180話 研究と実践
試してみたいことがあり、あちこちで素材となるものを買い込んで牢獄亭に戻ろうかって頃にはお昼ごはんに丁度いい時間だった。
庶民のお昼ご飯は手軽に食べられるもの主流の為かお高いお店を除けば大抵は屋台で適当に済ませる事になる。安くて多くて程ほど旨い定食屋もあるにはあるが、回転率優先で経営しているのでゆっくり食べられない。お昼休みって概念が存在しないからなぁ。
「いつも通りでサンドイッチでいいよね?」
たまたま目についた屋台を指して二人に問うと無言で頷かれたので三人分購入して銀貨12枚支払う。
皿代わりにもなっているやや混ざりものありの低品質小麦粉の麺麭の上に塩胡椒で味付けした鶏の胸肉と葉野菜を乗せただけのシンプルなものだが結構ボリュームはある。
別の屋台でこちらも定番の麦茶を購入する。珍しい事にかなり冷えているのである。通常は常温かほどほど温いのしかないのでこの時期には大助かりである。木製ジョッキ一杯で銀貨4枚と若干高い。ただし木製ジョッキは返却すると銀貨二枚が戻ってくる仕組みだ。銀貨12枚を支払い近くのベンチに並んで腰掛けてサンドイッチを頬張る。
「……ん」
銀貨四枚は割高かなと感じていたが食べてみてその理由が分かった。
「これ、蛋黄醤使ってるね」
「うん」
卵は若干高いし蛋黄醤は日持ちがしないし、地味に作るのもめんどいから結構高いんだよね。
「この世界ってほんと、食べ物とかの格差が激しいよねぇ」
和花がそんな感想を漏らすが、今いるウィンダリア王国のような超大国で生活している者に比べて東方の小国で生活している者は味覚音痴が多いのだ。僕が読んでいた古典ラノベの食べ物無双とかの展開は期待できない。もっとも味覚は成長するので慣らしていけば蛋黄醤無双とかも出来そうだけど、そこに至るための時間とお金が勿体ない。
「他の町で食事する度に思うけどウィンダリア王国以外では長居できる自信が持てないなぁ」
そんな感想を漏らす和花に僕と瑞穂も同意する。少なくても元の世界に近いしい味つけがこの国にはある。
東方全土は盟主を決めるための権力争いで食事事情とか二の次だから依頼とは言えあまり長居はしたくないねぇ。
程々に腹も膨れたので木製ジョッキを屋台に返却して銀貨六枚を返してもらい牢獄亭へと戻る。
「さて、まずは——」
和花と瑞穂に研究報告書の内容を掻い摘んで説明し、実際に作るものの説明をしていく。
「——なんか想像していたのと結構違うね」
半刻くらいかかった僕の説明を飽きずに聞いた和花がそう感想を漏らした。実は僕も同じことを思っていたのだ。
【魔法封入】の魔術は単に特定の物品に特定の魔術を封じ込めるだけの使い捨ての魔法の工芸品かと考えていたし、魔術師組合で写本してきた研究報告書を読んだ感じでもそんな印象だった。
「さっそく一つ実践してみるよ」
僕はそう言うと『良』品質の黒い布に白墨で魔法陣を描いていく。師匠の研究報告書に従って一部の記述を書き換えていく。
「何を作るつもりなの?」
「内緒」
気になっているようで和花に問われたが、まだ教えられない。記述の書き換えは行ったけどこれが正解かどうかは実はまだわからないのだ。
魔法陣の上に一辺が7.5サルトほどの収納箱を置く。これで準備完了だ。
「綴る、付与、第五階梯、――――」
呪句を唱え、呪印を結ぶ。呪句は記憶にある術式を呼び起こすキーワードであり、同時に力ある言語でもあるので略したりできない。呪印は成功率を上げる補助的なものだから省略しても問題ないのだが確実性を問うなら必須だ。
――、封緘、発動。【魔法封入】」
魔術の完成と共に無事に成功したことが理解出来た。
「完成したの?」
「うん」
「結局のところ、この箱は何の効果があるの?」
熱く雄弁にドヤりたい気持ちもあるがここは無言で行こう。収納箱の蓋を開けると箱の中は真っ暗であった。不思議そうな表情をする二人に満足すると開いた箱の上に座り込む。
「あっ、——」
「トイレだ」
和花の叫びにかぶさるように瑞穂が答えを口にした。
「そ、使い捨ての簡易トイレだよ」
そう答えてこいつの説明を始める。
この収納箱に時空魔術の【入れ物】という、【時空収納】という魔術の劣化版が封入されている。キモは命令語が不要で常時発動していることだ。箱の中が見えないのはそこから先は別次元で区切られているからである。
こいつのメリットは臭い、音、排泄物などが全て異次元の空間に貯めこまれる事であり、こちらからアクションを行わないと中のものは出てこない事にある。
更に野外で使う際には蓋が背面を隠すので精神的にも安心感がある。
美優が結構辛そうだったし慣れたとは言うものの和花や瑞穂も毎回躊躇っていたので作ってみたのだ。
以前に師匠から魔法の工芸品で簡易トイレがある事は聞いていたけども、それは【簡易的な魔法の工芸品作成】によって作り出されたもので、お値段もそれなりである。
因みにどれ位の容量かというと僕の魔力強度だと0.2立方サート、凡そ一六〇〇リーター近く入る。
「でも、満杯になったらどうするの?」
和花のその質問は来るであろうと思ったいた。
「物理的に破壊するか燃やすかすれば解決だね」
「「えっ?」」
予想外の答えだったようだ。容れ物を破壊すると異空間に隔離したブツとこっちの世界との繋がりが切れて異次元に取り残されてしまうのである。
「だから使い捨てなのかぁ」
和花が妙に感心し瑞穂も隣で何やら頷いている。
「でも実は問題点もあってね……」
「「えっ」」
【簡易的な魔法の工芸品作成】で作られた魔法の工芸品であれば、【完全解除】以外での解除は出来ないけど、こいつだと魔術の初歩でもある【魔法解除】で解除されてしまう危険がある。
何が危険って……解除されると最大一六〇〇リーターの汚物が周囲にばらまかれてしまうのだ。これほど恐ろしい事もあるまい。
面白いのが物理的破壊と魔術的破壊で得られる効果が異なることである。
このお試しで作った簡易トイレは流石に使いづらいので便座部分だけどうにかしておこうかと思う。そして次の案件へ。
いつの間にやらブクマが増えておりました。どうもありがとうございます。
後に件ほど増えるとキリの良い数値になるのですが、不思議な事に願うと真逆な結果になるので意識するのは止めておきましょう。
12/20あたりまで仕事地獄が続きます。更新ペースが微妙になりますが……。




