170話 生まれたての迷宮③
「なんか、鎧にガンガンと当たるんだが…………」
先頭を歩く健司に槍魚が突撃しているのだろう。幸い神覇鉱製の板金鎧を貫通できるほど奴らの突進は鋭くない。
そうこう言っている間に入り組んだだけの通路で突き当りに行きついた。
「あ、なんかあるぞ」
三フィート棒で床をつついて歩いていた健司が何やら発見したようだ。
「何か判るか?」
「触った感じだと…………収納箱か?」
「嫌がらせすぎだろ……」
汚れた水に槍魚の突撃が待ち受けているとなると密閉型兜でも水中を覗きたいとはならないだろう。視界用の隙間に槍魚の突撃が決まれば顔面が悲惨な目に合うわけだし……。
「それ自体が罠って気もするけど、誰か開けてみたいって意見は……」
僕がそう口にするものの誰も手をあげる者はいない。もっとも和花の【水上歩行】の魔法がかかっているので健司とゲオルグ以外は水の中に入れないのだが。
「こういう意地の悪い箱に良いものが入ってるパターンと罠とどっちだと思う?」
未練がましく確認を取るも、「罠じゃな」とゲオルグに言われたので諦める事にする。
「ちぇ、…………あ、なんか噛まれた」
水中で僕には見えなかったが健司の動作から推測するに収納箱らしきものを腹いせに蹴りを入れたのだろう。
噛まれた足を持ち上げて水面に出すと――――。
「収納箱擬態型粘土状疑似生命体だな」
一部の界隈では擬態する怪物とも呼ばれる奴が健司の鉄靴に噛みついていた。
「バルドさんの鎧に感謝だな」
「まったくじゃ」
そう言ってゲオルグが笑いだす。それに釣られるように一堂に笑みが浮かぶ。
「んで、これど~すんの?」
「こうするしかあるまいよ」
健司が片足を上げたまま噛みついている擬態する怪物を指さして処遇を問うがゲオルグが手斧を振り下ろして答えを示す。破壊する以外には方法はないのである。程なくして収納箱擬態型粘土状疑似生命体は死骸となり万能素子結晶を回収した。
「しっかし、この迷宮って儲けもほとんどねーし、骨折り損のくたびれもうけだな」
健司のボヤキに一同が同意し、来た順路を逆に辿って階段広場へ戻り、ひとまず水場から上がって階段に座り込み休憩をとる事となった。
「ところで、攻略する際の褒賞ってどんなものが貰えるんだ?」
「主に魔法の工芸品だって言うけど、迷宮宝珠が内包する万能素子によって価値がかなり変わるみたいだから期待半分、失望半分くらいに考えておく方が良いよ」
健司には悪いが無駄に気を持たせても仕方ないので文献に載っていた統計をそのまま伝える。
「ならあまり期待しない方が良さそう?」
「なんでだよ」
「だって、いくら地脈の経路の真上と言っても迷宮の構築に結構な量の万能素子を消費してるでしょ。報酬目当てなら粘らないと」
健司と和花の答えの出ない問答を横で聞き流しつつ僕は【水上歩行】の魔法の効果時間の残りを計算していた。
「【水上歩行】の魔法があと四半刻ほどで効果が切れるし探索するにしても正面か左のどちらかだけになると思う」
「そうだな。鎧下が水を吸ってて動きにくいし早くここを抜け出して乾かしてもらいたいぜ」
そう口にする健司に限らず、男性陣は金属製鎧なので衝撃吸収の為に鎧下、厚手の木綿となめし革製で作られたレーシングスーツみたいなツナギ状のものを身に着けている。大量の水を吸って気持ち悪いんだよね。とにかく革にうつるので早めに処理をしたい。
「んで、どっちにいくよ?」
立ち上がり階段を降り片足を水につけたところで健司が振り返って問う。一瞬どちらにするか迷ったのだが、「正面で」と答えた。
「了解」と手をあげ慎重に進んでいく。
正面の通路を2サートほど進んだ時だった。突然、水面から何かが飛び出し、不意を打たれた健司の密閉型兜の面当てに当たり水面に墜ちた。
「何だ、いまの?」
実害はなかったためか確認しようと面当てをあげようと手をかけた時だ――――。
「健司!」
そいつらが一斉に水面を飛び出したのだ。間一髪警告が間に合い鎧にガツガツと命中し水の中へと戻っていく。
それは、か細い体に細長い硬質な下あごと巨大な胸びれと腹びれを持つ槍魚のご親戚である飛翔槍魚だった。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
水の中なら鎧の防御力で対処できるが、飛ばれると和花や瑞穂がかなり危ない。殿の僕も関節部が鎖帷子なので刺突攻撃には弱い。
この迷宮を設定した奴は絶対に性格が悪いぞ。断言してもいい!
