150話 再出発
翌朝になって衛兵達は引き上げていった。
朝食を終えて思い思いに寛いでいると主扉がノックされる。
「こんな時間に誰だよ…………」
一番近くにいた健司が文句を言いつつ扉を開けると————。
「元気にやってるか?」
そこに立っていたのは師匠だった。
迷宮都市ザルツで別れてからまだそれほど月日はたっていない。いったい何の用だと思ったらそのまま健司を連れ出してしまった。
暫くして健司が一人で戻ってきてこう言った。
「暫くこの魔導騎士輸送機をヴァルザスさんに預けるんで色々と準備してくれ」
「何が始まるんだ?」
「整備と改造…………かな」
整備するにはまだ時期が早い気がするし、本命は改造だろうか? だが持ち主である健司が決定した以上は従うしかない。全員が身支度を整えて外に出ると代わりに見知らぬ人が乗り込み魔導騎士輸送機を動かす。回送の為だ。そう言えば僕らの魔導速騎や魔導客車はどうするんだろう?
「樹さん。別行動をとりたいのですが」
そう言ってきたのはハーンだった。魔導騎士輸送機ごと預けてしまうと仕事も殆どなくなるし勉強も兼ねて回送先に同伴したいと言うのだ。彼も契約外なのは承知しているので期間延長してくれて構わないと言う。先ほどまで師匠と健司とハーンとで何やら話し込んでいたので思うところがあるのだろう。
「判った。許可するよ」
「ありがとうございます。一回り成長して帰ってきますよ」
そう言い置いて去っていく。彼の頭の中は既にこれからの事で一杯なのだろう。
さて、そうなるとアンナの処遇をどうするかだ。魔導騎士輸送機がないとなると彼女の仕事もなくなる。
アンナを呼び出しどうするか意思確認する。
「私が同伴してもお邪魔でしょうし解雇でも構いませんよ」
確かに連れ歩くには問題も多い。解雇扱いだと購入した際の金額の一部が返ってくるが整備に出す期間はせいぜい二か月程度だ。次の主人が僕らほど厚遇してくれるとは限らないしね。
「ならハーンについていってアイツの面倒を見てやってくれないかな? もちろん契約期間に含めるよ」
「畏まりました。では、失礼します」
そう言って足早に去っていく。ま~彼女とはあまり交流してなかったしなぁ。
そう言えば健司はタレ耳亜人族のピナの処遇をどうするんだろう?
キョロキョロと周囲を見るが姿が見えない。僕と同じで解雇せずに預けたんだろうか?
そのとき視界に師匠との再会を喜び合っているフェルドさんが見えた。あーそうか…………師匠と会うのが目的での同伴だからあの人ともここでお別れかぁ。まだまだ教わりたい事があったんだけどな。
そしてフェルドさんとも型通りの挨拶を交わし別れ、残ったのは師匠と僕ら五人の他に子犬が一匹だ。
「おい、そこの犬はあまり人目に触れさせないほうが良いぞ。分かる奴には一発で分かるぞ」
師匠が僕に近づいたと思ったら真っ先にそんな忠告をしてくれた。
「やっぱりバレますか?」
「魔術で変じたのだから【魔力探知】で変身した犬ってバレるぞ」
「やっぱバレるか…………」
急いで聖都ルーラを出るかと考えていると、師匠が魔法の鞄から腰袋と装身具を二つ取り出し僕に手渡す。
装身具は一つは女性向けの大きめな淡いピンク色の紅水晶が埋め込まれた指輪だ。もう一つは淡いピンク色のシャンパン柘榴石がはめ込まれた耳飾りだ。
腰袋は僕らが使っている魔法の鞄だろう。
「これは?」
「そこの娘をいつまでもそんな格好にしておくわけにもいくまい」
ほぼ正体を特定されているって事だろう。彼女の偽装用の魔法の工芸品だろうか?
