143話 思い悩む。
2020-05-05 誤字報告の個所を修正
気が付くと後頭部に感じる柔らかい感触を感じた。なんか開放で体内保有万能素子を絞り出して肉体が死にかけ、大量の魔力変換で魂に損傷をしてからの膝枕が最早ワンセットと化しているなぁ。恩恵が必殺技かなんかと同義と化している。
以前よりはマシだが相変わらず倦怠感も酷い。被害を軽減する呪符を貼っていたおかげかな?
それにしても後頭部に感じるこの太腿の感触は誰だ!
目を開くと目の前には程よいサイズの双丘が…………いや、そうじゃない。
「よかった。なかなか目を覚まさないので心配しました」
そう言って微笑むのは、まるで紫水晶のような神秘的な瞳で僕を見下ろす…………花園さんだった。
「花園さん…………その…………無事で良かった…………。ところで、その瞳は?」
先ずは無事を喜びそして疑問を口にする。確か紫水晶のような瞳って師匠やメフィリアさんのような神人族の、というより神の血脈の証のようなもんって聞いたんだけど…………。
「恩恵を使うと暫くこんな感じなんですよ」
そう言ってさらりと飛んでもない事を口にした。恩恵持ちの特徴は臨死体験、正確には死の瀬戸際を経験することで極稀に高位の世界に存在する神ないしそれに類する存在から何らかの力を授かることから恩恵と呼ばれるわけなんだけど…………そういう危険な目に一度はあったと言う事か。
恩恵の効果故に彼女を聖女と認定して持ち上げる宗派がいくつもあるわけだ。
「ところで…………」
僕が無言でいると花園さんが少しむくれてみせる。
「なんで花園さん、なんですか? 何時もみたいに美優って呼んでください」って抗議してきた。法律というか血統管理によって家同士で婚約が結ばれ、面会という名目で何度かこっそりデートもした。
数年後には結婚する相手だったし美人だし仲良くなっておいた方が精神的に楽だと思い美優と親しみを込めて呼んでいた。でも…………。
「僕の中では婚約の話は、この異世界に飛ばされた時点で破棄って事になってるから…………」
家同士のしがらみも無効じゃないかなと言いたかった。花園さん、いや、取り繕っても仕方ない。
「そんな事よりも、これまでどんな生活をしていたのか教えてください」
美優が唐突に話題を変えてきた。問題を先送りにしようって腹積もりだろうか?
僕も自分の考えを纏めたいので請われるままにあの日からの一年以上の日々の生活について話していった。
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「なら、後は薫くんだけですか?」
美優は四半刻ほど続いた僕のたいして面白くもない話を最後まで聞き終わった後に改まってそう確認をした。
「そうだね。ただ薫に関しては手掛かりすらないけどね」
そう言って僕は首を振る。ある程度のこの世界で生きていくだけの生活基盤が出来るまで仕方なしと言い訳して迷宮籠りを頑張った結果、生活基盤は出来上がったが足取りどころか生死さえわからない。
「あ、もしかしたら薫くんを見たかもしれません」
ポンと手を打ち美優は唐突にそんな情報を投げ込んできた。
「どこで!」
僕は上体を起こし美優と対面になる様に座り直す。少し沈黙が続き彼女は「遠くから見ただけですが」と前置きしたうえで話し出した。
話を要約すると、とある王国のパーティにイケメン枢機卿の同伴者として出席したときにドレスを纏った薫を見たというのだ。
薫がドレス纏う? 彼は見た目こそ美少女だが女扱いされることを嫌うし、性格は見た目に反して結構苛烈だ。
「他人の空似とかじゃないの?」
「同級生ですし、何かと比較されるので間違える事はないかと」
美優の口調から察するところかなり確率は高そうだ。ちなみになぜ比較されていたかと言えば御子柴に言わせれば一学年下の三大美少女に数え上げられているからだ。
重大な話の気もするけど、それは後回しだ。
「美優はあの日からどうしていたんだい?」
もしかしたら辛い事を思い出させるかもと思ったが聞かずにはいられなかった。
美優は少し迷いを見せた後に「もう和花先輩には話したんですが」と前置きして訥々と話し始めた。
「————だいたいそんな感じです」
八半刻ほぼの内容だった。普段ではありえない感情のない口調で淡々と語られるそれは聞くんじゃんなかったと思わせるには十分だった。取りあえずイケメン枢機卿許すまじ。
