163話 最後の依頼
瑞穂の先導で森を最短距離で突っ切り強行軍気味の移動で二日ほどで目的地のランサス村に到着したのは日も沈む直前であった。
美優の件に関しては想定とは違ったが結果は同じだった。元々が彼女には難易度が高かったのだ。でもお陰で彼女を安全な賢者の学院に入学、いやこの場合は編入させるか…………。
強行軍でヘトヘトであったが、村長に会いに一番大きな家を探す。
僕らが珍しいのか子供たちが話しかけてくるのだが、何を言っているのかよく分からない。所々聞き覚えのある単語が混ざっているのだが…………。
「あ、これ東方語か」
【通訳】の魔術でも使うかと思っていると、畑作業をしていた老齢の男性が大きな声で何かを叫ぶと子供たちは逃げるように散っていって農作業を手伝い始めた。
「子供たちがすみませんね。…………してこの村に何用でしょうか? 生憎と旅人向けの村ではないので宿屋などはないのですが…………」
老齢の男性は流暢な公用交易語で話しかけてきた。年齢、公用交易語が喋れることからこの村の長だろうか?
そして思い出した彼のように、自分がこの村の村長を務めていると付け加えるのだった。
「冒険者組合経由で徴税官の代理で巡回に来たものです。…………こちらが冒険者組合の指示書になります」
僕はそう回答しつつ、冒険者組合の指示書を取り出し村長に見えるようにする。
「確かに組合からの依頼指示書ですね。ご用件は巡回のみですかな?」
村長にそう質問を返されたが実はここで「巡回のみです」と答えたらそれで解決するのである。トラブルがあればと言われたが先方からは聞いていないで済むのである。
だけど敢えて聞くことにした。
「何かトラブル等ありますか?」
「これと言っては…………。いや、一つ気になる事が————」
そう言って村長が語り始めた内容を要約すると、村はずれに住む狩人兄妹がここ数日ほど姿を見ないとの事だった。この時期に数日獲物が取れないという事はないはずで、何かあったのではと気にはかけていたらしい。
ただ、この兄妹は村にとってはお荷物だったので、村長の本音は聞かなかった事にして欲しいという感じだった。
「どういう事だ?」
「たぶんじゃが、税金と食い扶持の事じゃろう」
「それがよく分からないんだが?」
「農家は収穫物を税として納めるし自分たちの食糧にもする。畑のない狩人の税金と食料を村が負担しているんじゃ。代わりに狩人は肉を提供したり、周辺の警備をしたり、雑用も熟すんじゃがな」
「何か問題あるのか?」
ゲオルグと健司のやり取りの村長らしき男が口を挟んできた。
「……実は…………、兄の方が事故で右腕を失い、弓が使えんのです。妹もまだ経験が浅く…………言いにくいのですが成果があまりないのです」
その言いようはここ数ヶ月の間とかではなく一年とか二年もそんな状態で村にとってはマイナス要因となっているのだろう事が窺えた。
村からすると居ない方が助かるんだろうけど、聞いてしまった以上は最低限の事はしないとなぁ…………。
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「どう?」
僕の問いに狩人兄妹の家を調べていた瑞穂が首を振る。
「仕事道具もないから、たぶん狩りにでている…………と思う?」
そう答えたものの最後が疑問形だった。
「何か気になる事でもあるの?」
「…………私たちも森には入った。獲物になりそうな鳥や獣は結構いた」
ここ数日を思い出しながら瑞穂はそう答える。口にはしないが職業が狩人であれば、あれほど獲物が豊富なこの森で数日も家を空けているだろうか? 僕らの様に魔法の鞄持ちならまだわかるけど。
「確か、この森には我らの同業者がおっただろう? 何かトラブルがあったんじゃないのか。……いや、あれは犯罪者じゃな」
ゲオルグの言う犯罪者とは、数日前の一角獣狩りをした密猟者の事だろう。
偶然だが密猟現場を見てしまい始末された可能性もあるわけか……。
「だとしても犯人は既にここには居ないだろうし、報告だけすれば終わりかな?」
ここまでの道程で遺体は見ていないし誘拐か処理済だろう。これが悩んだ末に僕が出した結論だった。
村長に報告し、必要なら調査依頼を組合に出すように言って今夜はこの村で野営させてもらう許可を取る。
