173話 予想通りに待ち伏せされました
宝珠を砕いた瞬間、周囲が真っ白に染まる。
『迷宮を攻略せし勇者に報酬を授ける。望むものを――』
なんか機械音声のような声が頭の中に響いた。それと同時に報酬と思われるブツの一覧が流れ込んでくる。
金銀財宝だと現在の価値で10万ガルド相当のブツが手に入るようだ。魔法の工芸品を選ぶと幾分価値が落ちるみたいだ。
武具には困っていないし、お金はいくらあっても困る事はないので、ここは素直にお金にしようかと思った時だ。
「おっ」
思わず声が漏れてしまった。
幾つか欲しい魔法の工芸品があったからだ。
身代わり人形は手元にあるが予備が欲しい。
転移の額冠は記憶に間違いなければ一日一回だけ【転移】が使える筈だ。
水中呼吸の指輪も悪くない。
通話の護符も捨てがたいが、これは単体では意味がない。何故かと言えば連絡する相手の番号が判らなければ意味がないのだ。
水上歩行の靴も悪くない。
壁面歩行の靴とかも便利そうだ。
長期生存の首飾りは上限100日は飲まず食わずで生きていけるっていう魔法の工芸品だ。
魔法を付与する鞘も捨てがたい。実用面で言えば炎の鞘だろうか? それともゲオルグの負担を軽くする意味でも聖なる鞘の方が良いだろうか?
あぁ…………とても迷う。
だがここは希少性で決めよう。
「水中呼吸の指輪で!」
『承った』
そう声が聞こえ、気が付けば僕らは地上、迷宮の入り口があった場所に立っていた。
周囲を見回すと同じタイミングで他の面子も【転移】してきたようで各々周囲を確認している。
「瑞穂、どう?」
報酬の確認は後回しにしてまずは待ち伏せの警戒だ。
「ん、…………きた」
そう言われると確かに囲むように殺意が近づいてくるのが判る。
「数は二〇人、かな?」
「うん。だけど二人手練れが居る」
あぁ……確かに足音だけなら八人分だ。でも気配を消しきれないあたり一流ではなさそうだ。
そして正面からくる三人のうちの一人が進み出てこう切り出した。
「ご苦労さん。大変申し訳ないんだが、身包み全部置いていきな」
正面に立つ不衛生な格好のおっさんはそう言って戦斧を突き付けるのだった。
まーそう言われて、「はい」と答える冒険者も中々いないだろうね。
さて、どう言ってやろうか…………。彼らの命運はここで死ぬか、犯罪奴隷として地獄の苦しみの中で死ぬかの違いなのだが、それでも自分で殺すのはなぁ…………。
そう思っていると不衛生なおっさんの足元に一枚の金貨が投げ込まれた。
「まずはそれで身なりを整えてから出直してきなさい。貴方たち、かなり臭いわよ」
声の主はワザとらしく鼻をつまんで侮蔑の表情を浮かべる和花だった。
ちょっ、待って、漫画じゃないんだから数の暴力は考えようよ!
不衛生なおっさんは一瞬言ってる意味が理解できなかったのかキョトンとしていたが自分が馬鹿にされていると理解して激昂して戦斧を振り上げた。
「こ、殺せ!」
段取りが変わったことに戸惑いつつも襲い掛かってくる二〇人だが、訓練された訳でもない言ってみれば烏合の衆だ。動き出しのタイミングはかなりズレがあった。
【疾脚】で素早く間合いを詰める。おっさんから見れば瞬間移動にも感じただろう。迎撃態勢すら取れていないその無防備な胴に左腕を伸ばし略式魔術の【昏倒の掌】を叩き込み、動きが止まったのを確認の後に蹴り倒す。胸元の革帯から投擲短剣を三本を右手で抜き、振りむきざまには投擲する。
それのうち一本はハズレ、残り二本が運のよい事に硬革鎧の腹部、鎧のない部分に突き刺さる。苦悶の声と共に倒れ込む男を無視して背後から遅れて斬りかかってきた男の斬撃を片手半剣を抜きつつ【刀撥】の技をもってして逸らせて平衝を崩した無防備な脚に下段の蹴撃を叩き込み転ばせる。
転倒した男の頭部に無詠唱で放てる【魔力撃】を叩き込む。瞬時に周囲を確認する。
健司が三日月斧で三人斬り捨て、手練れっぽい鎖帷子を着た男の首を飛ばしている。瑞穂も三人の男の太腿を大きく切り裂き戦闘能力を奪っている。ゲオルグも大斧で二人の男の胴体を切り裂いていた。
懸念していた和花も一人打倒していた。これで合計一三人倒したことになる。
「た、高屋と小鳥遊がなんで生きてここに…………」
板片鎧を着込んだ手練れは髭面で髪もぼさぼさで誰だかよくわからないが、どうやら僕らと一緒に拉致られたグループの一員のようだ。
そして悲しいかな賞金首の一人でもある。
同胞が犯罪者に堕ちたとか情けない限りだが、彼らによって少なからぬ人が犯罪者に仕立て上げられたり殺されているのだ。
「お、俺らも藤堂に売られたんだ! お互い犠牲者みたいなもんだろう? ここは逃がしてくれよ」
残りの六人の男たちも僕らの実力と事態の急変に思考が追い付いていないようで武器を手にしつつも様子を窺っている状態だ。
正直言えばこの名前も思い出せない同胞、たぶん先輩なんだろうけど、こいつの言い分が理解できない。苦し紛れの戯言だろうか? 無力化するために【昏睡の雲】を使うかと思ったが七人の配置がバラバラで最大でも四人しか効果範囲に収まらない。
ふと右側化の視線を感じて目を向けると瑞穂と目が合った。何かを察したのか無言で頷く。
名も覚えていない先輩の必死な命乞いが続いているが聞く価値もないので処理する事にした。
「綴る、付与、第三階梯、幻の位、囁き、深淵、誘眠、誘導、大気、変質、熟睡、変容、発動。【昏睡の雲】」
先輩を含む四人を効果範囲に収めた【昏睡の雲】で黙らせる頃には瑞穂が逃げ出した二人の脚を切り裂き、若干遅れた健司が三日月斧で背中をバッサリと切り裂きこの戦いは終わった。




