178話 研究②
昼食は 昼食は屋台で購入した鶏肉と葉野菜のサンドイッチの緑茶を購入した。
広場のベンチで平らげると牢獄亭に戻り和花と【魔法封入】の検証作業である。瑞穂には各種素材を【魔化】して貰う。触媒は買うと地味に高いからね。
あーだこーだと議論しつつ一刻ほど作業をしていて分かったことは、まず一度【魔法封入】を施した道具に再封入は出来ない事、これは未使用状態であっても使用状態であっても変わらなかった。完全に使い捨てである。
さらに複数の魔術は封入出来ない。触媒を用いる魔術にも対応していない。魔術の維持に集中が必須のモノにも対応していなかった。そして封入した魔術を発動させるには命令語が必須であること。
結論としては研究報告書以上の事は無理っぽいという印象を受けた。この【魔法封入】の使い道は余力があるときに日常使う魔術を封入しておき、仕事時の呪的資源の負担を減らすくらいしか使い道がなさそうという結論に至った。
「……ん?」
考え事をしていたら意識が飛んでいたようだ。魔術の使い過ぎで脳に過度の負荷がかかったからだろう。触媒を作っていた瑞穂もそろそろ限界のようで頭がユラユラと揺れている。
「なんか疲れたし、昼寝でもしない?」
「そうね。今の状態だと何をやっても上手くいかない気がするわ」
「夕飯ごろに起きられると良いんだけどねぇ……」
僕はそうぼやきつつもう意識を手放して崩れるように床に転がっている瑞穂を抱きあげてベッドに寝かせる。僕も寝ようとベッドに腰掛けると和花が頬を膨らませて不貞腐れている。
「はいはい……」
自分もベッドに抱っこしてくれって事らしい。ご希望通り横抱き、いわゆるお姫様抱っこでベッドに寝かせると僕も自分のベッドに大の字に倒れ込む。
「二人ともお疲れ様、おやすみ……」
▲△▲△▲△▲△▲△▲
なんとか九の刻に目が覚めた。精神的疲労感はそれなりに回復したようだ。
まだ寝ていた二人を揺すって起こし食堂へと行くとタイミングよく師匠や健司達と遭遇したので師匠の計らいで同じテーブルで食事を摂る事となった。
本日のメニューはミートパイに豆のポタージュに厚切り燻肉と硬質乾酪だ。師匠は葡萄酒、メフィリアさんは林檎酒、ゲオルグは火酒、健司は麦酒を嗜む。僕と和花と瑞穂は果実水だ。
「そうだ、預かっていた魔導騎士輸送機が明後日の昼には届くから悪いけど仕事はせずに待機しててくれ」
食事が一段落したところで師匠からそう告げられた。大きな町だと日帰りで出来る仕事なんて荷物の積み下ろしとか配送くらいしかないし、そういう仕事は等級の低い冒険者が受けるから僕らくらいの等級だと断られちゃうんだよね。
まぁ~なんにしても受け取りが終れば僕らはこの街から出るもよし、残るもよしと言う状況になるが、フローラさんと健司の事を思うともうしばらくはここを拠点に活動だろうか? 暇を見て健司と話すとしようか。
その後は制作した火球の指輪を作った事、所有権を誰にしようか悩んでいるという話をしたら、本人の強い希望で健司が所有する事になった。まぁ、僕の魔力強度でも田舎者赤肌鬼くらいは倒せる筈だから使い道はあるだろう。
そして食事も終わり連絡事項も終わって解散となった時に師匠から呼び止められた。
「樹たちにはこれを渡しておく」
そう言って師匠から手渡されたそれは装丁された研究報告書だった。
「いったい何の研究報告書なん——」
そう質問した後に気が付いた。僕らが【魔法封入】の事で試行錯誤しているのを知っているのだからそれ関係の研究報告書に違いない。
「それは他の類似魔術にも応用が利くからキッチリとモノにするといい」
それだけ言うと、「ほれ、行くぞ」とメフィリアさんを手を取る。メフィリアさんが振り返り、「頑張ってね」と手を振り二人は部屋へと戻っていく。
「それじゃ、もうひと頑張りする?」
もう答えは分かっているにもかかわらず和花が問いてくる。勿論、「寝る前までに把握して明日には実践できるようにしたいから当然」と答えておく。
「そう答えると思いましたー。なら瑞穂ちゃんと先にお風呂済ませてくるね」
そう宣言すると瑞穂の手を取り部屋に荷物を取りに行ってしまった。
一緒に部屋に戻ろうよ……。
僕も日本帝国人だしお風呂は嫌いじゃないんだけど、一度【洗濯】の魔術の良さを知ってしまうと怠い時はそれでいいやって感じになってしまうのだ。
因みにこの【洗濯】って魔術は開発当初は奴隷を実験に用いた効果の検証を行ったという。衣装の染色が消えたとか常在菌が全滅とか肌の水分が飛んだとか皮脂が消えたとか毛根が死んだとか色々あったそうだが、多くの尊い犠牲のもとにいまの安全な魔術になったんだとか。
【洗濯】を掛け終えて一息ついたところで師匠から渡された研究報告書の表紙をめくる……。
読み始めると自分の魔術知識のしょぼさが浮き彫りにされる。この研究報告書に記されている知識は師匠の前世の知識とは無関係のモノだからだ。読み進めていくと改良点が見えてくる。
呪句の改善点、魔法陣の改善点、使用する素材も関係がある事が分かった。これは明日になったら素材を買いに行く必要があるな。後は……。
「ただいまー。研究報告書はどんな感じだった?」
いつの間にやら和花が戻って来ていて、僕の顔を覗き込むように声をかけたのだ。なにやら花のような香りが鼻腔を擽る。
「あ、お帰り。この匂いって石鹸?」
「「うん」」
和花は喜色満面で、瑞穂は少し弾んだ声で同時に肯首した。
それから富裕層区画で買い物をしたあれこれの話を半刻ほど熱く語られ精神的に疲れた頃にようやく喋り飽きたのか、「ところで明日はどうする?」と問うてきた。
「訓練が終ったら魔術師組合に素材の買出しに行ってお昼食べたら実践かなと思ってる」
「それ研究報告書を実践するとどれくらい変わるの?」
「それはお楽しみに」
と言ってはみたものの過度な期待を寄せられちゃうと困るなぁ。