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師匠の計らいで一度出国して、外に待機していた師匠の巨大な魔導騎士輸送機にお邪魔する。迷宮都市ザルツへ赴く際に乗り込んだ奴だ。このまま中継都市ミルドへ移動する事となる。
何故なら————。
「お待たせしました」
僕らがいる大食堂に入ってきたその人物は淡いピンクブロンドのミディアムボブの髪に祭司帽を乗せ、瑠璃色の瞳に白磁のような肌、纏う衣装は大地母神の法衣をした女性だった。
だがその声には聞き覚えが、いや、よく見ればその顔も…………。
「み、美優?」
師匠の魔法の工芸品で見た目が変わった美優だった。【変装】とも違う。雰囲気も含めてかなり変わっているのだが、よくよく見れば美優に見えるのだ。
他の面子は全く気が付いていなかった。表情が「え?」って感じに固まっているのである。
「裏技を使って偽装してみたが、声は変えられなかったからやっぱ分かる奴には分ってしまうか…………」
そう師匠が説明してくれたが、この対策は今後美優を冒険者として登録して普通に生活させるための処置である。幸いなことに美優の生体情報はまだどこにも登録されていないので最悪の場合でも何となく聖女様に似ている女性でまかり通るのだ。
「しかし…………意識すると美優だと判るのに、気を緩めると別人に見えるんだろう?」
「それは【認識阻害】の魔術の影響だな。魔力強度的に巧くいくと思ったが、やっぱ婚約者殿には思い入れが強いのか通じないか」
と師匠がニヤニヤとそんな事を言う。
やめてください。約二名露骨に不機嫌になってる人がいるんで。
冗談に飽きたのか師匠が今後のスケジュールの説明をしていく。
まずは美優の適性を見て必要な教育を施しつつ、中継都市ミルドで冒険者として登録させる。恩恵は当面は封印して聖職者以外で何が出来るか模索するとの事だ。
和花からの報告だと精霊使いか魔術師になるんじゃないかとの事だ。
まぁ…………あの細腕で戦士が出来るとも思えない。武家の姫さんは武芸は必修じゃないから習ってない人が多いんだよね。和花は例外で杖術を習っていたけど。
あとは他の面子の違和感を調整する事だ。無関係のゲオルグは問題ないとしてそれなりに面識のある僕らはやっぱ外見の変化と【認識阻害】の影響で違和感がある。
僕らは迷宮都市ザルツで受けた調査依頼があるのでそれを熟しつつ美優の冒険者の階梯を銅等級まで引き上げようという話で本日は解散となった。
翌日から美優の適性の確認が始まった。速攻で肉体的素養は全滅と判定が下された。師匠曰くセシリーより酷い。純粋な術者以外は望みがないと言われた。そして想定していたように体力が皆無だ。まずこの体力をなんとかしなければお話にならないと言われ、ひたすら持久走をすることになる。そして走りのフォームが典型的な女の子走りなのも宜しくなくそこも矯正しなければとの事だ。
典型的な女性の骨格は肩幅がせまく骨盤が大きいからか普通に立つと女性の腕は肘から先が体の外側に開くようになる。その為か特に訓練しないと腕を縦に振るより横に振った状態で身体に刷り込まれるらしい。そのうえ上体も前屈気味ではなく反り気味になって空気抵抗も増える。運動の苦手な女性の特有のフォームだと言う。短距離の走破で足が遅いのも致命的だ。特に撤退するときにね。
体力に関しては冒険者になるなら、一日で7サーグの徒歩の行程を数日は続けられないと困るのだ。しかも日本帝国時代と違い性能の低い靴を履いてである。
実は師匠曰く魔法の物品の中には徒歩での移動の疲労を軽減する旅路の長靴というモノがあるとの事なんだけど、それは一人前になってから買うものだとの事で当面は付き合いで僕らも購入禁止を言い渡された。
美優の加入によってまたもや底辺冒険者風な生活に戻った。まずは食事である。これは質の高い生活水準しか知らないと精神の弱いモノには底辺生活に耐えられないので状況次第ではこんな食生活もあるぞという体験だね。
流石に泥を啜るとかはないけどまずいネズミ肉の干し肉とかやたら硬い麺麭とか殆ど味のない汁物とかである。
そんな感じで一週間ほどが過ぎ去って美優が冒険者として登録した。
予想通り精霊使い兼魔術師という純後衛となる。ただ予想外だったのは料理裁縫などの家事関係が優秀なのである。料理は瑞穂も問題ないがこれはありがたい。




