幕間-11
差し込む話数を間違えたのでやり直し
「さて…………」
偉丈夫は環状列石の中心へと歩き進めるとしゃがみ込んで右手を地面に触れる。
「綴る、基本、第七階梯、感の位、探知、精査、術式、解析、理解、発動。【術式解析】」
そして呪句を唱え完成した魔術によって仕掛けを把握すると、その仕掛けを弄って止まっていた機能を復活させる。
地面が輝き偉丈夫を飲み込む。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「貴方が訪ねてくるなんて珍しい事もありますな」
突然【転移】で現れた偉丈夫に対してやや驚きを感じつつも長衣を纏った人物はそう口にする。
「頼みごとをする立場なんでな……」
「ほう……貴方が頼み事とは珍しい……して、私に何をしろと?」
長衣の人物はやや興味ありげな口調でそう尋ねる。
「ある魔術師見習いを指導してやって欲しい。極めて高い才能を有しているが残念な事に上級階級の娘でね……。本人は冒険者になりたいようなのだが、まぁ……定番のアレで一度挫折した」
「でも、まだ冒険者になりたいと?」
「そうだ。惚れた男が冒険者なんだが、そいつに解雇にされたんで見返したいらしい」
「……なるほど、確かに他の導師には向かない生徒ですな」
そういってその人物は大声で笑い出す。
「授業料なんかはこちらで手続きを済ませておく。……報酬はコレでどうだ?」
そう言って偉丈夫は懐から拳大の宝石のようなものを二つ取り出す。
「こ、これは……一生遊んで暮らせますぞ」
それはある遺跡で生成された高密度に圧縮された万能素子結晶であった。高位の魔術師にとっては垂涎の品である。
「これがあれば実験が進みますな……」
一度言葉をきり暫し思案する。だが長衣の男の答えは考えるまでもなく決まっていた。
「判りました。お引き受けしましょう。ところでその娘さんの能力は如何ほどに?」
長衣の男は偉丈夫から公開された情報を叩き込み学習スケジュールを組んでいく……。
目的を終え来た時同様に【転移】で消えていった。
「しかし、あの御仁も意地の悪い方だ……」
▲△▲△▲△▲△▲△▲
ある晴れた昼下がりに一人のピンクブロンドの美少女が魔導列車の頭端式乗降場に降り立った。
「ここが学術都市サンサーラかぁ……」
ここは大陸を縦断する魔導列車の終着駅のひとつであるが通常は魔導列車はこの駅で一旦切り返しして再び北部域へと向かっていく。私が乗車した魔導列車は特別便だったのだ。
しかし異世界と言えど、魔導機器文明の設備が色濃く残るこの都市は私が住んで居た日本帝国と大きな違いは見つからない……。勿論細かな差異はというか粗探しすれば見つかるとは思う。
「あ、でも架線とかがないだけでも雰囲気は違うかぁ」
思わず口に出してしまう。
思えばこの世界に拉致されて色んなことがあったぁ。出来れば思い出したくない内容の事の方がほとんどだけど……。
数少ない朗報は、政略と血統操作の都合で決められた婚約者であった樹さんと無事に再会できたことだろうか……。
「割と本気で一目惚れだったと思うんだよねぇ……」
でも肝心の樹さんは冒険者稼業で結構頑張っていて、私みたいに一年近くも籠の鳥として見世物にされていた身ではついていけなかった。結局は樹さんに解雇宣告をされたものの、賢者の学院で学び新たな道を選ぶと言う選択肢を提示された。
でも私はいつかあそこに戻りたい。このままだと負けた気がして自分が許せないと思う。樹さんには両脇を固める女の子が付いている。右は瑞穂ちゃん、左は和花先輩の場所だとしたら私はあの人の後ろを守りたい。まだ後ろを守る役目が余っているよね?
