148話 今後の為の検証
2020-05-03 一部文章を修正
「今夜は遅いですし寝ましょう」
僕らは具体的な罪状などないにもかかわらず軟禁状態となっているが勝手に動けば面倒この上ないので事態が動くまで大人しくしていようという事になったのでこの場で解散となった。実際のところまだ夜中なのである。そろそろ僕も眠りたい。
おはようございます。
朝はいつもより遅めの三の半刻に目覚めた。この世界では二の半刻起きが普通だから十分に遅い。
遅めの朝食として軽く焼いた白麺麭に豚の燻製肉をスライスしたものと乾酪を乗せたものを齧り牛乳を飲む。
驚いた事に健司は昨夜の出来事を知らなかったという。かなりの爆音だったし滅多に揺れないこの魔導騎士輸送機が揺れたんだが、気が付かないモノなんだろうか?
朝食後に周囲にいる衛兵に確認を取ったが上層部が混乱しており少なくても本日は軟禁確定であることが分かった。
お昼までは基礎運動と軽い模擬戦を行う。これまでの経験で実戦を想定したガチな模擬戦闘はほとんど行わない。呪的資源は有限であり即応力が求められる冒険者としては訓練で貴重な呪的資源や体力を減らしたりするのはマヌケもいいところなのだ。もっとも訓練に怪我は付き物だから万が一には備えてはいる。
それに対人戦闘をどれだけ熟しても怪物相手では勝手が違うのか変な癖がつくので、それなら型通りに剣を振っていた方がマシとまで言われた。
僕がこの世界に来た際の序盤のスランプはこの辺りに由来する。手を抜かず真剣に行う事と無駄に身体を痛めつけるのとは別物だ。
これがゲームだったら魔法の水薬たっぷりあるから大丈夫とかなのだろうが、生憎僕らが居る世界はそこまで甘い世界じゃない。中毒や副作用もある。
しかしどーせ異世界に埒られるならイージーモードな世界が良かったと思わなくもない。
「ま、そんな世界だと一か月とかでやる事なくなって飽きそうだけどね」
そんなことを独り言ちる。
昼食は水鳥の油煮とライ麦の麺麭に甘藍、いわゆるキャベツのサラダだ。クリーム系のドロッとしたドレッシングがかかっている、今回はサワークリームっぽい何かだ。アンナに確認を取ったら乳酸菌発酵脂肪と呼ばれるものだそうだ。ざっくりいえばサワークリームもどきである。
後はポテトポタージュだ。
水鳥の油煮は塩と香料で味付けがなされ低温の油でじっくりと加熱する。保存食としても優秀で冬場などであれば数か月は持つという。特に御馳走というわけでもなく一般的な家庭料理だ。
食後はそれぞれのやる事に従事する。ハーンは騎体の分解整備、アンナは共同部分の掃除、ピナはアンナの手伝いだ。
健司は[功鱗闘術]の稽古、フェルドさんは昼寝、ゲオルグは瞑想、瑞穂は僕の隣で怪物辞典を読みふけっている。美優はと言えば和花を捕まえて、この世界の事をあれこれと聞き出している。彼女は籠の中の鳥状態だった為に結構知らない事が多いのだ。
そして僕はと言えば、今後の戦闘方法の課題について思案している。現状では開放を用いた魔戦術の【練気斬】の代替手段の模索と略式魔術と無詠唱魔術の選定だ。
開放を併用した【練気斬】は、本来であればタメが必要な技術だが、開放を使う事で瞬時に最大火力を叩き付ける事が可能になる。威力こそ必殺に近いが反動が大きく使えばほぼ戦闘から離脱する。今後の課題は制御能力の向上と体内保有万能素子を魔力に変換する霊的器官の導管の強化などだが、これは一昼夜では解決できない。
一方でいま使っている【疾脚】で間合いを詰めて懐に飛び込んでからの略式魔術の【昏倒の掌】の組み合わせはなかなか気に入っている。
近接戦に関しては[高屋流剣術]の武器で攻撃を受流して相手の態勢を崩す技である【刀撥】、極限の集中力で攻撃を見切る【飃眼】、緩急をつけて柳のように攻撃を躱す【飃身】、刹那の瞬間に対峙者に残像を見せるほどの動きで動く【残身】とある。【残身】は体力を大きく損なうからあまり使わないけど。
いま使える魔術で無詠唱化を考えるなら【囮】だろうか? これは飛び道具や射撃魔術対策だ。
後は遠近どちらでも使える【鏡像】や【緊急回避】、落とし穴対策で【落下制御】あたりだろうか?
