18話 弱気になる。
まずは戦後復興の名目で商人やら冒険者やらが増えていて、安宿は埋まっていたとのでこの町で最も高級な宿を確保してくれた。
だが、しかし————。
「どーしてこうなった…………」
問題は部屋の割り当てである。
二人部屋と三人部屋しか取れなかったんだけど、てっきり和花を二人部屋にして僕ら男四人で三人部屋かと思えば…………。師匠、健司と御子柴と入った後に「お前はあっち」と締め出されてしまった。そして僕と和花が取り残された。
「入ろっか」
何事もないかの様に和花はそう言うと部屋に入ってしまった。もしかして妙に意識しているのは僕だけなのだろうか? だとしたら道化である。
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「ヴァルザスさん。見事な部屋割りですね」
そう言って健司がヴァルザスに向けてサムズアップを決める。
「あの駆け落ちカップルはさっさとくっつきゃいいんだが、これまではその余裕すらなかったからな…………いい機会だ」
「まー確かに」
「駆け落ち? 何? どういう事?」
ヴァルザスと健司のやり取りに一人ついてこれない隼人がそう尋ねた。
「高谷家と小鳥遊家って犬猿の仲でな…………仮に武家の義務を果たしてもあっちの世界じゃあの二人は間違いなく結ばれないんだわ。それが判っているから今回の強制召喚で拉致られたのをいい事に帰りたくないって駄々をこねてるのさ」
やれやれと言った感じでヴァルザスがぼやけば、
「あいつら判りやすいんすよ。自覚がないのか結構お互いを目で追ってるんですよね」
健司もそう返す。
「無自覚なだけに始末が悪い」
「ホント。ホント」
そう言ってヴァルザスと健司は笑い出す。一人御子柴のみ蚊帳の外であった。
彼らは隣の部屋で魔術で壁を透視し覗いているのである。
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自分たちが覗かれているとは露知らず和花は部屋をきょろきょろと観察している。
「なんか隣は楽しそうね」
会話の内容は分からないが何やら師匠と健司が笑っているのが聞こえる。
「そうだね」
返事はしてみたものの落ち着かずに部屋の中をうろうろとしてしまう。
「樹くん。落ち着きないよ」
そう言いつつ和花は旅装を解いていく。衣連れの音だけが部屋に響く。
一応僕も年頃の男子なんだが…………と思ったが、既に野外生活で隣で着替えるなんて毎日の事で感覚がマヒしてるのだろうか? やはりこういうきちんとした宿の一室ってシチュエーションが落ち着かなくさせるんだろうか?
だが、例えヘタレと罵られようとも生活が安定するまでは一線は越えたくないという意地もある。
「樹くんも早く旅装を解いちゃえばいいのに。落ち着くよ?」
そう言うとポフンとベッドに座り込んだ。
「お、流石に高い宿だけあって藁にシーツを敷いただけじゃないよ!」
僕の気も知らないで和花さんは大はしゃぎのようだ。
突っ立っていても仕方ないので背負い袋を置き、防具を外していく。この硬革鎧って固定帯や革紐であちこち固定していて慣れないうちは解いていくのが面倒なんだよね。
師匠に言わせると一分以内に脱げるように訓練するようにとの事だ。
平服に着替えると確かに落ち着いた。
「夕飯までまだ時間あるだろうし…………どうしようか?」
こっちの世界はとにかく娯楽が乏しい。
正確には平民レベルではとの事だ。
既にどこかの世界の異邦人がチェスっぽいのとかカードゲームを持ち込んでいて富裕層には広まっている。
基本的に職人の手作りであるがためにどうしても高価になってしまう。見習いに品質のバラツつきのあるモノを作らせて売り出すことに組合が反対しているとか。
それに平民が手にできるレベルまでコストダウンするには工場で大量生産でもしないととてもではないが広まらない。最大のネックは時間に余裕のある生活が送れていないのが浸透しない原因らしい。
「また何か考え込んでる? いい加減座ったら?」
そう言って和花の手が僕の筒型衣の裾に伸び引っ張られる。
考え事に没頭していた僕はバランスを欠いてしまい————。
「…………樹くん。重いよ…………」
そのまま和花の方に倒れこんでしまいベッドに押し倒していた。しかも僕の右手は和花の胸に置かれていた。
「ごめん…………」
慌てて腕を退かすも——————。
「ねぇ? 溜め込んでいる事を吐き出してよ。一人で抱えないでよ。私にならいくらでも愚痴って良いんだよ」
そう言って背中に手をまわし抱きしめてきた和花だが、照れなのか顔を朱に染めつつも瞳はまっすぐ僕を見つめていた。
今までは竜也の彼女だぞと予防線を張れていたけど、その分厚い予防線を和花が自ら取り払ってしまった。
だが僕にも意地がある!
