよ艦体内部へと案内される。
昇降機で降りて最初に案内されたのは二〇スクーナほどの三層吹き抜けの部屋だ。かなり規模が大きいが万能素子転換炉が二基設置されている。今回の新技術とやらはこの二基の万能素子転換炉だそうだ。完全同調並列型と呼ばれるもので単なる並列型に比べて十倍ほどの出力が出せると言う。
ここで作られた魔力の使い道がピンとこないのでこんな大出力で意味があるのかとも思ったのだが、たぶん軍で運用する際には必須なんだろう。
あとは空気処理機やら水処理機などの生活に密接した魔導機器がある。
若い機関士が二人いたが軽く会釈のみで済ませて僕らは立ち去る。
次に訪れたのは艦尾ドック式格納庫だ。
艦内格納庫に直結しており大きさも船体の……。
「あれ? 長すぎないか?」
見回すと健司や和花も不思議そうにしている。ふと右腕が軽く引かれていることに気が付きそっちを見ると瑞穂が何か言いたそうにしている。
「なに?」
そう問うと艦尾の開閉扉を指し、「ここから開閉扉までの距離は間違っていない。だけど反対側はおかしい。五サートほど先に機関室の壁がある筈」というのである。
だが実際には機関室の壁は二〇サート先にあるのである。
「これが新技術の第二段の【空間拡張】の機能を持たせた建材で組んだ拡張空間だ」
タイミングよく師匠が説明してくれた。内部に関しては四層吹き抜けで長さ三〇サート、幅四サート、高さ四サートである。
両側の壁面に沿ってそれぞれ八つ整備台があり師匠から押し付けられた魔導隠行騎が二騎、デア・マルエッセン伯爵から頂いた魔導騎士が二騎、聖都ルーラで購入した偽装用の魔導従士が二騎がそれぞれ固定されている。
「あれ?」
だが、見慣れない大柄な魔導騎士が七体目として固定されている。それによく見ればデア・マルエッセン伯爵から頂いた魔導騎士のうち一騎は素体のままだがもう一騎は二次装甲が施された実戦仕様に改装されている。
「樹さんと健司さんに合わせた騎体っすよ」
そう言って近づいてきたのは二か月ぶりに見る整備担当のハーンだ。再会の挨拶を交わした後に事情を聴く。
大型の方は健司の戦闘スタイルに合わせると標準型の騎体では厳しいので師匠の計らいで中古騎を再生したとの事だ。[ウル・ラクナ]と命名された騎齢三〇年ほどの重量級骨格の騎体で防御力と膂力に優れた騎体だという。
一方で僕用に用意した騎体を[アル・ラゴーン改]と登録されたという。見た目は魔導機器組合が売りに出している中量級汎用機[アル・ラゴーン]の外観を模しているからだとか。
「使う機会があるのかな……」
「是非とも活躍させてくださいよ!」
僕の呟きに被せ気味でハーンが答えた。でも巨獣戦や戦争にでも参加しないと出番がない気がするんだけどなぁ。
この格納庫だが開閉扉の傍に標準的な魔導騎士輸送機が二騎置いてある。ここでいう標準的とは開放型荷台を持つ騎体で、下が居住区兼機関室がある普通の騎士や一部の成功した冒険者が使うモノだ。
他に目についたものと言えば、僕らの魔導速騎が四騎の他に乗員用の魔導速騎が四騎、魔導居住客車が一騎、魔導客車が一騎、不整地用魔導客車が一騎と配備されているのだが……。
「なんで多脚戦車が……それにあれは?」
「多脚戦車は警備用だよ。八騎もあれば夜間の警備にも十分だろう?」
ならあっちの小型の魔導騎士みたいなのはなんだ?
「あれは最近復元した魔導歩騎だな。昔は生身の人間が戦場で相対する事はなかったという」
よーするに装甲スーツみたいなものだろうか? いや、昔のビデオライブラリーにあんな感じの人型ロボットがあった気がするぞ。隼人だったら詳しいのだがなぁ……。
そいつは高さ一サートに満たない。人型だが背中が大きく張り出しているのは操縦槽の空間を確保するためとか。これは歩兵であると同時に人型の重機でもある。それが六騎もある。これも試験運用の対象らしい。
因みに健司は体格が大きすぎて乗れないと言う。
「なんだか大事になってるねぇ」
横で和花がそんな事を言うが君も関わるんだが……。
残りの【空間拡張】で広げられた空間は荷物置き場となっており未整理の荷物が所狭しと積まれていた。
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「ここがお前たちの居住区だ」
そう師匠に言われたここは機関室の真上の区画だ。居間、応接室、風呂場、便所、食堂台所の他に六スクーナほどの個室が十室ある。
この隣りの区画に使用人の区画があり、アンナや亜人族のピナの他に新たに雇った娘が一〇人の生活空間がある。家女中として初老の婦人が一人いる。
彼女たちの区画の下に船員の区画と生活物資の保存庫などが存在する。主人格である僕らがおいそれと踏み込む場所でもない。
他にも艦尾側に向かって一〇〇スクーナほどの空き空間が存在する。
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「――おおよそこんな感じだな。乗員は艦長以下三〇名と言ったところだ。彼らの給料は魔導機器組合から支払われる。彼らは契約奴隷なので強制権は限定されるので注意してくれ」
一通り案内され軽く挨拶も交わしたところで分かった事だが指導的立ち位置に居る初老の大人の男女と、男性陣が二十歳前後の青年ばかりであり、使用人の少女たちはアンナと同じくらいの未成年ばかりだったのが特徴的だ。
これはこの世界の結婚観に基づいた事である。女性の出産は早い方が良い、男は女性を養うために一人前になってから妻を娶れって事だ。そして男が一人前の稼ぎを得られるのが早くても二十代前半なのだ。
「契約期間は三年。それまでは自由に使っていい。その後は魔導機器組合が決めるんだが……。報酬だがこいつの譲渡もありだろうが、こんな大規模なものは扱いきれないだろうからもっと小型の物と交換ってのが濃厚だと思う」
その後の話なども師匠の口からでたが、当面は移動できる豪華な家の域を出ない気がするなぁ。
この仕事は僕ら謹厳実直への指名依頼であり実績も増える。だが本当のところは健司の一言に尽きるのではないかと思う。
奴はこう言ったのだ。
「甲板に簡易飛竜騎か飛行魔導輸送機が置けるな」と……。