それに気が付いたのは翌朝だった。うちの一党で一番勘の鋭い瑞穂が寝ている時間だったのだろう。狩人兄妹の家に人が入り込んだ形跡があった。いや形跡というか間違いなく入っていたのだ。
家が荒らされ荷物がいくつか無くなっていた。それも旅をするなら必須とするような荷物がだ。
さらに治療をした痕跡があった。汚れた包帯やら傷薬を使った痕跡があり、ボロボロに傷んでいた衣装は兄のモノと推測される。
「憶測まじりじゃが…………」
ゲオルグがそう口にし語った内容は、一角獣を釣るのに妹が埒られ、用が済んだので売却。兄はそれを追って返り討ちにされ、復讐の旅に出ていったという内容だ。
この村での彼ら兄妹の立ち位置からすると有り得なくはない推測にも聞こえる。
「まぁ…………村長に報告してから僕らも町へ帰ろう」
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報告し帰りの道中は特にトラブルもなかった。そして右腕のない若い男が中継都市ミルド方面へと歩いているのを目撃したという話を幾人かのすれ違う旅人から確認する。
どうやらゲオルグの憶測が当たっていそうだ。返り討ちコースが想像できてしまうだけにモヤモヤするなぁ。
中継都市ミルドに戻り、まずは魔術師組合へと直行する。ここでネルド草の件と遺跡の件の報告義務がある。それが終わらないと報酬すら得られない。ネルド草の方は受付で引き取ってもらいその場で株の代金を受け取り完了証明書を貰う。調査の方は面会予約は取っていなかったが直ぐに応接室に通されて持って帰ってきた資料と口頭の報告に導師は大変満足しこちらも完了証明書を貰う。
あっさり片付いたのでその足で冒険者組合へと直行し、健司を伴って終了報告しに行く。到着時間が七の半刻頃とあって受付は混んでいなかった。
「あら、お帰りなさい。どうでしたか?」
そう笑顔で仰るのは健司が狙っている受付のフローラさんだった。認識票と完了証明を四つ提出し、必要書類に記入してる横で健司がフローラさんを食事に誘っている。
手続きが終わり四つの案件の報酬総計である一万ガルド、金貨十枚が支払われた。
「横で聞いていたと思うが、フローラさんと夕食に行くから俺はここで別れるな」
受付が終わり冒険者組合を出た途端に健司がそんな事を言い出して離れていく。どこかで身だしなみを整えるのだろう。
待ち人を探してキョロキョロと周囲を見回すと和花と美優を見つけた。先方も僕を見つけたようで小走りで近づいてくる。
「終わったの?」
「うん」
その後は健司が今日は帰ってこないかもって話になり、ここに居ないゲオルグの話になる。神殿に礼拝に行ったとの事だ。
なら師匠たちが待つ[牢獄亭]に行くかと思っていると、不意に右手が引かれる。
「これ」
そう言って瑞穂が僕に差し出したものは大柄な男性の拳大の宝石、いや…………精錬された万能素子結晶だった。
「これを何処で?」
「遺跡で」
瑞穂の回答に一瞬だが何処のって思ったけど、あそこしかないよね。
「いつの間に取ってきたの?」
「帰り際のドサクサに……」
そう答えて瑞穂が説明し始めた。【転移門】に乗って戻る前にこっそりと扉を開けて濃密な万能素子の中から一番大きいモノを持ち出したらしい。
まー持ち出したものは仕方ない。依頼主の導師には報告の際に何も取ってないと報告しちゃったし訂正してもしょーもない。
本来であれば遺跡で得たものは僕らにモノになる筈なのだ。別に犯罪でもないしここは褒めておこう。
「よくやった」
そう言って頭を撫でておく。
「それは売っちゃうの?」
ひとしきり瑞穂の頭を撫で繰り回した後に、「これ幾らになるんだろう?」とぼやいた事に和花が反応したのだ。
「この世界で生きていくなら冒険者を引退後の生活費なんかも必要だろうしお金は一杯あっても困らないからね」
「セ-フティーネットすらないもんね」
冒険者生活は遅い者でも引退時期が三十代前半だと言われている。早い者なら二十代前半で銅等級となり第二の人生として選りよい生活環境へとステップアップする。三十代前半あたりになると古傷などで肉体的に融通が利かなくなってくるのだ。金の力で現役期間を伸ばす者もいる。
僕としてはある程度上り詰めたら楽がしたい。
そんな事を考えているうちに[牢獄亭]に到着した。




