156話 追跡
ちょっとグロいかも。
動かなくなった赤肌鬼を引きずって納屋の前に放り投げると、自身に【洗濯】の魔術をかけて綺麗にしてから再び巡回を始める。
三の刻、村人が動き始める頃に僕も巡回をやめて一息入れる。村長さんの家へと向かい赤肌鬼二匹を討伐し、手負いの一匹を逃がしたと報告する。
目撃された赤肌鬼の数は四匹だという。最低四匹倒して森の中をある程度探索しない事にはこの仕事は終了扱いにならない。
朝食後に森へと追跡に入ると報告して納屋に戻ると、健司がご立腹であった。
「おい、目が覚めて外に出たら赤肌鬼の死骸が足元にあって焦ったぞ」
「あ、悪い。まだ起きてないかと思ったんだよ」
流石になんとなくイラっとして放り投げておいたとは言えない。みんなを起こし簡単に黒麺麭、いわゆるライ麦パンと乾燥野菜の汁物で朝食を済ませる。
毎回思うけど、このライ麦90%以上で作ったライ麦パンって保存が利くけど堅いし、日本帝国人には馴染みがない味なんだよね。汁物もコンソメとか超高級品だから塩と香草がほんのり入っただけでこれも味が微妙なんだよなぁ。
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瑞穂を先頭に森へと入っていく。予想通りに負傷した赤肌鬼の血痕があちこちにあり追跡は楽だった。四半刻ほどで俯せに倒れている赤肌鬼を発見。昨夜の戦闘で放った【魔法の矢】は脇腹を貫いていたようで死因は出血死のようだ。
あまりやりたくはないが討伐証明として赤肌鬼の鼻を削ぐ。
「最低でも、あと一匹か……」
健司がウンザリそうに呟く。事前に確認した情報ではこの森の大きさは芦ノ湖くらいのサイズだ。ザックリ言えば迷宮都市ザルツの師匠んところの敷地が六個分って感じだろうか? そう考えると結構大きいじゃん。そのなかで放浪赤肌鬼を探し出すのは地味に苦痛だ。
「ねぇ、ねぇ、今回の赤肌鬼は、恐らくだけど放浪だと思うんだけど、みんなはどう思う?」
やる事がなく暇な和花の問いに一同頭を捻る。
「正直言って俺にはさっぱりわからないんだが、小鳥遊はなんか根拠があるのかよ?」
まず最初に口を開いたのは健司だった。
「ん~…………。女の勘?」
だが、それに答えた和花の意見も酷いモノだった。一同呆れかえる。次に口を開いたのはゲオルグだ。
「儂の勘じゃと奴らは放浪だと思う。根拠としては微妙じゃが昨夜に村長から聞いた赤肌鬼どもの行動がどうにも上位者の存在が感じられんのじゃ」
たぶんこの世界の住人としての経験則なのだろう。だけどもう一歩踏み込んで回答して欲しかった。
「この赤肌鬼は痩せ細っている。昨日の話だと何回か村の鶏を盗んだのにおかしい」
そう口にしたのは瑞穂だ。そう言って赤肌鬼を指さす。赤肌鬼は雑食性で腐肉を食べても腹を下さないくらい胃腸が丈夫だが、食べる量は身体相応である。
改めて観察すると以前見かけた赤肌鬼に比較しても確かに痩せ細っている。
「樹くんはどう思っているの?」
「根拠としては微妙なんだけど、放浪同士の小規模な群れで何らかの事情で移動が出来ないんじゃないのかと思ってる」
「根拠は?」
「本来、赤肌鬼は非常に憶病な生物だ。放浪だと定住せずになるべく人里から離れる筈なんだけど村長の話だと既に最初の目撃から一週間は経っているのに未だに村へと盗みに入るのはおかしいんだよ」
僕は一旦考えを纏める為に口を閉ざし思案する。本来は臆病な赤肌鬼がイキリだすのは数の上で有利と判断した時だ。思い返してみれば昨夜倒した赤肌鬼も痩せ細っていた。
仲間が負傷していて自然治癒で治るまでここに留まっている? いや、ありえないなぁ。10歳を過ぎた年寄り赤肌鬼とかを足手纏いになるからと見捨てる彼らがそんなことするだろうか?
