159話 岩喰這蟲①
緩やかに円を描くように緩やかに下るタイル張りの通路を移動している。遺跡の起源について考察していても仕方ないし、地脈絡みの話もここを無事に脱出する手段が見つからなければ意味がない。先ずは出口を探さなければという事で唯一の通路を突き進んでいる。
「これどこまで続くんだ?」
何の変化もないので健司が飽きてきたのかそんな事を聞いてきたが、知っているなら教えているし、僕としても教えてくれるなら聞きたい。
勾配が緩いが螺旋を描くような通路を既に四半刻は歩いている。その間に多脚戦車が襲ってくるなどもなく、罠すらない。生きた遺跡としては難易度は低いようにも思える。
「僕に聞かれても困るよ」
取りあえず僕はそう言って笑みを返すだけだ。そのとき先頭を歩く斥候の瑞穂が”止まれ”と手信号を出しているのに気が付き一同止まる。
「どうした?」
「罠」
瑞穂の勘だと床の重量感知式トラップとの事だ。彼女の知識から導き出した答えはタイル三枚ほど、凡そ0.25サートほどを跳躍すれば問題ないとの事だ。
「仮に発動したらどんな罠か分かる?」
「たぶん…………転がる岩だと、思う」
やや自信なさげに答えるが、この螺旋状の一方通行のスロープだと濃厚だね。
「どこかに可動壁がなかった?」
首を振って否定する。最も瑞穂も知識としてはあっても迷宮都市ザルツの迷宮ではほとんど使わなかったし経験も浅い。【罠感知】の魔術は罠を見つけるが、それがどんな罠かは術者の知識に依存される。
仕方ない。
「じゃーん! 一〇フィート棒」
思わずそんな事を口走って魔法の鞄からそれを取り出した。ある意味冒険者必須の装備である。この棒は数位の壁や床や天井を触り罠の有無を確認に使うのだ。棒の長さである0.75サート範囲には軽く突いても何もなさそうだったので、邪魔な一〇フィート棒はしまう。
瑞穂が言及を避け僕が警戒をしていたのは、ワザと重量感知式の罠を飛び越えさせた先に滑り台や落とし穴を設置する厭らしい罠も視野に入れていたのだ。
「ここからタイル三つ分飛び越えて移動して欲しい」
出来るよね? などとは聞かない。出来なければ冒険者としてはやっていけないだろうからね。運動能力的に。
念のために瑞穂の腰に細縄を巻き付け、最初に飛んでもらう。彼女は軽々と飛び越え安全を確認すると”問題なし”と手信号を出した。
次に飛んだのはゲオルグだ。一瞬地霊族だし、重い重甲冑を着込んで背負い袋を背負っているから厳しいか? と思ったが難なく飛び越える。次は僕だ。いくら重量のある板金軽鎧と言えどもこの程度なら余裕だ。
問題なく飛び越え次の和花に手を差し出す。運動神経は悪くないし大丈夫だとは思うんだけどねぇ。
だが、手を取らずに軽々と飛び越えてしまう。その表情は『もしかして馬鹿にしてる?』と言った感じだ。そんなつもりはなかったんだけどな……。
次の美優は僕の手差し出し補助する。そして彼女も手を取る。
意を決して飛び上がるものの明らかに飛び方がおかしいのか僅かに距離が足りない。慌てて握っていた手を引き強引に引き寄せ抱きとめる。
後ろで和花が「しまった。その手があったかぁ」と呟いていたがまさかとは思うけど狙ってたの? 身体張ったアピールは色々状況を考えていただきたい。
「すみません」と真っ赤な顔で言って直ぐに離れていったから狙っての行為ではないと思うけど。
健司はというと、「俺には手を差し伸べてくれないのか? ひどい差別だ」と笑いながら跳躍し問題なく着地を決める。冒険者の能力水準として装備付きで助走なしの幅跳びで0.38というのがある。美優には頑張ってもらうしかない。
更に八半刻ほど坂を下りようやく平坦な場所に着いた。
「扉が三つあるね」
まっすぐの通路の正面と左右に一つずつ両開きの大扉が存在する。どれも木製だが蝶番などの金属部分に錆びすら浮いていない。恐らくは【品質保全】の魔術が施されているのだろう。
「で、どれから開けるよ?」
「構造的に右の扉は開けるのが怖いね。たぶん上の部屋の真下になると思う」
「そりゃ勘弁だな…………なら左から行くか?」
健司はこういう時、決断が速い。
「瑞穂」
「ん」
瑞穂の声をかけると僕らの話が聞こえていたのかすぐさま左の扉の罠を調べ出す。
程なくして”鍵がかかっているが問題なし”と手信号で知らせてきた。
なら、開けてしまうか。
「開けちゃって」
「ん」
瑞穂は返事をすると道具を取り出す。通称盗賊の七つ道具だ。そこから針金を取り出しカギ穴に差し込み暫く格闘するも鍵が開く気配がない。
「瑞穂?」
そう呼びかけるが返事がない。それどころか何やら呟いている。
「綴る、付与、第一階梯、技の位、開放、解錠、発動。【開錠】」
カチリと音がした。
「…………」
「……開いた」
まぁ…………確かに開いたね。よーするに鍵開け作業には失敗したって事だよね。もしかして意外と負けず嫌いさん?
