15話 火口箱
取りあえず御子柴氏はそのうち回復するだろうとの事で、僕らは遅めの野外実習を受けることになる。
中等部時代に軍事教練の一環で野営はしたことがある。だが装備が違いすぎて————。
「おい、全然火がつかないぞ」
健司の嘆きが聞こえるが、火がつかないのは僕や和花も同じだ。
まずこの火口箱が曲者だった。
火打石と火打金を打ち合わせて火花を飛ばし、その火花で点火して火種を作る火口に落とす作業なのだが、火花は散るものの火種ができない。
熟練の冒険者であれば取り出して20秒もあれば火種を作れるそうだ。実際に師匠が実演した際にはあっという間であった。
あまりにも簡単だったので直ぐにできるかと思ったのだけど結果は散々である。
「そんなに難しい作業じゃないはずなんだがな…………。それはそうと実は簡単に出来るモノがあるんだが————」
5分くらい僕らの行為を眺めていた師匠が腰袋から何やら小さな箱を取り出しながらそう言うのを食い気味に
「是非それで!」
そう言って和花が師匠に手を差し出していた。
「金がないうちから贅沢はお勧めしないんだがな…………」
やれやれ仕方ないと言わんばかりの口調で師匠が手に持っていた小さな箱を和花に渡す。
「あれ? これってマッチ箱ですか?」
「こっちだと燐寸箱って呼ぶんだが、高価な品なんで気をつけて使うといい」
「マッチがあるなら最初から出してくれればいいのにー」
そう言ってむくれる和花に恐ろしい一言が…………。
「それ一本で小銀貨20枚だからな」
師匠のその一言に三人とも固まった。
燐寸箱は10本入りで大銀貨4枚だという。一本で二日分の食費に相当するマッチ棒とかどんだけ高級品なんだよー!! そう心の中で叫ばずにはいられなかった。
燐寸箱で火をつけた火種を元に細く燃えやすい薪を挿しこんで立て掛けていく。そして程なくして周囲が朱色に染まる。
少し開けた場所で火を囲み保存食である干し肉とライ麦パンと硬乾酪を平らげた。正直あまり美味しいとは言えない。
「さて、そこの奴が起きないし先に万能素子結晶の話でもするか」
一向に目覚める気配のない御子柴を指し師匠が説明を始める。
要約すると魔法などを使う際に大気中の万能素子をかき集めて魔力へと変じさせるのだが、空間には一定量の万能素子しか存在しない。自然回復はするもののゼロサムゲームに近い。如何に効率よく万能素子をかき集めるかが一流の魔法使いの証でもあるそうだ。
この万能素子結晶は万能素子を圧縮した物でここから万能素子を抽出できるという。
「外付けのMPみたいなもんすか?」
健司の質問はイメージしやすいし、2年間日本帝国滞在中にゲームをそれなりに遊んでいた師匠にも通じる質問だ。
「概ね当たりといったところか。実際には魔法の制御などに精神力をゴリゴリ削られるから万能素子だけ溢れてても魔法が使えるわけではないがね」
なるほどーとか思ったのだけど気になるのはそこじゃない。
「なんで見た目が蛋白石風なのに名称が水晶なんですか?」
僕の疑問その一を和花が先に質問した。
「最初は俺も思ったさ。本来の万能素子結晶は————」
そう言ってごそごそと腰袋から内側から淡く明言する光を放つ水晶のような石を取り出した。
「これが純度の高い奴なんだが、水晶って言うのは魔法関連と相性が良くてな…………なんとなく万能素子が凝縮されていて水晶って事で良いかって事でそう呼ばれているらしい」
凄い適当だ…………。
ちなみに蛋白石っぽいのは純度も低くクズ扱いらしい。
「クズなら捨てちまう?」
拾ってきた健司がそう提案してきたのだけど、小指の爪程度のサイズなら邪魔にもならないし持っていても良いのではないだろうか?
「クズって言っても初級の魔法一回分くらいにはなるし、売れば一つにつき大銀貨1枚にはなるぞ」
「「「おぉー」」」
見事にハモってしまった。
五つあるから大銀貨5枚…………いや、待てよ…………。僕らが倒した巨大蟻からも出るだろうから六枚分かな?
