181話 実践と報告と呼び出し
「――、封緘、発動。【魔法封入】」
簡易トイレの成功で気を良くしたので次の物を試してみた。今度のも先ほどと同じ大きさの蓋つきの収納箱である。
「今度のも日用品だね。戦闘用のモノは【魔法解除】される可能性もあるからね」
そう説明したものの魔術師との遭遇率は低いので気にしすぎな気もするんだけどね。
収納箱を開けると冷気が溢れて周囲の温度が下がる。
「冷房? ……ううん、保冷庫かな?」
和花の意見は正解である。冷房として使えなくもないが、部屋全体を冷却する効果はない。こいつは簡易保冷庫である。この時期だと冷たいものが飲みたいし作ってみたけど、想定通りの機能を有しているようで大変満足である。
その後、簡易保温庫、簡易洗濯箱と作ってみたが何れも問題なく機能している。後は効果が予定通り永続となっているかが問題だが、これは使ってみながら確認する以外にはないかな。
その後一刻ほどあれこれと作ってみて失敗作もできたけど概ね魔法陣の法則も理解出来てきた。
「この防虫角灯は野外活動には便利ね」
和花が言っているのは失敗作の角灯だ。本来は【光源】と【防虫】の機能を持たせたものだったのだが、後から封入した【防虫】しか効果を発揮しなかったためだ。もっとも燃料角灯なので燃料があれば角灯としての機能は問題ない。
他にも【温度管理】が封入された天幕とか普通の冒険者に便利そうなモノは結構作れた。僕らも魔導騎士輸送機が使えない環境で移動する事は多々あるだろうしね。
「これがもうちょっと早く出来ていれば美優ちゃんも連れていけたのにねぇ。残念」
「うん」
和花と瑞穂がそんなやり取りをしているけど、もしかして地味に責められている?
でも人間って弱い生き物だから生活水準をいきなり落とせないと思うんだよね。少なくとも体験した事があるのと未体験なのでは大きく違うと思うんだ。そこをクリアできないと流石に……いや、魔導騎士輸送機にお客さん待遇で置いておけば良かったのだろうか?
無理そうだったからやっていけそうな環境を提供してあげたんだし追い返すよりはマシだと思うんだけど、僕自身が引け目に感じてるって事だろうか?
「これって売ったりできないのかな?」
美優の事に思いを馳せていると和花の疑問が耳に入ってきた。
「師匠の話だと勝手に商売できないそうだし、やるとしたら魔導機器組合に売り込んでマージンを貰うくらいじゃないかな?」
ただ、あの師匠が売り込みをしないあたりが曲者なんだよねぇ。この世界の規約を決めている存在が意図的に生活レベルを押さえつけている気がするんだよなぁ。
僕の方は魔術の使い過ぎで疲労が激しいので以後の実践は和花に代わってもらった。実践する内容は魔力強度が高いほうが良い魔術を用いたものだ。
和花の世界樹の長杖は途轍もない魔力強度の増強効果があり、いまの和花の素の実力は普通の導師級の魔力強度だけど、杖を用いると最高導師級まで底上げされる。あくまで魔力強度の話なので高度な魔術が使えるわけではないのだが……。
そして僕の得た知識を総動員して完成させたモノが目の前に存在する。
「これって、大丈夫なの?」
いざ実践となった段階で和花が尻込みしている。封入した魔術を【防護圏】という。この魔術を封入した屑宝石は使い捨てだが、不意打ちや遠距離攻撃に対して魔力による防護結界を展開する事が出来る。
もっとも自動展開であるために初撃を受けてしまうとそれで終わってしまうのだが……。
そして防御能力を検証するために一発殴れという段階で和花が尻込みしているのだ。
「大丈夫だって。自分を信じなよ」
僕が殴られ役で和花が杖で思いっきり僕を殴る役である。
「でも、もしもの時は――」
そう和花が言った時だった。ガキンという音と共に一瞬だけ僕を覆うような球形の膜が発生したかと思うとパキンと割れるような音がした。
何事かと思って周囲を見回すと、いつの間にか[鋭い刃]を突き出していた瑞穂と目が合う。
「うん、問題ない」
そして抑揚のない声でそう呟くのであった。
確かに不意打ちに対して効果はあったな……。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「あの研究報告書からそこまでのモノを作ったのか」
夕飯時に師匠に結果を報告したら素直に称賛された。師匠は上位の魔術があるのでそこまで研究はしていなかったらしい。しかもこの技術を研究報告書にして売り込んだらどうだと言ってくれた。ヒントをくれたのは師匠ではあったけど、組み合わせなどで得た成果は僕の手柄なんだし誇っていいぞと言われた。
作ったものと一緒に明日の朝にでも魔導機器組合へと行こうという話になり解散した。
部屋に戻ろうとした時の事だ。
「タカヤさん。お客さんだよ」
牢獄亭の受付を担当している年配の女性が僕を呼び止めてそう言った。
誰だろうか? 冒険者組合からならお客さんとは言わない筈だ。
和花と瑞穂に先に部屋に戻る様に言って客人が待っているという個室へと向かう。
「やぁ、面白い話を持ってきたよ」
待合用の個室で僕を待っていた人物は羽織袴に打刀を提げたよく知る人物、水鏡先輩だった。そしてソファーにもう一人男性が座っている。その人物は頭巾を深々と被り顔は窺い知れない。
僕の勘が警鐘を鳴らす。
正直嫌な予感しかしない。
「先輩から訪ねてくるなんて珍しい事もありますね」
まずは無難にそう切り出すことにした。いまは平時という事もあり愛剣は提げていないが光剣は提げている。さりげなく右手を腰へと移動させる。
「そう警戒するもんじゃないよ。こちらの人物を君に会わせる為に来ただけだよ」
「約束通り面会をさせてあげたから帰るよ」と正体不明の人物に告げると水鏡先輩は部屋を出て行くために僕を横切る。
その間際にボソっと「相手の正体を知っても騒がないようにな」と耳打ちして出ていった。
そして僕と正体不明の人物が取り残される。
個室を沈黙が支配する。先方はどうも話しあぐねているような感じだ。
「どなたか存じませんが、呼び出した用件はなんでしょう?」
水鏡先輩の言いようだとこの人物は僕の知っている人物って事になる。誰だ?
考えあぐねていると正体不明の人物は突然立ち上がる。警戒していた僕は思わず光剣に手をやり腰だめになるが、相手の反応は予想外だった。
土下座しているのである。
「すまん。詫びて済むようなことではないと思うがすまん」
そう口にしたのだった。
だが僕が驚いたのはその人物が若い男で日本帝国語を話したことだからだ。しかも声音は聞き覚えがある。
まさか……。
「まさかと思いますが、藤堂先輩ですか……」
僕の問いにその人物は頭を上げ頭巾をとる。
記憶にある印象と若干異なるが、確かに藤堂先輩だった。




