182話 これまでの経緯①
2022-06-25 感想欄の指摘を受け修正
「ちょっとすみません」と告げ一度個室を出る。なんで、あの男がのうのうと此処にいる? そういえばなんであの男は賞金首にならないのだ?
いや、ここは冷静になろう。
「綴る、精神、第五階梯、探の位、虚言、真実、看破、発動。【虚偽看破】」
これから藤堂先輩の話を聞くにあたって念のため【虚偽看破】の魔術をかけておく。この魔術の欠点は承知しているので、話を聞く際にはそこは注意しておきたい。
準備が整ったので個室へと戻る。
「お待たせしました。早速ですが話を聞かせてもらいます」
「何から話せばいい?」
「そ~ですね……。この世界に拉致られてから今日ここに来るまでの総てです」
「分かった」
藤堂先輩はそう言うと訥々《とつとつ》とあの日からの事を話し始めた。
話の出だしは僕の記憶と大差はないし嘘はないようだ。藤堂先輩の視点で語られている故に僕の知りえない事もいくつかあったけど特に気になる内容という話でもなかった。そして黙って聞いていると話は僕らが二度目の死に至ったあの日の事となった。
「――――あの時野盗が襲ってきて、樹達が不意打ちで殺されて――――」
いまは亡き御子柴隼人にも同じような内容を聞いた。だが当時陣頭指揮を執った筈の藤堂先輩の台詞には嘘が混じっていると【虚偽看破】さんが仕事してくれた。”野盗が襲ってきて、僕らが――――”がそれだ。
僕は蘇生の弊害で死亡直後の記憶を失っているので真実は分からないが保身に走ったのだろうか?。
「先輩。嘘は止めましょう。言ってませんでしたが僕は導師級の魔術師です。先ほど【虚偽看破】の魔術を掛けました。嘘などはすぐに分かります」
そう宣言すると効果があったのか保身を捨ててあの日あった事を語り始めた。
あの運命の日の夜になり竜也がグループから抜け出そうとしたのを、藤堂先輩の取り巻きの岩谷という先輩が目撃した。岩谷先輩たちは僕らの魔法の鞄の有用性と価値を認識しており、明らかに逃げだそうとしていた竜也を背後から不意打ちで昏倒させる。体力チートの竜也も味方から不意打ちを受けるとは想定していなかったのだろう。
能力主義で選民思想が強く女性関係にもだらしなかった竜也は多くの男子生徒に陰で恨まれていた。岩谷先輩とやらはそんな不満分子を焚きつけてガス抜き程度の予定でボコらせるつもりだったらしいのだが、異世界効果かタガが外れたのか知らないが判別不能なまでにボコり倒し殺してしまった。
流石にまずいと感じたのか岩谷先輩はボコった連中を先に町の方へと逃亡させる。冷静になった連中も自分のしたことに引け目を感じたのか大人しく従ったとの事だ。
次に狙われたのは和花だ。竜也の取り巻きの女子連中にかなり恨まれているので焚きつけたという。そして僕を殺りに行く道中で目撃者を自ら仕留めたという。
そしてのこのこと家から出てきた僕に襲い掛かったという。
と言う事は……僕は彼に殺されたと言う事だろうか?
だが違った。
僕に用事があった藤堂先輩が偶然僕らの戦闘を目撃したのだ。当初は僕に加勢するつもりだったと言うが、突然何者かに、僕ら三人がみんなを見捨てて逃げ出すぞと囁かれたという。
『自分はこんなに苦労しているのに……』そう思った藤堂先輩は裸で倒れている男女に気を取られている僕の背後から一撃を入れたという。
それが不幸にも致命的一撃となり僕は死んでしまったそうだ。
予定が変わってしまったが、狙っていた魔法の鞄が手に入ったところで気絶していた岩谷先輩が意識を取り戻したという。そして後には引けぬと岩谷先輩の提案を受け入れて死んでいる僕らの身包みを剥ぎ、村に残った生徒たちに野盗が襲ってきて迎撃にでた僕らが返り討ちにあったと告げ、戦闘教練を受けた自分たちが殿を務めると宣言し着の身着のまま村から追いだしたそうだ。
嘘は言ってないようだし隼人の報告とも凡そ同じだ。身包みを剥いだのは村人たちの反応で制服などがこちらの世界では高級品だろうとあたりを付けた事もある。最も赤肌鬼の襲撃で結構痛んでいたのだけどね。
僕と和花の魔法の鞄は専用化処置が施されていたので腰袋以上の効果はなかったが、横着して専用化処置をしなかった竜也の魔法の鞄は自由に使えた。
元の世界でアレコレ詰め込んでいたこともあり、水や食料には困らない事が分かったという。
