146話 後始末③
2020-05-03 誤字報告の個所を修正
「なんで確認せずに解除しちゃうかなぁ」
素早く着替え終わり、そう宣う和花の口調にはかなりトゲがある。僕は正座をしてそれを黙って聞くだけだ。弁解のしようがない。
「私…………もうお嫁にいけない…………」
どーみても嘘泣きだなって声で美優が毛布を被った状態でモソモソと着替えている。
早着替えも冒険者必須技能だぞ、とかやや現実逃避的な事を考えていた。
「いや、ほんとごめんって」
想定通りに事が運びすぎてちょっと浮かれ気分ですっかり失念してただけなんだよ。
遺跡を出る際に第三者に見られると拙いので和花と美優には姿を変えて貰うことになったんだけど、和花には【変身】の魔術を使ってもらい子犬に姿を変えてもらった。知能は術者に依存するので用件が片付いたら自分で解除してもらうつもりだった。
一方、美優の方はどーするかと悩んでいたら、瑞穂がそっと不思議な色彩を放つ石の嵌った耳飾りを差し出してきた。これは師匠たちと別れる際にメフィリアさんが瑞穂に渡したプーカの耳飾りと呼ばれる上級品級の魔法の物品で着用者が念じると任意の小動物に変じる効果がある。知能は元のままだ。変身を解くには耳飾りに触れて念じれば戻る。
裸だったのは変身する際の対象が肉体のみで装備品などは対象外となるからだ。普段使わない魔術だったこともあり、うっかり失念して【魔法解除】で解除したことは許していただきたい。
第八階梯の【変化】の魔術が使えれば問題は起きなかったんだけどねぇ。
「まぁー過ぎたことをくどくど言っても仕方ないし気持ちを切り替えましょう。美優もいいわね?」
「はい」
和花の問いかけに着替え終わった美優が短く返事を返す。これで話を進められる。ホントにごめんね。
「まず、二人の今後だけど、和花はもう一度だけ子犬になってもらう。そしてこの背負い袋に着替え一式と共に潜り込んで欲しい」
「どゆこと?」
「公式には和花は体調不良で町で臥せっていることになっているんだ。出国の際に健司がそう説明したらしい」
西門を出入りする人物でこの魔導騎士輸送機クラスを持つ冒険者はほぼ居ないだけに僕らは非常に目立つ。たぶん衛兵も覚えているだろう。それに和花は美人さんだからさらに目立つ。
子犬に化けた事であっさり潜り抜けた訳だが、今度は一週間拘束で周囲に衛兵が張り付いている。
これからの行動は和花が何処にいるかと問われた場合の対処だ。手順を説明していくにつれて和花が嫌そうな表情をする。中央街にいる筈の和花がいつの間にかここにいるって状況はバレるとマズいんだよ。
それらを説明して納得させる。これで一安心。次は美優の方だ。
「樹さん、私の方は?」
美優がそう問いかけてきたのだ、どうしたものか…………。
「申し訳ないけど君の立場というか知名度の関係で、しばらくここで軟禁って事になる。ただし衛兵や憲兵隊が来たらもう一度、子犬に化けてもらう必要がある」
そう言って瑞穂から借りっぱなしのプーカの耳飾りを美優に握らせる。
「寝るとき以外は身に着けておいて」
「わかりました」とそのまま右耳に着ける。そして髪をかき上げると「似合います?」とテンプレ回答以外にどう返すのさって事を聞いてきた。
「とてもよく似合っているよ」とテンプレ返しをしたら顔を真っ赤にして俯いてしまった。惜しむらくは魔法の物品なんで片耳しかないんだよね…………。
ふと視線を感じてそちらを見ればジト目でこちらを見るもうひとりの美人さんが…………。
僕にはハーレムとか向かない気がする…………。
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一夜明けて約束通りに衛兵の一人が迎えに来た。計画通りに和花の着替えとわんこを背負い袋に放り込んで乗合馬車で中心街へと向かう。
一刻ほど揺られて尻が痛くなった。せめて板バネくらい装備すればいいのにと思わなくはないのだが、車両価格が高くなるのだそうだ。
同伴者というか監視者は職務に忠実なのか必要なこと以外はまったく口にしない。正直疲れる…………。
組合へ行く前に背中の荷物を何処かで降ろさないとマズいのだが条件に見合った場所が見つからない。まったくみんなキレイに使えよと言いたい。