「全員、密集体形でとにかく前進! 和花と瑞穂は足元に注意!」
この通路は幅が0.75サートほどなので左右からは襲われないが足元はそうはいかない。
背後から襲われたら僕が身体張って守るしかあるまい。そう思っている間に背後から飛び出した一匹が僕の背中に命中する。
最も硬い金属と称される神覇鉱製だけあって貫通されることはなかった。後ろを気にしつつ、ゆっくりと前進する。水深が0.25サートもあると思ったほど早く進まないのだ。気も焦るだけに余計に体感時間が長く感じる。
問題なのは、こいつらの飛翔速度は速く10ノードほどで飛び出すという。この閉所だと飛び出した瞬間に対処できないと回避は無理だろう。
そんな中、瑞穂だけが淡々と滑空する飛翔槍魚を[鋭い刃]で切り落としている。万能素子結晶が確保できないがそれどころではない。
少しずつ前進しつつ飛翔槍魚を排除していると、左後方で複数の跳ねる音がした。前にいる和花は気が付いていない。僕は殆ど反射的に身体を左へと傾ける。
「がぁっ!!」
板金がない左の大腿の後ろに飛翔槍魚が突き刺さる。太腿に焼けるような痛みが走る。
「樹くん!」
「止まらないで!」
和花が【軽癒】を唱えようとしたのを止める。治療の為に立ち止まるのはまずい。
程なくして猛攻は止んだ。金属鎧に命中した飛翔槍魚は衝撃で気絶するようで次第に数を減らしていったのだ。
「助かった…………の?」
猛攻が止んだことで和花が気を抜くが、それはフラグなんで止めてもらいたい。治療を終えていない太腿が激しく痛むが、まずは安全な場所に移動しよう。
「何があるか分からないから先に進もう」
その後も健司とゲオルグが水中で槍魚の襲撃を受けるものの鎧で跳ね返し、両開きの扉の前に行きついた。
その扉は床から四段ほどの階段を上った位置にあった。構造的には引戸のようだ。
「どう思う?」
扉を前に健司が確認をとる。罠があると思うかって意味だ。
「あるだろうね」
これまでの事を思えばこの迷宮の基本設定をした奴は性格が悪い。必ず何か仕掛けがあるはずだ。
「なんにしても呪的資源に不安を覚えるし進むしかないよ」
瑞穂に扉を調べるように指示し、その間に僕は和花から【軽癒】の魔術で太腿の傷を癒してもらう。傷は塞がったけど痛みは直ぐに消えないのが微妙に使い勝手の悪い魔術である。
やはり重量増を覚悟で防具を板金鎧に変えるべきだろうか?
悩んでいると瑞穂が調べ終わったようでこちらの様子を窺っていた。
「ごめん。どうだった?」
「引金式罠だと思う」
瑞穂の報告にどうしようか悩む。構造的に扉を開くと罠が発動するタイプなのは間違いないだろう。
「解除か無効化は出来そう?」
ダメ元で確認してみたが黙って首を振るだけだった。ゲームのように何でもかんでも解除とはいかないか。
そうなると覚悟を決めて扉を開くしかないか。
「なら儂が開けよう」
状況を皆に伝えたところ、ゲオルグが挙手した。
ゲオルグがドアノブに手をかけ呼吸を整える。そして両開きの扉を引き開けた。




