158話 多脚戦車?
2019-10-27 サブタイを変更
そこは真っ暗闇であった。
そう認識したと同時に激しい倦怠感と嫌悪感と嘔吐感が襲う。一瞬だが罠だったのかと思うが必死に堪えて呪句を口ずさむ。
「綴る、八大、第一階梯、彩の位、光、白光、輝き、発動、【光源】」
魔術が完成し僕の目の前を中心に白い光が周囲を照らと周囲を確認する。両開きの大扉が一つあり、一党ははぐれる事無く六人揃っている。部屋の中央に巨大なレンズのようなものとそれを支える台座が鎮座している。何かの魔法装置か魔導機器だと思われる。
「みんな…………」
気持ちの悪さを堪えながら声をかけると、
「生きてるぞ」
「大丈夫じゃ」
「……気持ち悪い」
「……ん」
「…………」
一人返事がないのが居るが身じろぎしているし意識はありそうだ。
とにかくこの環境を何とかしないとまともに活動できない。思い出せ、この感覚に覚えはないけど、こういう現象に陥ると聞いたはずだ。誰に? もちろん師匠にだ。
この一年数か月で師匠からは様々な事を教わった。記憶の引き出しを必死に開けて回る。
そして一つの答えに行きつく。
「これって万能素子酔いか!」
この空間に濃密どころか人体に影響が出るレベルで過密な万能素子が存在する訳だから、そうと分かれば対処は簡単だ。
再び呪句を紡ぎだす。
「綴る、基本、第四階梯、破の位、消失、万能素子、制限、空間、発動。【万能素子消失】」
魔術の完成と共に周囲の空間の万能素子が霧散していくのが分かりホッと一息を…………万能素子が消えない……だと?
間を置かず再び不快感と嘔吐感と倦怠感が僕らを襲うのを堪えつつ這いずるように表開きの大扉へ進みドアノブを掴み身体を引き上げる。そして罠の有無などお構いなしに扉を引いて開ける。目の前は通路の様で黴臭い香りが鼻につく。それと同時に部屋に充満していた万能素子が通路へとあふれ出す。
そして呼応するように通路に明かりが灯されていく。
「みんな! この部屋から早く出るんだ!」
僕の必死な叫びにヨロヨロと動き出す。この部屋に長時間いることは危険だ。ぐったりしている美優に肩を貸し部屋を出る頃には三人は廊下に座り込んでいて僕らが出たと同時に勘のいい瑞穂が大扉を閉める。
「やっぱりか…………」
思わずそう呟いてしまった。
あの部屋は中央に鎮座していた何かの魔法装置か魔導機器によって万能素子が集約させられているようだ。部屋の壁や扉には万能素子を遮断する何かがあるのだろう。万能素子自体は普通に存在するが先ほどのような三重苦はもう感じない。
あれは何か記憶の引き出しを探ってみたが、どうやら見た事も聞いた事もないようだ。迷宮都市ザルツの迷宮の下層は濃密な万能素子によってあの部屋と同じ状態なのだろう。そうなると攻略自体は不可能じゃないだろうか?
「あ、そうだ!」
冒険者組合の地脈調査依頼の件を思い出し魔法の鞄から測定器を取り出す。
スイッチを入れ板状器具端末を覗き込むと…………。
「そういえばそんな仕事もあったわねぇ」
僕の左側から覗き込んできたのは安定の和花だった。不思議な事に昔から必ずと言っていいほど左なんだよね。何か意図があるのだろうか?
板状器具端末に表示されるグラフのようなものが地脈の異常を示していた。
「それって、地脈の異常を示しているんでしょ?」
「うん。…………?」
和花に対しやや曖昧な返事を返した時だった。瑞穂が[鋭い刃]を抜いて構える。
通路の奥からガシャガシャという物音と「侵入者発見」という機械音声みたいな下位古代語が聞こえてきた。
慌てて立ち上がる健司とゲオルグであったが相手の方が僅かに早かった。姿を現したそいつは体高0.5サートほどの六本足の…………多脚戦車だった。戦車と称したのは無限軌道を脚に変えたらそう見えたってだけの話だ。本当は何て言うのかは知らない。そいつの砲塔に相当する塊が動き砲口がこちらを向く。
「排除する」
機械音声のような下位古代語と共に砲口が光った。
「ぐぁ!」
実体弾ではなく魔法的な何かだったようだ。それを喰らった健司が叫びをあげて崩れ落ちる。あの感じは【昏倒の矢】の魔術に近い。
「どりゃぁぁぁぁぁ」
ゲオルグが雄叫びと共に愛用の大斧を肩に担ぎ走り出す。
「排除する」
再び機械音声のような下位古代語と共に砲口が光った。
「ふんっ! 効かんわ!」
ゲオルグはどうやら気合で抵抗したようだ。次弾が放たれるより前に懐に飛び込んだゲオルグの気合の一撃が車体装甲をカチ割り内部の機械構造をまき散らす。
機械構造! って事はこの遺跡は古代魔法帝国時代の遺跡ではなく魔導機器帝国時代の遺跡なのか。
音もなくスルリと接近した瑞穂が[鋭い刃]で左前肢に斬りかかるも大柄な見た目に反してバックステップで多脚戦車が斬撃を躱すと着地と同時に左前肢を振り上げる。その先端には鉤爪がある。
そしてそれは空振りし平衝を崩した瑞穂へと左前肢を振り下ろされる。
「嬢ちゃん! 左じゃ!」
ゲオルグの声に反応して瑞穂が左へと転がる。振り下ろされる左前肢が堅い石材の通路に突き刺さった瞬間に飛び込んできたゲオルグの大斧の一撃が前肢を叩き折る。
転がった瑞穂は起きざまに右前肢を[鋭い刃]で切断する。
前肢を双方失い、やや平衝を欠く状態だが多脚戦車の砲塔が動く。
背の低い瑞穂と地霊族のゲオルグだとちょっと砲塔に攻撃できない。
「「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、電撃、紫電、稲妻、発動。【電撃】」」
僕と和花が図らずも同じ魔術を同じタイミングで発動させた。
二本の紫電は本体と砲塔を貫き多脚戦車は煙を上げ動きを止めた。
「悪い。油断したわ」
多脚戦車が機能停止し程なくして麻痺していた健司が回復した。腹いせにゲシゲシと動かない多脚戦車を蹴りつけている。なんにしても実弾や【魔力撃】でなくて良かった。まだ呪的資源に余裕があるとはいえあくまでも僕らが対応できる怪我は重傷までだ。
ふと後ろから視線を感じ振り返ると美優が怯えた表情をしている。これまで近くで戦闘を見る機会はなかったのだろう。普通はやっぱ怖いよね?
「大丈夫? も————」
気を紛らわせようと声をかけようとすると、それに被せるように「平気です!」と返事をした。全然平気じゃないから声をかけたんだけどなぁ…………。
もっともここで帰りたいと駄々をこねられても出口が何処かすら分からないんだけどねぇ。
如何したものかと悩んでいると和花が、「樹くん。美優ちゃんは私が気にかけておくから貴方は今後の方針を決めて」と囁いた。
「ごめん。任せる」
美優の件は気にはなるけど、今は仕事に集中しよう。ここは安全な場所ではないのだから。
地味にへこむ。




