166話 また逢う日まで
2020-01-12 198話に合わせて一部文言を修正
2022-10-03 幕間25に合わせて文面を変更
師匠から呼び出されて向かった先は、中継都市ミルドの市壁の外にある駅舎街だった。その駅舎で待っていたのは師匠ではなく大きめの旅行鞄を携えた美優ただ一人である。
「樹さん……わざわざお見送りだなんて……」
僕に気が付いた美優が驚いたとばかりに瞳を瞬かせそう口にするが、安心して欲しい。
僕は何も聞かされていないんだ。旅支度をした美優を見て初めて今日が旅立ちの日だって知ったくらいだ。
「和花たちは?」
結構仲が良かったのに見送りに来ないとか薄情じゃないだろうか? 出立日すら聞かされていなかった僕が言う事でもないだろうけどね。
和花たちがここに居ないのは、別れが辛くなるのでって事で昨日のうちに済ませたそうだ。
この中継都市ミルドから出る特別魔導列車の行き先は学術都市サンサーラという。美優は師匠の計らいで東方北東部域の学術都市サンサーラの賢者の学院に編入する事になったのだ。
そこに師匠と親しい高導師、……たぶん僕が持つ紹介状のフリューゲル師だと思う。美優は特別枠で彼の研究室に入る事となった。
「統合魔術師の道はもっとも厳しいって聞くけどやっていけそう?」
楽をするなら専攻を決めた方がいい。統合魔術師という事は全ての魔術、知識に精通している者を指す。僕らも分類的には統合魔術師だが知識面が全然追いついていない。
「先生の話では才能はあるからやる気の問題だって言われました」
ここで言う先生とはもちろん我らが師匠のヴァルザスさんだ。師匠は褒めて伸ばすという事はしない。徹底的にダメ出しするし、ちょっとでも天狗になろうものなら木っ端微塵にその自信を砕きに来る。
褒めて伸ばす場合は序盤は気分も良くなり伸びるそうなんだが、マイナス面に目を向けなくなり大半の人は後になって大きな壁にぶち当たって挫折するらしい。
師匠がやる気の問題と言ったのであれば間違いなく才能はあるのだろう。
事実その片鱗は僕らも感じてはいた。呪文書の理解力も早かったのを覚えている。まさか数日で呪文書を片手に初歩的な魔術を行使できるなんて誰も想像していなかった。
そんな彼女が落ち着いた環境で勉強すれば、すぐにでも頭角を現わせるのでは? 自分の力でこの世界での足場を築けるのでは? 僕なんて必要ないかなと思ってしまう。
「そういえば、学費や必需品などは全て樹さんが出してくれたとか……ありがとうございます」
「……まぁ~、お金には困ってないからね」
ホンネは違うんだけどぶっきら棒にそう回答しておくと、「では、そう思っておきますね」とクスクス笑いながら反すので、これは見透かされているなと思うのだった。
援助に関しては少なくても五年は生活には困らない筈だし、彼女の才能であれば、それより早く正魔術師となって給料が貰えるようになるだろう。そうなれば行動の選択肢も増える事だろうし視野も広がるんじゃないだろうか?
「ところで、この服とか装身具とかは返さなくても良かったんでしょうか?」
いま身に着けている飾り布があしらわれたツバの広い帽子や飾り布や笹縁をあしらった膝丈の婦人服や中踵婦人靴なども師匠特製の魔法の工芸品の数々だ。性能的な価値なら軽く見積もっても金貨千枚はゆうに越える。
「それは防具も兼ねているし、この世界はどこに危険が潜んでいるかは判らないからね。……それに返せって言われなかったでしょ?」
「そう、…………ですね。ではこれはこのままで」
「そもそも返せって言ったらこの場で脱ぐのかい?」
「ですよねぇ」
そして二人して笑いあう。
日本帝国時代の思い出話などをしつつ気が付けば魔導列車の傍までやって来てしまった。
「お見送りありがとうございました。また、……逢えますよね?」
美優は振り返ってそう尋ねる。その表情は瞳が潤み泣きそうにも見える。
「ここと学術都市サンサーラじゃ結構距離があるからね、いつでもって訳にはいかないけど…………それよりこれを」
僕は微妙に答えになってない事を言いつつ、ポケットから掌に乗る小箱を取り出す。小箱を開くとそこには指輪が収まっていた。
それは中石を美優の誕生石である小振りで虹色の光を放つ珍しい蛋白石としそれを乗せる台座と爪を誕生花であるネリネをあしらったモノとしている。環、所謂指輪本体は白金の指輪を取り出す。
無言の美優の左手を取り中指にそれを嵌める。
「薬指でもいいのに……」
小声でそんな事を呟くが、これはそう言うモノじゃないのでスルー。
「それは魔法の発動体だよ。魔術師の長杖とかって結構邪魔でしょ?」
そんな無粋な事を言ってしまう。
今の彼女の技量だと呪文書を片手に持ちつつ杖を持つのは結構不便だったので師匠にお願いして作ってもらったのだ。
本当は自分で用意したかったんだけど【発動体作成】の魔術は第六階梯で僕の技量ではまだ成功率が低すぎるのだ。指輪自体は僕が選んだんだけどね。
「大事にしますね」
そう言って魔法の発動体を包み込むように右手を重ねる。
お互い無言で暫し時間が流れる。何を言おうか迷っていると発車を知らせる鐘が鳴り始める。
「美優、もう————」
「樹さん」
美優が僕を呼びスッと近づくと右手が僕の頬へと伸びる。
そして爪先立ちになり艶っぽい彼女の顔が近づき唇を重ねる。それは瞬き程の事のようでありもっと長かったようでもあり気が付けば美優は荷物を持って走り出しており声をかける間もなく魔導列車に飛び乗ってしまった。
最後に見た彼女の横顔は朱に染まっていた。多分僕も真っ赤だろう。
そのまま魔導列車が地平線の彼方に消えていくまで見送ると、「後悔してるのか?」と後ろから声がかかった。
「後悔というか…………もっと何かしてやれたのではと思いますね」
僕は振り返らずに声の主の質問に答える。
「あの娘は見た目の嫋やかさに反して存外負けず嫌いだ。いま手元に置いておいても足しか引っ張らないから一度放り出した方が良かったのさ」
僕の元に居ると甘えてしまうだろうとの事だ。もっとも僕が冒険者を今すぐ引退して面倒見るとかなら話は変わるんだろうけど……。
「しかし、嫁が多いと大変だな」
師匠がそんな事をボソっと呟いた。
体調を崩しただけでなく、かなり無理なスケジュールの仕事の予定によりリソースを仕事の方に振り分けます。更新ペースが若干不定期になるかと思います。
予定では週1~2話くらいの投稿ペースは守りたいなと……。