聖女としてチヤホヤされる代償が全裸にされて毎日毎日全身舐め回されるんじゃきついなぁ。それに何度か大掛かりな奇跡を強要されてもいる。恩恵によって得た力だとアレが未発達故に使うたびに地獄の苦しさだったろうな。
「これまでに奇跡はどのくらい使った?」
最終確認の前に確認する事があったのでそんな質問をした。少し考えこんでから「大規模な奇跡が三回、細かいのはあまり覚えていない」と返答があった。さらに突っ込んだことを聞くと「大規模な奇跡の際にはえも言われぬ激痛に気絶した」との事だ。
予想通り霊的器官の導管への負荷に襲われている。現状は聖職者枠として僕らに同行させるのは無理だ。
これまでの話を聞いて思ったのは、元の世界に戻しても不幸だし、イケメン枢機卿の元に返しても不幸であるという事だ。だからと言って美優に、君は自由民になったから好きに生きなさいと放逐する事もできない。
僕らの住んでいた日本帝国では、僕らはテロリストに集団拉致された事になっている。一年以上も行方の分からなかった彼女が保護されたとなると、一部の人間はゲスな思考を巡らせ彼女がわいせつな行為をされたと妄想するだろう。武家の中では名家の醜聞として貶める材料にもなる。
美優が日本帝国に戻った場合は花園家が秘密裏に彼女を幽閉するだろう。公式には行方不明のままという事にして。
そして彼女の運命は繁殖牝馬の如く扱われる。優秀な次世代を作る為に血統操作を繰り返している訳で無駄飯食いとはならない。そこに二等市民が思うような愛情とかは存在しない。
十年か二十年ほどそういう目にあった後に解放される頃には老婆の如く衰えた彼女が僅かな手荷物だけ持たされ屋敷から放逐される。
他所の家だがそういう事があったので間違いないだろう。単なる知り合いなら追い返したけど美優には一定以上の好意を持っているので冷厳には徹せられないなぁ。
幾分だがイケメン枢機卿の元に返した方がマシかと言えば誤差の範疇だろう。繁殖牝馬として扱われるか性欲処理の道具扱いされるかだ。なら金と家を渡して放逐すればいいかと言えばそうもいかない。
この世界は総じて治安が良くない。金を持ってて若くて美人で自衛能力に欠けるとなれば襲ってくれと言ってるようなものである。
ひとつひとつ美優に説明していく。選択肢のなさに徐々に表情が沈んでいく。
出会ってしまった以上は目の届くところで守る以外の選択肢はないという事だろう。そう思った時だ。
「樹さん。何でもしますので、どうか私を置いてください」
居住まいを正し三つ指をついて頭を深々と提げてそう請うのだった。
「ダメだ」
やや強い口調でそう言うと、ビクリと一瞬震えるのが見えたけど別に否定したわけじゃない。
「だめだよ。その言い方じゃ奴隷にしてくれと言ってるようなものだ」
なるべく穏やかな口調でそう言うと僕は立ち上がり美優に手を差し出す。
「うちは働かずモノ食うべからずなんで何らかの仕事はしてもらうよ。それでいいならおいで」
顔を上げた美優は大粒の涙を瞳に溜めていた。なんというか自分のやったことが気にくわなくて一瞬イラっとした。退路を断ってから救いの手を差し伸べているみたいで気に入らないのだ。
差し伸べた僕の手を握ったのを確認したのちに引っ張り起こす。
「みんなを待たせているから戻ろう」
「はい」
美優はそう返事を返しニコリと微笑む。
多分二人きりで話す環境を整えたのは和花だろう。
歩きながら今後の展開を考えていく。美優をイケメン枢機卿の元に返さないと決めた以上は最初の計画は使えない。
「樹さん。私を冒険者として教育してください」
思案に耽っていたらそんな事をお願いされてしまった。
僕が美優を冒険者に推すのを躊躇う理由は彼女の素養である。
まず体力がない。そして運動能力がかなり低い。筋肉もない。実はあまり視力もよくない。
可能性としては最低限の体力をつけさせて、魔術師か精霊使いの素養の有無を調べて、後は投石紐の特訓くらいだろうか? 奇跡も魔法も魔術も発動原理は同じだから適性のあるものを少しでも使わせて霊的器官である導管を鍛えれば必然的に恩恵による奇跡の負担も減らせると考えたのだ。階梯の低い奇跡を使わせればとも考えたのだが、奇跡は使いどころが限られているのだ。
あとは僕らの世界の住人は魔導機器の適性は持っているので射撃訓練させて魔法投射器や魔力銃を使わせる手もある。
さて、美優をこちらに残すとなると問題になるが今回の件の後始末だ。
これはイケメン枢機卿さんとお話するしかないかな…………。