もうちょっと魔術の制御能力が高ければ師匠お勧めの【防護圏】にするんだけどなぁ。
さて本来の課題に戻ろう。
無詠唱化で攻撃魔術はあまりお勧めされない。抵抗されるリスクも多いからだ。無詠唱の最大の欠点は術の拡張が出来ない。通常であれば範囲拡張、目標拡張、威力拡張、射程拡張、強度拡張と選択肢があるが無詠唱や略式にはそれがない。
ギリギリの近接戦闘なら【腹話術】も役に立つかも知れない。
「なら、コストがかかるが第一階梯の【自爆】とかどうだい?」
考え込んでいた僕に横から口を出してきたのは昼寝したはずのフェルドさんだった。
え? なんで考えていたことが分かったの? やだ、怖い。
「君、考えていたことが口から洩れてたよ」
表情に出ていたのだろうフェルドさんが呆れてそう口にした。隣の瑞穂も無言で頷いている。
「それで話を戻すけど、奥の手として開放の代わりが欲しいなら資金がかかるけど【自爆】という魔術があるよって話」
「自爆ってイメージが悪いんですが…………」
「まー見てもらった方が早いだろうね」
そういうとフェルドさんは「行くよ」と手招きする。
広い場所が良いとの事で荷台に移動した。
フェルドさんが徐に魔法の鞄から取り出したのは鍔に宝石が埋め込まれた細身の長剣だ。
「これは金貨1枚で買える下級品級の武器なんだけど、キモはこの鍔の宝石、精錬された万能素子結晶にある————」
本来の使い方は内包する万能素子を消費して刀身に魔力を纏わせるのだけの武器だという。だけど【自爆】を使う事で化けるという。
「説明するより見てもらった方が早い」
フェルドさんはそう言う分解整備に勤しんでいるハーンに許可を取り[ジル]の二次装甲で試し切りするという。
いくら超旧式の[ジル]とはいえ、その装甲厚は10サクロは越える。無謀すぎるだろうと思っていると、「始めるよ」と言って呪句を唱え始め、左手の指で刀身をなぞる。
「綴る、付与、第一階梯、破の位、魔力、解放、発動。【自爆】」
魔術が完成した何の反応がない。
「いくよ」
フェルドさんがそう言うと軽く剣を持ち上げ、振り下ろす。カツンとという音共に10サクロは越える装甲はパックリと裂けたのだ。そしてそれと共に剣はまるでガラスの様に粉々に砕け散った。後ろでハーンの慟哭が聞こえたが無視しよう。
「使い捨て前提だけど魔法の武器に内包する魔力を開放する事で莫大な威力を生み出すのさ」
その説明を聞いて僕は皮算用を始める。使い捨て前提かぁ…………。だがリスクは限りなく少なくなる。問題は数を揃えるのが難しい事かな?
「この万能素子結晶の剣自体は下級品級なんで割と見かけるんだけど、こいつを使うには鍔に嵌める精錬された万能素子結晶が高いんだよね……」
なんでも剣だけだと内包する魔力はそれほど多くないそうだ。ただ問題は精錬された万能素子結晶だ。ある程度の威力を出すためには最低でも金貨50枚は必要になる。
「一発撃つのに最低でも金貨51枚…………コスパ悪いなぁ…………」
勿論分かっている。命には代えられない。取りあえず何本か用意しておこう。そう思っているとフェルドさんが絶望的な事を口にした。
「ちなみに今使ったのは金貨150枚相当のだからね」
意気消沈のまま呪文書を眺めていたらいつの間にか夕飯の時間だった。羊飼いのパイというそうだが、僕らの世界だと英国のシェパーズパイに近い感じだ。あとは黒麺麭と春野菜がたっぷりと入った汁物だ。どれも東方では定番の家庭料理だとアンナは言う。彼女の作る料理は東方の家庭料理ばかりだが味は文句なく素晴らしく毎回みんなで褒めちぎっている。
お腹も膨れ気分も良くなったので再び魔術の勉強に専念する。そろそろ第五階梯の魔術を成功させたい。
十二の刻も過ぎいい加減眠くなってきたので部屋に戻って寝ようかと思った時だ。入口の扉が激しく叩かれた。




