183話 これまでの経緯②
「少し休憩しましょう。一刻も喋りっぱなしでは疲れたでしょう」
「すまない」
「ちょっと、水を貰ってきます」
僕はそう言うと個室を出て一旦扉を閉める。現在の時刻は十の刻を過ぎている。もう受付業務は終わっているはずだけど、個室利用の僕らの為に残っているだろう受付さんに師匠たちの呼び出しをお願いし、ついでに厨房から飲料水を貰ってきてもらう。
ここまで来て逃げ出すとは思えないけど、念のため部屋の前からは動きたくない。呼び出しの際の前に水を貰う際に、「十一の刻には明かりを落としたいから……」と言われてしまう。
元の世界と違って燃料代も馬鹿にはならないからね。言わんとすることは分かるので、「それまでには済ませます」と答えておいた。
念のためもう一つ魔術を唱えておくかぁ。魔力強度が必要なのだが、迷宮でもあるまいし町中なら必要のない探知系の魔術なので魔法の発動体などは使用しない。【感情知覚】の魔術でも良かったんだけどね。あっちは視界内って制限があったし、まさか藤堂さんをずっと見続けるわけにも、ねぇ?
「綴る、精神、第二階梯、探の位、感情、害意、知覚、周囲、察知、発動。【索敵】」
完成した魔術、【索敵】は術者を中心に周囲5サートの空間内で術者である僕に対して敵意なり害意を持ったものを特定する魔術である。
ま、念のためだ。
個室に戻って水の入った木製のジョッキを差し出す。藤堂さんはそれを受け取ると疑いもせず半分ほど一気に飲む。一息ついて話を再開させた。
問題が発生したのはこっちの世界にきてほぼ一年ほどたった春の前月の頃だったという。会計を任せていた森崎という人物の使い込みが発覚したのだ。使い込みの内容は妓館通いだった。
その話を聞いて口にはしなかったが、『みんな性欲を持て余してるな~』という印象を受けた。それても僕が枯れているのか?
使い込みを知った藤堂さんはついカっとなって森崎という男を斬り捨てたという。その後は失った資金を取り戻すためにかなりの無茶をし、気が付けば六人になっていたそうだ。
そして最大の問題が発生する。
なんとか約束の一年未満で金貨300枚を貯めて喜び勇んで聖都ルーラへと赴きイケメン枢機卿と面会したのだが、「誘拐されて、ここにはいない。しかも奴隷契約は強制解除されたからあの話はなしだ」と言われたという。
それに関してはうちの和花がさーせんとしか言いようがない。言わないけど。
道中何事もなければ今ごろ美優は学術都市サンサーラで勉学に励んでいるのではないだろうか?
僕を殴り殺してしまった負い目から、当時政治的繋がりで婚約していた美優だけでも保護してと考え、悪事に染まってでもと頑張ったというのにご破算になり、すべてがどうでも良くなったという。
悪事で荒稼ぎした金とは言え金には違いないので、そのすべてをあちこちの孤児院にバラまいて取り巻き五人が次の仕事に取り掛かるのを狙って通報したという。だが一向に自分だけが罪を問われない事に疑念を抱いていた時に水鏡先輩と酒を酌み交わす機会があり、僕や和花が生存していると知る。
今日ここへ来たのは、謝罪と断罪を頼みに来たというのだ。
無抵抗の人を斬り殺すのは忌避感が強いし官憲に突き出すにしても……。
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「そいつは恩恵持ちなんだよ」
処遇についてどうするか考えあぐねていたところに師匠たちがやってきて、これまで聞いた話を掻い摘んで説明すると師匠から返ってきたのがそれだった。
師匠たちが入ってきた際には、当時偽名を使っていたメフィリアさんも同伴していて大変驚いていた。和花に至ってはゴミを見るような目つきである。
「ところで、恩恵ってどんなやつなんです?」
時間がないので話を進めなければいけない。
「たぶん、忘却だな」
師匠の話では、心の距離が離れるにしたがって相手の記憶から消えていくそうだ。恐らくだけど僕らの記憶からも徐々に消えていくのだろうとの事である。これまで普通に生活していたけど賞金首にならなかったのは恩恵の効果で誰の記憶にも残らなかったからじゃないだろうか?
「断罪して欲しいと言う事だが、自首はしたのか?」
「はい。ですが……」
「証拠不十分で追い出されたのか……」
師匠の説明を聞くと、証人が居ないと言うか記憶に残っていない。本人の証言に嘘はないようだが物的証拠が何もないなどで釈放されている状態だが、ひっそりと監視はされているだろうとの事だ。
「先輩、断罪って殺ってくれって事っすか?」
「そうだ。一思いに――――」
「お断りだね。先輩の自己満足の為になんで俺らが嫌な気分を味わらなきゃならんのよ」
健司がそう吐き捨てた。僕も同じ心境だったので代弁してもらったと思うべきだろうか。健司と目が合うと、『言ってやったぜ』みたいな表情をする。
「死に逃げしたいなら、明日の朝にでも隊商に襲い掛かって斬り捨てられるか、掴まって犯罪奴隷堕ちしたら? お望み通り断罪してくれるよ」
そう呟いたのはこれまで黙って聞いていた和花であった。確かに死にたがりの自己満足に付き合う必要はないしそれが無難かな?
いやいや、襲撃される方も迷惑か……。
多くの若い冒険者を唆し犯罪行為をさせ、それを自分たちで仕留めて金と名声を稼ぐ事に今更ながら反省をしている? いや、目的を失って単に自棄になっているだけの気もするなぁ。
どーしたものかと迷うっていると……。
「ここは儂に任せてもらってもいいかね?」
これまで一番奥で沈黙を守っていたゲオルグが進み出てきた。