慎ましいもののそれなりに存在を主張する胸に顔を埋め、これまでの不満を漏らした。
それは不満というより日本帝国時代の自信を木っ端微塵に打ち砕かれ、健司の戦士としての才能に嫉妬し自らの力のなさに辟易し、今こうして和花に胸を借りて愚痴をこぼす自分を卑下した。
気が付いたら僕は和花に頭を撫でられていた。
「皇と樹くんじゃ戦士としてのスタイルが根本的に違うんだよ。私だって武術を齧ってるんだしそれ位わかるよ。まずは冷静に模擬戦での先生の言った事をよく思い出して」
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「どうしてこうなった…………」
隣の部屋をヴァルザスの魔術で覗き見していた健司はそう呟かずにはいられなかった。
「ヴァルザスさん。俺と樹ってそんなに実力に差があります?」
健司の質問に対して、
「和花が言うのとはちょっと違うな。そもそも戦士としての方向性が真逆なんだよ。健司の重武装で力任せで荒々しく洗練されていないが怪物狩り向きだ。対して樹は幼少の頃から[高屋流剣術]で対人戦を徹底的に叩き込まれている。武器が変わったとはいえお前らが戦えば今の健司じゃ樹に手も足も出ないよ。それに樹の本領は魔戦士だ。遅咲きだがある一定のラインを越えたら一気に化ける。今は下地作りの時なのさ」
ヴァルザスの回答はこうだった。
「それはそれで悔しいな…………」
ヴァルザスの回答に健司がボソッと呟く。
「しかし折角のラッキースケベからの一線越えかと期待してたら…………残念だ。非常に残念だ」
気分を変えるために健司が異常に悔しがって見せる。
「俺…………小鳥遊にバブみを感じた…………。だが惜しい…………マリアベルデちゃんには一歩譲るな————————」
「あれは何を言ってるんだ?」
「性癖…………ですかね?」
延々と続く御子柴の呟きを気持ち悪いものを見るように眺める二人だった。
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「落ち着いた?」
「ありがとう。いま退くね」
そう言って起き上がりつつ、和花が起き上がるのを補助する。
「おかしいな…………」
「何が?」
「こんな格好悪いところを見せる予定はなかったんだけどなーって」
「何言ってるのよ。三歳からの付き合いだよ。今までいくらでも格好悪いところ見てるのに今更?」
そう言って和花はケラケラと笑う。
「でも僕は和花には————」
「私はいつ戻ってくるか分からない樹くんを待ちながらの生活とか出来ない。樹くんが私を大事に思うように私も樹くんを守りたい。例え死ぬとしても樹くんの傍が良い」
僕の言いたいことを見透かし食い気味に意見を言ってきた。
「ごめん。確かにそうだね」
「判ればよろしい」
「そうだ。気になっていたことがあったんだ」
「ん? 何かな?」
「今回の野外生活で和花の順応ぶりが凄いなって思ったんだよ。普通の武家のお嬢さん達だったら————」
「平気なわけないじゃん。人前で着替えたり身体拭いたりトイレ行ったり恥ずかしいよ。私がどれだけ平静を装っていたと思うの」
そう言って頬を染めプイっと顔を背けてしまった。
しまったなーと思っていたタイミングで扉がノックされる。
いいタイミングだと思いつつ扉を開けると師匠や健司、御子柴と揃っていた。
「飯行くぞ。支度は…………出来ているようだな」
そうして5人で一階に併設されている食堂へと向かう。
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