武家の娘として生まれた身としては、優れた人物がより多くの子孫を残すのは当然と幼い時から教わっているし、そこに違和感を感じていないけど、ならばこそ好きな人と添い遂げたいなぁ……。
だけどまずは新生活に順応する事と私に求められていることを完璧に熟す事から始めようと思う。
改札を出て駅舎前の広場で周囲を見回す。魔導列車の食堂車でお昼を食べてしまったので問題はない。
軽く町を散策しつつ賢者の学院に向かおうと歩き出す。
事前に聞いていた話だとこの学術都市サンサーラは数千年前の魔術帝国の都市の跡地に建設されたとかで当時の設備が結構生きているので他所の町よりは暮らしやすいだろうと聞いていた。
上下水道がきっちり完備されており、足元の車道は土瀝青であり、歩道に用いられている安山岩の石畳も非常に綺麗に敷き詰められている。だけど一番驚いたのは車歩が分離されている事だった。
気が付いたことがもう一つ、この町には荷馬、荷馬車などがない。運送は人力荷車か小型の魔導騎士輸送機しか見ない。ゴミも捨てられていないし住人の民度は結構高い様に感じる。
ただ、問題は建物だ。
「なんだろう……この豆腐建築」
思わずそう呟いてしまったが、驚くことに町のほぼすべての建造物が飾り気の少ない磨かれた花崗閃緑岩製の四角い建築物なのです。日本帝国人的には磨かれた花崗閃緑岩製の四角い物体ってお墓に見えてしまって……。
まるで某サンドブロックなゲームの初心者建築を見ているようだった。
その中で唯一の例外と言っていい建築物が賢者の学院の白亜の塔かな。二階建てが多い中で白亜の塔だけ三〇階建と極端に高い。
「目的地が分かりやすいのはいい事ね」
そう呟き再び歩き出す。
この都市のいいところ一つとして区画整理がきちんとされており迷子になりにくいとこかな。もっとも人によっては似たような景色で却って迷うって人も居そうだけど。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
賢者の学院の受付広場で手続きを済ませて待たされること八半刻ほど。
ひとりの青年が私を迎えに現れた。この人が私を指導してくれる導師様なのだろうか?
挨拶をしようと立ち上がる私を手で制し付いてくるように言ってさっさと奥へと歩き出してしまう。
随分と不愛想な人だなぁ……。
こんな不愛想な人の元できちんとやっていけるのだろうかと思いつつ廊下を歩く事五分、目的の部屋に到着したみたい。彫刻が施された樫の木の両開きの大扉がそこにはあった。
「ここが高導師フリューゲル様の研究室だ。失礼のないようにな……」
青年はそう言うと踵を返して足早に立ち去ってしまった。
あれ? あの人って単なる使いっ走りだったの……。
とにかく気を取り直して大扉を軽くノックする。
だが、何の反応もない。
再びノックする。
おかしいなぁ……。はしたないけど扉に耳を当ててみると――――。
ハァ、ハァ、ハァと言った荒い男の人の息遣いが聞こえたのだ。この息遣いは……嫌な記憶が蘇る……あの聖都ルーラでの夜の記憶だ。
裸に剥いた私を眺めるイケメン枢機卿を思わせる……。
これは逃げ帰るかと逡巡していると、室内から「どちらかな?」とかなり低音の男性の声音がそう言ったように聞こえた。
意を決して私は口を開く。
「ヴァルザスさんから紹介で参りました。花園美優といいます。フリューゲル師の研究室でお間違えないでしょうか?」
「入り給え」
室内からそう言われたけど……まさかと思うけどそういうのを見られても平気なタイプの人?
確かに日本帝国の武家にもそういうのに頓着しない人もいたというけど……。
覚悟を決めて扉を押し開ける。
漂う熱気と雄臭い匂い。
そして汗だくの半裸の男性が一人……。
「すまんね。日課の鍛錬の最中でね……ん? どうかしたかね」
まるっきり別の想像をしていた私は顔から火が出ているのではと思うくらいに真っ赤だっただろう。
そこに居た男性は想像していた人物とは真逆の人物だった。巨漢だと思っていたヴァルザスさんをも上回る上背に暑苦しいまでの筋肉を纏っていた。
「話はヴァルザス殿から聞いていたが……想像以上に可愛らしいお嬢さんだね。私がアルス・マナ・フリューゲルだ」
そう言って近づいてくるフリューゲル師をぼんやりと見つめていた。
差し出されている右手に気が付き私も慌てて右手を差し出す。
「今日からよろしく。お嬢さん」
そう言ってフリューゲル師は私の手を握った。




