184話 贖罪の旅とかって許される日は来るのか?
「ここは儂に任せてもらってもいいかね?」
これまで一番奥で沈黙を守っていたゲオルグが進み出てきた。藤堂先輩の前までくると、「お前さん。藤堂と言ったか。……死ねば罪が償えると思っているのかね。単に良心の呵責に耐えられなくて死に逃げしたいだけじゃないのかね?」そう問うのだった。
確かに死に逃げだなと思っているとゲルオグがこう続けた。
「在り来たりじゃが、おぬしは生き続けて償うんじゃ」
「どうやって……」
「この東方は争いが尽きない。おぬしは一人でも多くの人々を救うのじゃ。ただし、おぬしの恩恵はおぬしの行為すらも人々の記憶からは消しよるじゃろう。誰もおぬしを褒めたたえぬがそれがお主への罰じゃ」
「罰……」
「それだと、こいつが辛くなって逃げ出すって事はないのか?」
健司の問いは皆思った事だろう。自分の為したことが次々と忘れ去られる事に耐えられなくなる日が来るのではないだろうか?
だがそこでふと思ったのだ。
そういえば僕らはどうして藤堂先輩の事を覚えているのだろうか? 先輩が恩恵を貰ったとすれば最初の赤肌鬼襲撃で死亡して、メフィリアさんに蘇生された時だろう。
あれから一年以上が経過しているが、僕らは藤堂先輩の事を普通に覚えている。
何か発動条件があるのだろうか? それとも魔法のように抵抗すると効果が及ばないとかか?
僕が恩恵の件で思考の海に沈んでいる合間に話は進んでいた。
「儂は戦の神の司祭じゃ。神は言う人生もまた戦いだと。そして困難な戦いに赴く若人を支えるのが我らの信仰であると!」
なるほど……長寿で打たれ強い地霊族の監視付きでの贖罪の旅か……。
「悪くないんじゃないかな」
取りあえず恩恵については考えるのを止めてゲオルグの案を推すことにした。
「私たちには裁く権利もないし、やり直すチャンスくらいあってもいいんじゃないかな?」
そう口にする和花に皆が頷く。
「そこでなんじゃが……」
ゲオルグがそう口にして僕らの方を見て頭をさげる。
「儂は当初はお前さんらに信仰上の理由で同伴を申し出た身だけに、申し訳ないと思うのだが……一党を抜けてこの青年の贖罪の旅に同伴しようかと思う」
そう宣言したのだった。
健司や和花が驚く中、僕は何となくそうなるのではないかという思いであったためにごく自然とゲオルグの意見を受け入れた。
「藤堂先輩にとって見知った僕らと同伴するとお互いどこか甘えが生じると思いますし、とてもいい案だと思います。ゲオルグ司祭の思うままにしてください。……短い間でしたがお世話になりました」
甘えもそうだが、気まずくもあるんだよね。ゲオルグを失うのは惜しいけど聖職者の彼が信仰上の理由で離れると言った以上は……いや、これも彼の気遣いかな?
