167話 クランを設立する
美優を見送ってから二週間が過ぎ去った。モヤモヤする気分を払拭させるべく冒険者組合の評価アップを目指して周辺の村から寄せられる赤肌鬼駆除の依頼の処理に奔走していた。
依頼の大半は放浪と呼ばれる単独または少数の集団で餌場を探して移動しているのを目撃したケースが多く、依頼された村に赴くころには当の赤肌鬼達は居ないというオチだ。
それでも最低限の依頼料と評価は貰えるだけマシなのだが、無駄足となり徒労感も大きい。
今日も駆除依頼がハズレに終わって失意の状態で戻ってきた僕らを冒険者組合の受付嬢たるフローラさんが労ってくれる。
「お疲れさまでした。ところでタカヤさんは団体の設立はなさらないのですか?」
美人のお姉さんに営業スマイルとは言え微笑まれて悪い気分はしないが…………団体?
そういえば最初のころに師匠から聞いた気がするけど、どういったものだったか思い出せないなぁ。
「どんなのでしたっけ?」
「団体とは、――――」
銅等級以上の者が設立可能な冒険者集団で、本来であれば掲示板や指名依頼、緊急案件以外では評価されないのだが、冒険者組合を介さずに受けた仕事、この場合は依頼者からの直接依頼を指すのだけども、きちんと報告書を提出すれば正式に評価されるという。
そのほかにも報酬から仲介料が引かれない。団体専用の貯蓄口座が持てる。事務所を用意するときに事務員や業務管理者を派遣してくれるなどがある。
もともと一般人の冒険者への認識と言えば一山いくらのチンピラ、もとい日雇い労働者扱いだが、団体設立すれば一定以上の社会的信用も手に入るのである。
依頼する側も同じ料金を出すなら、チンピラ予備軍より信用のおける者に金を払いたいだろう。
多くの団体は、基本的に傭兵団業が多いが師匠の様に何でも屋な団体もある。変わったところだと運送業なんてのもある。
名前を売りたいがために一党名を付けたがる冒険者は一定数は居るのだが、怪我や死亡などで高頻度で面子の入れ替わりも多いし実力も安定しない事もあり一山いくらの木っ端冒険者じゃ馬鹿にされるだけだ。
さて、僕等にも資格はあるのだが――――。
「団体名を考えるのがなぁ……」
厨二全開の団体名を名乗るのはちょっと恥ずかしい。そういえば師匠の団体は、たしか……双頭の真龍って名前だったなぁ。
ただし一度団体名を決めてしまうと解散するまで変更が出来ない。また、解散すると一定期間は再登録できないという。
「ちょっと、みんなと相談してきます」
フローラさんにそう断って受付カウンターを離れる。
僕が向かったのは皆が集まっている依頼掲示板の前だ。
「手続きだけにしちゃ遅かったな」
「なんかフローラさんに団体の設立を勧められた」
「魔導騎士輸送機持ちの団体とか運送業の仕事が凄い事になりそうだな」
確かに健司の言うように彼の所有する魔導騎士輸送機の荷台は広く、標準的な荷馬車なら一五台ほど搭載する空間が残っている。まぁ~流石に荷馬は収納できないけど。
「……んで、名前はどうするんだ? やっぱ竜殺しか?」
「そういう二つ名を自分で名乗るのは馬鹿にされるから止めようよ。名前が売れてくれば、その二つ名が勝手についてくるし」
実はすでに迷宮都市ザルツでの僕らの活躍が英雄譚として酒場で謳われ始めているのだ。もっともTVやネットのないこの世界では英雄譚の人物が僕等であると知れ渡るのには時間が足りない。
僕らの装備は最上級と言ってもいい。目端の利く商人がこの二週間で数人接触してきた。専属契約という奴である。冒険者組合の評価に繋がらないので断ったけどね。
ただ団体を設立すれば話は変わってくる。
団体を設立するなら団体名が必要だ。そこで僕が提案したのが、[謹厳実直]だ。
因みに、この世界の言語に四字熟語はないが、これに関しては意味合いはほぼ同じである。
候補として出した理由は団体名そのものが僕らの行動方針って考えでの提案だ。一定の信用を得られたと言っても敬意を持たれるには銀等級くらいにはならないといけないので、それまで頑張ろう的な意味合いもある。
「悪くはないと思うぞい」
まず最初にゲオルグがそう言って賛成してくれた。
「私も悪くないと思うな」
「ん」
和花と瑞穂も異論はない様だ。
「ま~、まだ俺らイキっちゃうほど強くねーしな。異論ないわ」
当初ごねるかと思っていた健司があっさりと承知した。[竜殺し]と呼ばれるにはまだ分不相応だし、過剰な評価で難易度高い依頼を持ち込まれても困るしね。
「なら手続きしてきちゃっていいかい?」
僕は皆を見回し確認をとる。改めて了承してくれたので再び受付カウンターヘ。
今の時間は混んでいない事もあり順番を待つ必要もなく手続きが始まった。フローラさんに言われるままに書類に目を通し必要事項を書き込み再び説明を受けそれが渡されたのは四半刻後だった。
「こちらが団体の認識票になります」
にっこりと笑みを浮かべてカウンターに置かれたものは薄紫色に輝く五枚の認識票だった。
まだ団体紋章の図柄が決まっていないので表面は何もない。裏を見れば団体名とそれぞれの名前が記されている。
それを握りしめ皆の元へ戻り各自に配る。
「さて、改めて頑張ろう。ところで何か良い依頼はあった?」
「赤肌鬼、赤肌鬼、赤肌鬼、護衛、護衛、調査って感じだな。来週に魔導騎士輸送機が戻ってくるから時間のかかる調査や護衛依頼は受けにくいし、…………コレ探すか?」
健司がそう言って指し示したのは賞金首だ。
犯罪者となってしまった先輩たちを討伐か…………。
どうするか思案しているとフローラさんがパタパタと小走りで近寄ってきた。
「仕事はもういいのか?」と健司が声をかけるが、「残念ですがまだ勤務中です」と笑顔で返す。
「謹厳実直の皆さんに冒険者組合から指名依頼です」




