149話 唐突の来訪者
使用人枠のアンナとピナも既に就寝している。居間に居たのは僕だけだったので、「こんな夜分に非常識な」とぼやきつつ主扉を開ける。そこに居たのはイケメン枢機卿だった。
「夜分遅くに申し訳ない。タカヤ殿を呼んでいただけないだろうか?」
多分僕の表情は引き攣っていただろう。すでに余計な先入観が植え付けられているからだ。しかしこんな夜分に一人で…………。
いや、よく見れば少し離れたところに馬車が見えるし、馬車周りに数騎ほど随伴が居る。
「僕がタカヤです。どういったご用件でしょうか?」
周囲に審議官が見当たらないが魔法の工芸品もあるから言動には注意せねば。僕の中で警戒レベルが跳ね上がった。
「すまないが入れてもらえないだろうか?」
「あぁ、気が付かなくてすみません。どうぞ」
そう答えてソファーへと誘導する。てっきり連行されるかと思ったけどまさか一人で乗り込んでくるとは…………。
お茶菓子でも出すかと思っているとタイミングよくアンナが部屋から出てきたのでお茶出しと和花への言伝を頼む。自体の大筋を聞いているアンナは無言で頷き一度部屋に戻る。流石に女性用寝間着でお茶出しは失礼だろうしね。
「若いのにこれほどの設備と使用人をお持ちとは冒険者というのは儲かるのだね」
枢機卿がソファーに腰を下ろし最初に放った言葉がそれだ。僕らの場合は師匠のおかげだけどねとは言えない。
「たまたま運が良かっただけです。冒険者なんて底辺の賭博師と大差ないですよ」
僕はそう回答して対面に腰を下ろす。正直どんな用件で来たんだ? 暫く沈黙が続く…………。
「失礼します」
支度を整えたアンナが物音立てずにお茶を出していく。こっちの世界のマナーは良くわからないし先方も特に無反応なので問題ないのだろう。一礼して去っていくアンナを見送ったあとイケメン枢機卿がお茶をひと口付けて何やら感心する。
「中原アンブルム王国産の緑茶…………それも最上位級とは、若くして成功した冒険者とは聞いていましたが…………失礼ながら冒険者はもっと粗野な人種だと思っておりました」
そう感想を漏らすのだが、たぶんその感想は間違っていない。僕らは元の世界なら特権階級だし、師匠も結構礼儀作法には煩いところがある。
「いえ、これも師の教えの賜物です」
「なるほど、流石はヴァルザス殿の弟子というわけですか」
どうやらこちらの素性はある程度調べてきているようだ。やはり美優を匿ってるのを探りにきたのだろうか?
「夜分遅くに押しかけて無駄話もなんだね。本題に入らせてもらう————」
結論から言ってしまえば美優を攫った組織に心当たりはないかという事だった。
なんでも流星が落ち衛兵本部が消滅し捕縛していた黒長衣は消滅、審議官や衛兵の多くも生死不明。命令書も消失となり僅かでも手掛かりが欲しくて藁をも掴む思いで僕らのところに来たようだ。
「一つ伺いたいことが————」
僕はそう前置きし、行方不明の聖女の身体に紋様呪のような痣がなかったかと質問をした。立場を利用して毎夜毎夜全裸にして全身舐めまわしてハァハァしてたんなら見たんだろう? とは流石に聞けなかったけど。
「確か…………右の内腿に…………見た気が…………」
イケメン枢機卿がブツブツと独り言に思わず突っ込みそうになる。
おいおい、建前上は複数の神殿で聖女認定されている美優に男のあんたがいつ、どこで内腿を見る機会があるんだよ。君らが着る法衣は性的アピールするような衣装じゃないじゃん。まー胸は仕方ないとして。
「右の内腿にそれらしいものがあるね」
イケメン枢機卿は、はっきりとそう言い切った。
「枢機卿猊下は、聖女殿の内腿を拝む機会があったと?」
その途端に「あっ」って表情をした。
こいつは馬鹿だ。せめて「付き人から報告を受けている」って言えよと言いたくなったがそこは黙っていよう。本当に次期法皇候補なのか? 腹芸もできないやつに政治の世界は無理だと思うのだが? まさか偽物なのか? それとも周囲に担がれただけの本物の阿呆なのか?
慌てて「そう報告を受けている」と取り繕ったが遅いんだよ!
「なるほど…………以前に僕が関わった事件に似ていますね」
気が付かなかった振りをして迷宮都市ザルツで遭遇した事件についてざっくりと話していく。
「————その時の誘拐された女性の特徴と酷似しているので同じ組織ではないかと思います」
そう締めくくった。
「…………指定依頼を出せば受けてもらえるかな?」
少し考え込んでていたイケメン枢機卿は遠慮がちに尋ねてきたが、指定依頼は実質強制依頼だぞと言いたい。依頼内容を組合が精査し活動状況や実績などを加味して組合が許可を出すとほぼ断れない。断れば罰金と罰則がつく。勘弁してほしい。
「具体的な内容次第かと…………」
取りあえずダメとは言えないので僕はそう答えるしかなかった。
「ありがとう。考えがまとまったよ。衛兵は引き払うから君らは自由だ」
そう言ってイケメン枢機卿は立ち上がり、「見送りはいいよ」と言って主扉を開け、「夜分失礼したね」と言って出ていった。
あいつはいったい何しに来たんだ?