瑞穂は褒めて伸びる娘なので、ここは頭を撫でておこう。
中に誰もいないとは思うけど慎重に扉を押し開く。
当たり前だが室内は真っ暗だ。
魔法の鞄にしまった棒を取り出し呪句を紡ぐ。
「綴る、八大、第一階梯、彩の位、光、白光、輝き、発動、【光源】」」
棒の先端が白く輝き周囲を照らす。室内はかなり広く【光源】の効果が及ばない奥は真っ暗である。 見える範囲にあるものは天井まで届く大量の紫檀製の本棚と朽ちた大量の本だった。
本が朽ちてるのに棚が無事って言うのも妙だな?
「ここって資料室だったのかしら?」
和花も自身の持つ世界樹の杖の先端に【光源】を灯し部屋の奥の方へと歩んでいく。やる事がなく落ち着かないのかその後ろを美優が付いていく。
二人の姿が本棚の向こうへと消えていく。
朽ちかけた本を拾ってみるとバラバラになって床に散る。装丁は豪華だし頁は中質紙である。だが何が書いてあるかは読めない。手書きの本ではなく明らかに印刷物なのだがインクが掠れてしまっていて判別できないのだ。だがこれだけ大量にあるのならどれか読めるレベルのモノがあっても…………。
「おい、こっちに扉があるぞい」
暗視のある地霊族らしく灯りを灯さず、和花たちとは別方向の部屋の奥へと進んで行ったゲオルグの声だ。扉を調べる為に瑞穂がそちらへと向かう。明かり持ちの状態の僕もそちらへと向かうか。
「悪いけど、健司は和花たちの方をお願い」
「任された」
健司はそう答えてガシャガシャと音を立てて去っていく。
僕がそこに到着した時にはもう扉は解錠されていた。
「奥から僅かに風が来るようなんじゃが…………」
ゲオルグがそう言うように扉の隙間からほんの僅かであるが風を感じる。ドアノブを握り意を決して開けようと思ったとき————。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
美優の悲鳴が広い室内に響き渡った。
「こりゃ、なんだ!」
次いで健司の声が聞こえてくる。状況を確認するために僕らは走り出す。
「こいつ、硬ぇ!」
僕らが到着した時に戦闘が始まっていた。健司の三日月斧の一撃が堅い外殻に弾かれたのである。
そいつは壁を突き破り出現したようだ。大穴が開いている。地這い巨大虫系の怪物だが直ぐに名前が出てこない。
環形動物類っぽく複数の体節を持つが特徴的なのが頭部の役割を持つ口前葉が一番前ではなく円形状の口が正面にある。
それを囲むように人の頭ほどある巨大な鋭い歯が何列も見える。滴る液体が床に触れると石材が溶けるところを見るに岩喰這蟲に違いない。
こいつら名前に反して雑食で口に入れば何でも喰う。外殻で健司の攻撃を弾き最初の獲物に和花と美優に定めたようで身体の大きさに見合わぬ速度で襲い掛かる。
そのとき美優の悲鳴に被さる様に和花の呪句響く。
「綴る、創成、第五階梯、守の位、魔盾、魔力、障壁、持続、発動。【不可視の大楯】」
【不可視の大楯】の魔術が完成し間一髪で正面に不可視の障壁が展開され岩喰這蟲が激突する。
【不可視の大楯】の魔術はあの場所からは動かすことはできないし耐久力も無限じゃない。
「側面から斬りかかるぞ!」
僕はそう指示を飛ばし立ち止まり呪句を紡ぐ。
「綴る、八大、第二階梯、付の位、火炎、増強、炎撃、対象、発動。【火炎付与】」
魔術の完成と共に、僕、健司、瑞穂、ゲオルグの武器から炎が吹き上がる。
一番素早い瑞穂が中段の構えから初動が分かりにくい【疾脚】で間合いを詰め炎を纏った刃を硬い外殻に難なく突き入れ潜り抜けるように切り裂いていき反対側にいる健司の方へと移動を果たした。こっち側から三人で攻撃するにはスペースが足りないからだ。
痛みで巨体を捩ったところへ二番手の健司が裂帛の気合と共に炎を纏った魔闘術の【練気斬】をもってして固い外殻を切り裂く。
身体を捩った際に強酸が飛び散り周囲の本棚や床が溶ける。
「次はこっちじゃ!」
ゲオルグが炎を纏った大斧を大きく振りかぶって走り寄り気合と共に振り下ろす。
ゲオルグの怪力と遠心力によって硬い外殻を打ち砕き大きく切り裂く。
最後は僕だ。
霞の構えからの【八間】で瞬時に飛び込みその運動エネルギーと【練気斬】よる刺突が堅い外殻を貫き深々と突き刺さり内部を炎が焼く。素早く足をかけて剣を抜き距離を取る。
流石に巨体だけあって撃たれ強い。