「まさか…………ね」
「ん? なに?」
思わず漏れた独り言に和花が反応を示す。「単なる独り言」と言って話を逸らす。
「瑞穂。ここを中心に徒歩で半刻圏内の区画を隈なく探索したい。うまく誘導してくれる?」
瑞穂は頷き前進を始める。一同が答えを聞きたがっていたが僕がしゃべる気がないと悟り黙って瑞穂についていく。
僕の予想が当たっていれば最低でも二匹、多ければ六匹くらいの赤肌鬼が居る。
半刻程歩き回り、僕らはそいつを見つけた。
「この赤肌鬼は弩、いや正確には軽弩で殺られているのぉ」
ゲオルグが言う通り、その痩せ細った赤肌鬼の喉元には太矢が突き刺さっていた。
死後数日が経過しているのか既に腐敗臭が周囲に漂っている。美優は目を逸らし青い顔で口元を抑えている。残りも鼻をつまんでだりして匂いを嗅がないようにしている。全身に浮腫みが出ており腹は腐敗ガスで膨らみ所々に水泡も浮き出ている。
「他の冒険者に殺されたんだな」
鼻を抑えたまま健司が呟く。僕は無言で赤肌鬼の鼻を削ぐ。報告義務があるので臭いとか気持ち悪いとか言っていられない。何度か吐きそうになりつつ回収した鼻を小袋に放り込む。
赤肌鬼の周囲には鶏の大量の羽根と血らしき染みがある。恐らくだが、赤肌鬼が村から盗んだ鶏を食料代わりに横取りしたのだろう。
「同業者とバッタリ遭遇して揉めるなんてないよな?」
健司のその問いに誰も答えを口にしない。なんていうか答えたらフラグ立ちそうじゃん。
「これで終わり?」
「いや、僕の予想が正しければ最低でもあと一匹はいるよ」
「勿体ぶるのね?」
「当たって欲しくないからね」
「ふ~ん……」
それっきり和花は押し黙るので、僕は瑞穂に探索を続けてと指示する。
陽が中天に差し掛かる頃に目当てのものが見つかった。
その巨木の洞の奥に僅かだが足が見える。肌の色から赤肌鬼で間違いない。
取りあえず瑞穂に声をかけ耳打ちする。頷いた後に周囲を見回して拳サイズの石を三つほど拾いそのうちのひとつを巨木の洞へと投擲する。
見事に命中しくぐもった悲鳴と共に飛び起きて洞から飛び出したのは、僕の予想通りである雌の赤肌鬼だった。
「おい、まさかとは思うけど……」
健司も察したのかそこまで言って口を閉ざす。
六対一の構図なのに雌の赤肌鬼は逃げる気配がないどころかこちらを威嚇する。仕事は言えきつい。いや、こっちの人にとっては些事なんだろう。
「もういいじゃろ?」
ゲオルグはそう言うと此方の返事を待たずに飛び込み戦斧を振り下ろす。それは狙いたがわず戦斧は肩口から胴体半ばまで切り裂いたのだった。
「で、あれはどうするんじゃ?」
討伐証明に鼻を削ぎゲオルグはこちらを見つつ左手の親指で洞を指し示す。
やはり居るのか…………。
外の様子が気になったのだろう洞から現れたのは身長12.5サルトほどの四体の赤肌鬼の幼児だった。
赤肌鬼は犬と同じような年齢計算をする。生後一年で成人するので現在のサイズだと生後三ヶ月くらいだろうか?
見逃す手もある。親もいないしほぼ間違いなく飢えて死ぬだろう。だがもし生き残ったらこいつらは人間への復讐心に駆られるに違いない。
静かな森の中に弱々しい悲鳴が四つあがった。
昔TRPGで同じような展開をやったことがありますが、「ひゃっほぉぉぉぉぉ経験値だぁぁぁぁ」で虐殺でしたわ。