「迷宮都市ザルツというここから徒歩で2週間くらいのところを拠点にすれば、こんなのがそこそこ出るから生活には困らんよ。最も大量に納品しなければ冒険者組合での評価は上がらないけどな」
その後の師匠の話から感じた印象は、それなりの数の冒険者が、迷宮で稼いでその日暮らし出来る程度には稼げるとの事だが、銅等級あたりになると信用と実績も対外的に評価されて、まっとうな職業へと転職の道が開けるから金稼ぎ以外としてはあまりお薦めはしないとの事だった。
僕らの世界で言えば二等市民が何時までもアルバイトを転々としてるようなもんなのかな?
さて、もう一つの質問でもするか。
「実は前々から思ったのですが、固有名詞などが結構な割合で僕らの知ってるものと被るのですが…………。それに公用交易語の文法とかもなんですが…………」
おかげで言葉を覚えるのに予想していたよりかは苦労がなくていいのだけどね。
「この多元世界は幾億年と誕生と消滅を繰り返している。滅びた世界の生き残りが次の世界の神となり世界を作りそれが繰り返されてきたという。こっちの世界もそっちの世界も元を辿っていけば同じなのかもしれないな。まー言葉を覚えるのが楽でいいなくらいに思っていればいいさ。真実は誰にもわからん」
疑問に対する師匠の回答はこんな感じだった。口調からして本当に気にも留めていないんだろう。
同志御子柴が起きる気配がないので、野営の話へと話題が変わる。
「基本的に街に居る時以外の冒険者の生活は、日の出とともに起床して身体を動かし朝食を摂ったら移動だ。昼は休息を兼ねて簡単なものを食べるだけで、また移動する。日が傾き始める前に野営地を決め野営の仕度を始める。暗くなってからでは遅い。水場の確認、薪などの確保、可能であるなら天幕の設営を暗くなる前に完了しておく必要がある。食料を現地調達する場合は狩りも暗くなる前に済ませるんだ」
これまでに何回か聞いた話だ。移動に関しても一日徒歩で7.5サーグ前後は歩かないといけない。宿場町や野営場は3.75サーグくらいの間隔であるからだね。
街道は奇麗に舗装された場所ではないので慣れていないと毎日歩くのは結構つらい。また靴も今の物ほど優れていない事もある。テレビとか見ているといけそうかと思うのだけどあれは長旅を想定していないからだ。
食事に関しては今日食べた感じでライ麦パンや硬乾酪に干し肉や乾燥野菜や野草や根菜などになる。水も潤沢ではないので調理も凝ったモノは避ける傾向にあり基本的には汁物類になる。軍資金に余裕が出てくると缶詰めや調理済み乾燥食品とか携帯糧食などに切り替えることも多い。
「焚火だが朝まで付けっぱなしにする場合は薪が結構必要になる。冬場以外は消すことを勧める。なぜなら夜目を鍛える意味もあるが、そもそも野生動物は火を恐れないし、場合によっては要らんトラブルを招き寄せるぞ」
何時の間にやら説明が再開されていた。
「質問! 動物って火を恐れるって聞いた気が…………」
和花がそう質問をした。そういえば僕もそんな感じで聞いた覚えが…………。
「野生動物などは「火」を恐れてるわけではなく、好奇心があるから火を見れば近づくが臆病で慎重でもあるので通常と異なる状態を避ける傾向がある。結果として近寄らない傾向にあるというだけだ。そもそも野生動物にとって人は見慣れないものだから直ぐには襲ってこない。人数の少ない一党だと見張りの負担は大きいし目立つ行為は避けたほうが良い」
野生動物より目立つ事により人……この場合は犯罪者を呼び寄せる確率の方が高いとの事だ。
「ただし冬とかは暖をとる意味でも焚いておけよ。そこら辺は臨機応変にな」
月明かりなどがあるから真っ暗ではないけど結構厳しくないかな? そう思っていると師匠がこう続けた。
「非常時の明かり確保の為に角灯のシャッターを下して置いておく分には構わないぞ」
他にも見張りは二人体制が原則なので一党の人数が少ない時は何処かで完全休養日を設けないと体を壊すので出来れば6人体制にすることを勧める等々、旅などの注意点をいくつか挙げて師匠は講義という名の雑談を締めくくった。
結局のところお金のないうちは遠出するような仕事は受けない方がよさそうだという結論に至った。
「…………お腹空いた…………」
唐突に目が覚めた同志御子柴の最初の台詞がそれだった。
予定より遅れがちになっているのでなんとかやる気のテコ入れしたいものです。
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