ややイライラしつつ歩いていると組合の建物が見えた頃にようやく目的のものを発見した。
「すみません。ちょっとお便所済ませてきます」
同伴者に許可を取り公衆便所へと移動する。受付で利用料として1ガルドを払い個室に飛び込む。
「綴る、付与、第二階梯、減の位、大気、中和、除菌、浄化、発動。【消臭空間】」
若干匂うんで大急ぎで匂いを取り、続けて呪句を紡ぐ。
「綴る、生活、第三階梯、減の位、浄化、清浄、乾燥、除菌、発動、【掃除】」
魔術の発動により見違えるほどきれいになった。
「ふぅ…………」
取りあえずここまではうまくいった。それなりに綺麗なトイレが見つからないときは冷や冷やしたよ。
のんびりもしていられないので魔法の鞄から毛布二枚取り出し一枚を床に敷き背負い袋を下ろす。
中の子犬を抱き上げて下ろし、奥にある着替え一式を毛布の上に置く。そしてもう一枚の毛布を背負い袋に入れて偽装する。
「それじゃ、後は手はず通りにお願いね」
子犬にそう声をかけ鍵を開けて外を窺う。
施設内に人はいない。
そろりと個室を出ると程なくして施錠される。これで一安心。
「お待たせしました」
そして僕は何食わぬ顔をして合流をする。
組合に到着し整理券を出してもらい四半刻ほど待たされた後に順番が回ってきた。対応する受付さんはこの間の女性ではなくおっさんだった。
指示書と依頼完了札を提出し、討伐した敵性生物の部位を切り取ったものを放り込んである袋も提出する。これは依頼の適正難易度の確認と間違っていた場合は討伐者に慰労金が支払われるって事らしい。報酬が金貨3枚の赤肌鬼退治って仕事だったので十分に慰労金が貰える筈だ。時間を要するので一度待合室に戻され一刻ほどしたら再び呼ばれた。
「お待たせして申し訳ありません。査定が終了しました」
そこに居たのは先日僕を狙っていた受付さんだった。申し訳ないが事務的に署名をし報酬を受け取る。袋を開いてみると金貨6枚入っていた。
とても一党で金貨6枚で済む仕事じゃなかったんだけどなぁ…………。文句を言っても仕方ない。
今夜食事にでもと誘う受付さんにちょっとトラブってるので又いずれと塩対応で処理し組合を出る。
後は魔導騎士輸送機に戻るだけだが、この衛兵さんにはもう一芝居付き合ってもらわねば。
「あら、樹くん。お仕事はもう終わったの?」
広場のベンチに腰掛けサンドイッチを頬張っていた和花が立ち上がりそう声をかけつつ近づいてきた。
「もう調子はいいの?」
「うん。暇だったから散歩がてら観光してたの」
ある程度打ち合わせしていたが、さらりとアドリブでさも偶然遭遇したと言わんばかりに会話するあたり僕らの神経は結構図太いのかも?
「彼女は何者かね?」
まー予想通り衛兵さんは尋ねてきたので予定通りの回答をする。
「同じ一党の娘です。体調不良で寝込んでいて今回の仕事には参加しなかったんですよ」
「…………確かに上司にそんな話を聞いた記憶があるな」
どうやら騙せそうだ。
「樹くん。この方は?」
僕らの境遇を知らないって設定なのでこの質問は妥当だろう。それに対して聖女誘拐絡みの件で一週間ほど軟禁されているんだと告げる。
「あれ? 私って戻ったらまずいの?」
「調子がよくなったのなら戻ったほうが余計な費用が発生しないだろう。構わないぞ。ただし、許可が出るまで自由には動けないよ」
和花の質問に対する回答は僕の想定通りだ。
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「おつかれさま」
「和花こそお疲れ」
その後は特に問題なく魔導騎士輸送機に戻ってきて僕らはソファーに突っ伏している。肉体的な疲労ではなく精神的な疲労が酷い。
「結構うまくいった感じかな?」
裏どりされるとボロが出そうだが、状況的に和花に嫌疑とかはかかっていなさそうだ。黒長衣が尋問というか拷問とかで吐く内容次第では危なかった。
フェルドさんの【忘失】の魔法に感謝である。結構つじつまが合わない箇所があり僕的には冷や冷やであった。
その後は僕は模擬戦で軽く汗を流していつもより早く寝てしまった。
その日、一筋の流星が地に落ちた。