藤堂先輩の取り巻きで谷田という古典ラノベをこよなく愛する人物が居た。
文明レベルの低いこの世界であれば竜也の私物は高く売れる! と自信満々に述べ周りの取り巻きもいくらで売れるかすらわからないのに盛り上がったという。
藤堂先輩の頭の中では、この時点で先に逃がした30人近い生徒たちと合流するつもりでいた。
だがその考えは岩谷先輩のせいで水泡と帰した。この岩谷先輩には舎弟と呼ぶべき後輩が居た。その人物を安藤という。彼はある分野でのみ竜也並みのスペックを有していた。長距離走である。他の面々より先に町へと走り開門と同時に入都したという。
この安藤という人物は身振り手振りと単語で意思の疎通が図れる程度にはこちらの世界に適応していた人物で村でくすねた銀貨を見よう見まねで入都税として払ったそうだ。
どのような手口を使ったかは分からないが、先に逃がした30人近くの多くは人狩りに掴まり奴隷堕ちとなった。そして情報提供料を貰ったという。隼人や一部の女子は運よく逃げ出したのは隼人から聞いているので間違いないのだろう。藤堂先輩も伝聞が多いとはいえ嘘はついていないようだ。
もっともこの伝聞が嘘だったりすると【虚偽看破】さんが仕事してくれないのだけどね。
最初の村でくすねてきた金貨を使って取り巻きたちと装備を整えて冒険者組合に登録した。だが谷田先輩が言うテンプレ展開などは全く起こらずに肉体労働か商人の護衛くらいしか仕事がなかったという。当時は藤堂先輩を筆頭に九人いたという。物価も判らず贅沢をし、ひと月もしたらほぼ底をついた。
竜也の私物や強制転移初日に村人に奴隷として売られた女子たちのお金は推定で金貨500枚はあった筈だ。
たぶん公娼に入れ込んだのだろう。装備は一人頭で金属鎧を含めても金貨五枚あれば冒険者に必須の装備は揃う筈だ。
ある時、商人の護衛をしていると野盗に襲撃されたという。15人を撃退し処理に困っていたら、依頼主が野盗は生死問わず報奨金が出ると助言してくれて死体を移送するのを手伝ってもらったそうだ。
町に着き衛兵に話をすると碌な検分もせずに、野盗一人頭につき金貨2枚の報奨金、15人分で金貨30枚分を手にし彼らは舞い上がった。以後、岩谷先輩は護衛の情報を意図的に過小して漏らして野盗を誘い込んだ。
戦闘教練でそれなりに訓練され完全武装の先輩たちは、素人に毛が生えた程度の野盗などモノともせずに面白い様に倒しては報奨金を得ていた。
こちらの世界にきて二か月ほどたった夏の前月の頃に偶然だが鑑賞奴隷として買われる美優を見たという。高屋家の一派では中堅にあたる藤堂家の先輩は僕と美優の婚約の話は知っていて、僕を殺してしまった罪悪感からだったのか美優を身請けして保護しようと考えて交渉を行ったという。
美優を身請けした戦の神のイケメン枢機卿は美優が未成年であることを理由に、「一年以内に金貨300枚を用意できれば権利を譲る」と約束し、証文まで用意してくれたという。
そう言って一枚の羊皮紙を差し出した。
確認すると直筆らしい文書と戦鎚を模した聖印の焼き印が押されており、これが公式文書である事は間違いないようだ。
でもあのイケメン枢機卿……淫らな行為はしなかったけど猥褻な事はしてたよね……。
理由を正直に話して取り巻きに協力を仰ぐのは無理と判断した藤堂先輩は、「花園を身請けできるかもしれないから金を貯めて俺らの奴隷にしよう」などと言って取り巻きをその気にさせたという。
ノリノリだった岩谷先輩が新たな手口で野盗狩りを始めた。この世界の冒険者の多くは教養もなく極潰しで家を追い出された若者たちばかりだ。自己顕示欲と承認欲求だけが肥大化してる奴らを岩谷先輩は言葉巧みに唆し野盗行為をさせたという。
戦争の多い東方では野盗の数も多いし一度味を占めると止められなくなるらしい。もちろん犯罪奴隷堕ちが怖くてやめる者もいるのだが、そこを岩谷先輩が唆し彼らの子供じみた欲求を刺激してやるんだそうな。
そうして程よく野盗行為に染まったころに自分たちの護衛する隊商を襲わせて返り討ちにするそうだ。商人さんが証人となるのでなんの問題もなく報奨金が転がり込んでくるという。
そうやって数十人の若い冒険者を地獄送りにしたという。
結構話し込んでしまったのか既に一刻近くが過ぎていた。
ブクマがまたもや増えておりました。ありがとうございます。




