165話 相談
美優の冒険者としての素養を語り、彼女には賢者の学院でキッチリと勉学に勤しんで欲しい事とキチンとした教育を受けた知り合いがいると言うのは自分たちにもメリットがあるなどと師匠に説明していった。
「それくらいは構わないが、本人と相談はしたのか?」
「一応は…………」
僕の中での美優のイメージはどうしても深窓の令嬢であって荒事の冒険者生活が肌に合うとは到底思えないのだ。尤も彼女の意思を尊重していないのも事実だ。
「各種手続きは済ませておく」
そう言って師匠は一旦言葉をきり、「一週間ほど時間を貰うぞ」と告げると退出を促された。
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翌日からは早朝の訓練後に冒険者組合の依頼掲示板を見に行く。
「なんか赤肌鬼駆除って依頼が多くないか?」
依頼掲示板を眺めていた健司がそう呟く。確かに健司の言うように近隣の村などからの依頼が多いが、驚いた事に徒歩で一週間ほどの村からも依頼が来ている事だ。
「国は何をしてるんだ?」
「戦争ごっこで赤肌鬼如きに兵隊を割く余裕がないんじゃよ」
健司の疑問に答えたのはゲオルグだ。彼の言うように群雄割拠な東方地方だ。だがそれ以上に北方地方の神聖プロレタリア帝国の進軍から目を逸らして戦争ごっこに興じている神経が分からない。
その事を口にすると、「誰が東方を纏めて神聖プロレタリア帝国に対抗するかで揉めているんじゃよ」とゲオルグが答えてくれた。
この戦争ごっこは領土的野心を満たしつつ、誰が東方地域の盟主になるかを争う戦いなんだそうだ。
「一般人からすると傍迷惑極まりないな」
「だが、皮肉にもそういう状況じゃから儂ら冒険者の仕事が多い」
「ねぇ、これって…………」
僕らのやり取りに割り込んできたのは掲示板のある一角を指さす和花だった。
「これって、あの人たちだよね?」
その賞金首の人相書きを見ると確かに見覚えのある人物が五人ほどいる。
「罪状は————」
急速に等級を上げていった新進気鋭の冒険者一党だったのだが、その功績のほぼすべてが悪質である事が発覚したのだとか。彼らは野盗狩りで名をはせていたのだけど、実情は若くて経験の浅く稼ぎの少ない生活苦の冒険者を唆して野盗化させたり、野盗が襲った標的も虚偽申告で野盗の一味とし不正に金品を得ていた。ここ暫くの治安の悪化が彼ら一派の仕業であるというのだ。さらにこれには衛兵なども絡んでおり大規模な綱紀粛正が行われているのだそうだ。
「これって僕らと一緒にこっちの世界に拉致られた先輩たちだよね?」
確認の為に和花にそう尋ねる。何故かと言えば髭面で当時の面影が若干薄れていたためだ。
因みに僕も健司も毎日のように剃っている。女性陣の評判が悪いからだ。もっとも僕も健司も髭は似合わないのだが…………。
でも切れ味のいい剃刀ってすごい高価なうえに手入れが面倒なんだよね。維持費込みで和花たちが使っている万能化粧水と同じくらいだ。永久脱毛出来る魔法の水薬があるらしいから買おうかどうか真剣に迷っている。
さて、この先輩方だが僕の記憶に間違いがなければ頭脳派って印象がない。誰かが唆したんじゃなかろうか? でも誰だろう? やはり藤堂先輩が裏で糸を引いているんだろうか? そうなると彼らは尻尾斬りされたって事だろうか?
あの人は合理的な人だし不要と思えば躊躇なく切りそうだ。
生死不問で賞金がひとり金貨四〇〇枚と高額だ。まぁ…………組合の評判を下げるような奴だしなぁ。五人全員倒すなり捕縛すれば金貨二〇〇〇枚となり、ほぼ一生暮らせるだろうなぁ。こっちの世界だと宿屋暮らしでも成人一人の一年の生活費が金貨四〇枚ほどだ。如何に多いかがわかるものである。
それだけにこの賞金首の注目度は高い。つい数日前までこの組合にも何食わぬ顔して仕事を受けに来ていたのだしね。
「殺るか?」
隣りで健司が物騒な事を聞いてくるが、彼らの所業を考えると殺るしかないかと言う気もするが、同時に彼らの活動は大幅に制約を受けてジリ貧だろうから放っておいても時間の問題な気もするのだ。
「問題を先送りしてもいい事は何もないぞい」
僕が悩んでいるとゲオルグにそう突っ込まれた。僕は自分の手を汚したくないだけで彼らの死に関しては当然と思っているのを見透かされたようだ。彼らを生かしておけばこれからも被害者は増えるだろう。
「積極的には探しませんが遭遇したら始末しましょう」
いまいち同胞を殺める事に忌避感が抜けない僕としてはそう回答するしか出来なかった。
「そりゃフラグじゃね?」
健司に指摘されて、「あ……」と声が漏れた。確かにそんな予感もする。
「その時は軍資金がやってきたと思う事にしよう」
「だな、俺は飛行魔導輸送機か簡易飛竜騎が買いたい!」
それを聞いて買えなくはないんだよねぇ…………と思うがまだ内緒である。
ふと瑞穂と目が合うが、「内緒ね」と目で訴えかけると無言で肯首した。実にいい娘である。
「でも、簡易飛竜騎とか浪漫以外に何かあるのか?」
「…………ないな」
健司の欲求は所有欲なのか単に騎乗したいだけなのか? 騎乗だけなら師匠に頼めば出来そうな気もするが…………。
あとで師匠に相談してみよう。
改めて掲示板を見ると、変な依頼が出ていた。
「害獣の駆除?」
それは一年近く前にとある若い冒険者一党が、「森の熊や狼は人を襲う危険生物だ!」と頼んでいないのに全駆除してしまい、鹿や猪が爆発的に増えてしまって森や農作物が荒らされるどころか農民や狩人すら襲われるという事態なのだとか。
「その冒険者は阿呆なの?」
依頼を見た和花の感想がそれだがそれには激しく同意だ。
少なくともこの世界だと積極的に熊や狼が人を襲う事はない。こちらが領域を侵さない限りと付け加えておくが。
「報酬も結構ケチだな。一〇〇〇ガルドだぜ。鹿や猪一頭当たりで三〇〇ガルドで買い取ると言ってなぁ」
健司がそう言うのも頷ける。血抜きとか処理して運ぶ時間考えたら赤字とは言わないが余ほど金に困っていなければ受けないのではないだろうか?
一応、依頼完了までは村で食事や寝床は提供してくれるようだけど、寝床と言ったって藁だし、食事も微妙だよね。
だが僕らはその仕事を条件付きで受けた。受付のフローラさんに健司が頼まれたのもあるのだが、村に滞在するのは五日間で食事は不要。獲物の買取も不要という条件で呑んでもらったのだ。ついでに緊急案件扱いにもして貰った。
往復の移動も含めて一週間で帰ってきたのである。
僕らは全員が魔法の鞄を持っているので倒した猪や鹿は全てそこに放り込み見敵必殺の精神で少なくて五〇匹は倒したであろう。
獲物は魔法の鞄に入れておけば劣化しないので後日にでもアンナやピナに解体などを頼もうと思っている。
貰った報酬は一党で金貨一枚だったが、獲物を食肉として購入した場合を考えると結構儲かった。言い方は悪いが阿呆な冒険者に感謝である。
それから三日間は休憩としのんびり過ごした翌日、僕だけが師匠に呼び出しを受けた。