「この面子だと貴重な酒飲み仲間だったのに残念だが元気でな」
一党の大食漢コンビの片割れでもあった健司がそう言って手を差し出す。
「神の導きがあればまた共に歩むこともあろう」
ゲオルグもそう言ってガッチリと握手を交わし共にニヤリと笑みを浮かべる。
その後、ゲオルグは師匠に装備の返還を申し出たが、「困難な旅路になるだろうし遠慮する必要はない」と断られる。後は藤堂先輩とゲオルグで今後のスケジュールなどを決めるとの事で二人は先に部屋を出ていく。
扉を閉める際に藤堂先輩が頭を下げ、「ありがとう。そして済まなかった」と口にするのだった。
さて、師匠に恩恵の件を問い詰めるか……。
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時間的に従業員に迷惑だろうという事で師匠の部屋に場を移す事となった。
「んで、忘却の事が聞きたいのか?」
師匠はベッドに腰掛け、僕らには備え付けのソファーに座るように促してそう問うた。
和花と瑞穂を先に座らせ、「おかしくないですか?」と師匠に問う。
返ってきた答えは、恩恵と呼ぶだけあって反則臭い効果だった。
自分の認識外の存在を除くすべてが対象となり、物理、心的距離が離れると徐々に対象に記憶から強制的に消えていくという。
「それって悪さしまくってもほとぼりが冷めるまで雲隠れすると誰の記憶にも残らないって事?」
「そうだ。お前さんたちは、たまたま対象外だったからこれまでは効果がなかったが、明日から徐々に記憶から消えていくだろう」
僕の問いに師匠はそう答えてくれた。なんで対象外だったと言えば、僕と和花は藤堂先輩の中では死んだことになっていたし、瑞穂は初日に攫われて先輩の中では存在しない事になっていたのだろうと言う。健司に関しては意識にすらなかったと思われる。
水鏡先輩は覚えていたようだけど、どういう事なんだろう? その疑問を師匠にぶつけてみると、「稀に精神系の魔法とか特殊効果が効きにくい人とか、精神に異常をきたしている人にも効果が出にくい」と言われて納得してしまった。
水鏡先輩は人斬り生活で確かに壊れてしまった……。だからこそ効果がなかったのだろう。取りあえず藤堂先輩の件はもうゲオルグに一任するしかないだろう。
頭を切り替えよう。
ゲオルグが抜けると僕ら一党は四人となってしまう。何が問題となるかというと野営時の見張の問題だ。冒険者の仕事で日帰りの仕事というのは都市部での力仕事以外はまず存在しない。六人なら睡眠時間を四刻半として三交代に出来るのだが、四人だと六刻でに交代となる。
うちの一党は術者が三人いるので睡眠時間は特に重要だ。まぁ~冒険者の活動時間は概ね五刻程なので二交代でも問題が生じないもだが、道中の訓練や学習に割く時間は無くなる。周囲を警戒するからには勉強だの訓練だのはやってられないのだ。
安全を考慮するなら防犯魔術を用意しておけば多少は気が抜けるけどね。
面倒なのは【星の加護】という範囲内に侵入するものが居ると術者に警報を鳴らす魔術と、【雷鎖網】という範囲内への侵入者を感電させその場で足止めする魔術があるのだが、困った事に【魔法封入】の対象にならない魔術なのだ。
だがここで師匠からアドバイスがあった。
「気休めだが超大型天幕に【雷鎖網】を【魔法封入】しておけば、効果範囲は張綱を固定する止め釘が【雷鎖網】の置石代わりになる」
「出来れば小さいのが欲しいのですが……」
だって超大型天幕って12人用とかだよ? デカすぎです。
「なら市販品はダメだな。特注品を作って貰うしかあるまい」
師匠にそう言われて『なんでだろう?』と思ったのだが、すぐに思い至った。そうか! 【雷鎖網】に使う触媒の置石の数は八個で、小さい天幕だと張綱が四本だから止め釘も四つしかないせいか……。
こっちの世界だと特注品は結構値段が跳ね上がるんだよなぁ。
「ま~大いに悩め。そこで得たモノは次の【簡易的な魔法の工芸品作成】の際に役に立つ」
そう言うと師匠は立ち上がり、「遅いから今日は解散だ」と言って僕らを追い出しにかかる。
明日は預けてあった魔導騎士輸送機の受け取りもあるし寝るかぁ。
師匠の部屋から辞して健司と別れて僕らは自分の部屋に戻る。明かりを貰ってきてないので部屋を照らすのは月明りのみだ。
「樹くんは怒ってないの?」
扉を閉めた途端にやや怒気を含んだ声音で和花が問うが、「なにがだい?」と恍けておく。実感が湧かないのだ。怒りようがない。
「ならいいわ」
和花はそう言うと着替え始めたのか背後から衣擦れの音が聞こえてくる。
「おやすみ」
程なくして和花はそう口にするとベッドに潜り込んでしまう。【洗濯】は明日の朝でいいかと思い僕も着替え始める。
瑞穂いつの間にかベッドに潜り込んで既に寝息を立てている。
藤堂先輩の性格を考えると今回の件は杜撰というか、まるで意識誘導でもされたんじゃ? と思うのだ。だから怒る気になれなかった。
ま~寝よう。
毎日更新と難しいですね。