僕はアンナの部屋の扉をノックし、片付けと居間の消灯をしたら寝てくれと伝えて和花の部屋へと向かう。
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「ちょっと待ってて」
和花の部屋をノックすると中からそう返事があり、やや間をおいて扉が開く。
「あいつ、帰ったの?」
「帰った。それで話がある」
そう答えると無言で中に招かれる。室内には和花の他にベッドに美優がちょこんと座っている。扉があくまでに間があったのは子犬に変じていた美優が着替えていたからだ。
「それでなんだって?」
美優のとなりにちょこんと腰を下ろした和花が早速切り込んできた。
ざっくりと先ほどの会話を説明すると何やら考え込むので、僕の方は美優にいくつか気になった事を確認する事にした。
「聖女扱いの美優の立ち位置ってどんな感じだったの?」
「…………名目上は中立でしたけど、実際には…………」
美優が言いよどむ。流石に何度も同じ不快な話を本人にさせる気はないのでこれはいい。
「名目上はという事は裏で揉めていた?」
「一部では苦情があったと聞きます。でも、それもいつの間にか立ち消えになりました」
複数の神殿、この場合は複数の宗派から聖女認定されているという事は、通常は政治的な力が働き神輿は中立的立場って扱いになるんだが、金か女か政治力で黙らせた感じかな? 後は一部の潔癖な聖職者を左遷したとかだろう。
「神殿内での基本的な格好は?」
「質問の意図が良くわかりませんが、普通に法衣か武装してますね」
「性的な格好とかはない?」
「まさか! 愛欲の女神の神娼ならいざ知らず」
そうですよねー。
「聞きにくいんだけど、右の内腿に痣というか模様のようなものがあるって本当?」
一瞬ビクっとしたが何かを悟ったようで「あります」と消え入りそうな声でそう答えた。
僕は魔法の鞄から一枚の【魔化】済の白い紙を取り出すと呪句を口にする。
「綴る、生活、第三階梯、彩の位、触媒、記憶、抽出、転写、発動、【念写】」
魔術が完成すると僕の記憶の引き出しから例の紋様呪が紙に映し出される。
「和花、悪いけど確認してもらっていい?」
思案中の和花に紙を突き付けて、美優の右の内腿の痣っぽい何かと比較してくれとお願いする。
「…………ん? あーごめん。見てみるね」
珍しく深く思案していたのか一瞬だけ無反応だったが、一応耳には入っていたようで紙を受け取ると唐突に美優をベッドに押し倒す。
「きゃっ、せ、先輩?」
「良いではないか、良いではないか」
まるでどっかの悪代官のような口ぶりで和花が美優の女性用寝間着の裾をそろりそろりの捲っていく。程なくして際どいところまで捲り終えると「御開帳~」などと口に悪乗りして美優の脚を開かせる。
女性用寝間着越しに写る腰から脚へのラインが綺麗だなーとか益体もないことを考えていると突然身体に異変が。
鎮まれ! 我が愚息よ!!
緊急事態に目を瞑り師匠の話を思い出す。
『性欲を制御できてこそ一人前だ』
そんな師匠の声が聞こえた気がした! 頭の中で念仏を唱え素数を数え長いのか短いのか分からないが戦いは終わりナニとは言わないが邪念は静まり返った。
目を開くと紙が突き付けられており、やや頬を赤くした和花がニマニマしている。美優に至っては顔を真っ赤にして露骨に目を逸らしている…………。終わった…………。
沈黙に耐えられずに目を逸らしつつ紙を受け取り「どうだった?」と聞く。
「自分で見ればいいのに…………お願いすれば素直に見せてくれるよ。ね?」
最後の「ね?」は美優への確認だろう。場所が場所だけに禁欲生活の長い年頃男子には刺激がですね…………。
「同じだったよ。これを確認するって事は誘拐を目論んでいた連中は例の連中って事でいいの?」
僕を弄るのを飽きたようで口調を戻して回答してくれた。
「うん。それで猊下が僕らに指名依頼を出すらしい」
「内容は?」
「まだ分からない。正直聖女救出とか無理難題だったら罰則貰っても断るつもり」
「そうだよねぇ」
人口密集地に【魔流星】を落とすような頭のおかしい組織と敵対するには僕らは雑魚過ぎる。せめて僕らが銀等級になるくらいの実力があればそれなりに生還率も上がるだろうけど、いまの僕らじゃ自殺しに行くようなもんだ。
「ま、ここであれこれ考えていても仕方ないわよ。今日は遅いしもう寝ましょう」
結局答えが出ないまま解散となった。




