141話 合流①
「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、電撃、紫電、稲妻、発動。【電撃】」
駄目だと諦めた瞬間、左側から聞きなれた呪句が響き眩い電光が走り地獄の猟犬を貫いた。悲鳴上げ地獄の猟犬が床にのた打ち回る。
「和花!」
「おまたせぇ~!」
何かの返り血のようなもので染まった平服はぼろぼろに破けていたが当人は「遅くなってごめんね」くらいの気軽な感じで姿を現した。
だが、喜んでもいられない。花園さんが見当たらない。それに手負いの食人鬼と無傷の翼魔神が迫ってきているのだ。
手負いの地獄の猟犬はフェルドさんが真っ先に仕留めて速弓をしまい細剣を引き抜き踊る様にリズムカルに舞い田舎者赤肌鬼の一団を蹂躙していく。
健司は食人鬼と一合、二合、三合と互いの武器を打ち合わせている。手負いの食人鬼が自らの不利を悟っているのか力比べにはいかないようだ。
やや後ろにいた翼魔神が口を大きく開くのが見えた。そこから火線が伸びる。炎の息だ。
ワイド型と呼ばれる炎の息でなく直線に伸びるタイプなのが幸いした。ギリギリのタイミングで避け、髪が若干焦げた気がしたけど無視する。そしてお返しとばかりに手に持っていた弩を投げ捨て片手半剣抜き懐に飛び込み横薙ぎする。結果は踏込みが浅く硬い表皮を切り裂き若干の出血を敷いた程度だった。
翼魔神が両手の鉤爪がタイミングをずらして振り下ろされる。右の鉤爪を【飃眼】で見切って避け、左の鉤爪を【刀撥】で受け流す。そしてがら空きになった胴体へと左手を伸ばし、
「発動。【昏倒の掌】」
略式魔術で【昏倒の掌】を喰らわせる。この繋ぎ技は筋肉が存在する生物にはほぼ有効である。最も抵抗されると効果半減するので油断はできない。
動きを止めた翼魔神に止めとばかりに両手に構えた片手半剣を突きこむ。確かな手ごたえを両手に感じて一瞬不快な気分になるが蹴り飛ばして片手半剣を引き抜くと周囲を確認する。
戦闘は終わっていた。
「さて、後はあっちの奴らだな」
食人鬼と斬り倒した健司が左手を上げ近寄ってくるのでハイタッチしてニヤリと笑みを浮かべる。健司の中ではほぼ解決した感じなんだろうか?
「ところで小鳥遊は俺らに一言ないのかよ」
「迷惑かけてごめんね。でも美優ちゃんの境遇聞いたら居てもたってもいられなかったのよ」
軽く謝罪した和花だったが、予想通り無計画の突発的な行動だったようだ。
「それならしゃーねーな」
だが健司はそれで納得したらしい。
「ところでゲオルグは?」
これまでの事態を分かっていない和花が聞くのは当然だろう。全員の目が泳ぐ。
「下水に落ちたんで置いてきた」
誰が答えるか無言のやり取り繰り広げていると瑞穂が淡々と口にした。間違っていないけど、間違っていないけど、言い方!
「なら、後で救助すればいいね。ところでアレはいいの?」
納得した和花が指差すそれは黒長衣の男たちの事だ。手下を失ったことで先方は手詰まり感がある。
魔法陣の傍にはボスっぽい黒長衣と、同じような格好の者たちが六人いて跪いている。他には闇森霊族と配下であろう田舎者赤肌鬼が三匹だけだ。こらえ性のない赤肌鬼が指揮官役の人物の目の届かない場所に伏せさせるのはちょっとありえないので僕らが有利にも思える。
その時だった。突然それは聞こえ始めた。
「――、眠れ、眠れ、いとし子よ、――」
その無伴奏独奏はとても静かに響き渡る。歌声を聞いていると途端に睡魔が襲ってくる。なにかがおかしい。
「気をしっかり! 呪歌だ!」
フェルドさんの叱咤で襲ってきた眠気が飛ぶ。だが、歌い手はどこだ? 声の感じだとそう遠くはないはずだ。そうしてキョロキョロと探しているうちに再び睡魔が襲い始める。
霞がかる思考の中で、ある出来事を思い出す。
「そうか! 【風の囁き】か!」
精霊魔法の【風の囁き】で有効範囲の外にいる僕らに呪歌の【子守唄】を聞かせているんだ。そう分かれば後は単純だ。
自分の頬を思いっきり抓り意識を保たせる。次いでふらふらとしている健司に蹴りをいれる。半分眠っていた健司は倒れこみ痛みで我に返る。
「いってぇ!」
「油断するな。襲われているぞ!」
「マジかよ」
蹴り飛ばされた健司は一瞬怒りをあらわにするが慌てて立ち上がり周囲を窺い始める。
呪歌の欠点は即効性がなく効果が完全に発動するまで時間がかかることが難点だ。【風の囁き】で有効範囲外に効果を及ぼす手口にはしてやられた気分だ。
瑞穂は僕の叫びで眠気が飛んだようで健司と同様に周囲を警戒している。和花さんは残念ながら半分寝ている状態だったのでお仕置きも兼ねて鼻を思いっきり摘まんでやる。
「いたひ…………」
目が覚めた彼女は鼻を押さえて恨みがましくこちらを睨むがスルーである。
とにかくもう少し距離を詰めよう。
「前進!」
程なくして【風の囁き】の効果範囲から出たのか呪歌はほとんど聞こえなくなった。
距離を詰めたと言ってもまだ魔法陣までは10サートほどある。互いに魔術の射程外であり、走って近接戦に持ち込むにはやや距離が離れている。
「取引をしよう」
唐突にそんな声が聞こえた。再び【風の囁き】を使ったようだ。闇森霊族さん酷使され過ぎだな。
「我々の負けだ。大人しく撤収するので見逃して欲しい」
そう言われて「はい、そうですか」とはいくまい。どうするか思案していると瑞穂が僕の右手を引っ張っていた。無言で視線を向けると日本帝国語でこう呟いた。
「壁が消えた」
壁? 一瞬何だっけと思ったが【|風の精霊壁《バイム・ウォール”シルフ”》】の事だ。飛び道具で片付けたいが僕と健司は投げ捨ててるし、瑞穂とフェルドさんは魔法の鞄にしまっている。和花の投石紐も無理だ。それに闇森霊族の手下の田舎者赤肌鬼が微妙に射線を遮っていて早撃ちでは些か命中率に不安を覚える。
逃がすわけにはいかない。和花のやらかしの後始末の為に生かして捕らえたい。
後ろにいるフェルドさんに手信号で牽制を指示し回答を口にする。
「断る!」
その叫びに合わせて健司と瑞穂が走り出す。察してくれて助かるよ。若干遅れて僕と和花も走り出す。
先方も想定していたのか迎撃に入る。
黒長衣が呪句を唱え始めた。一発貰うのは覚悟の上だ。
「綴る、付与、第三階梯、幻の位、囁き、————」
「発動。【万能素子消失】」
黒長衣の魔術は和花の略式魔術によって発動した【万能素子消失】により収束した万能素子ごと周囲の万能素子が霧散していく。
和花グッジュブ。
「殺ったぁぁぁぁぁ」
いち早く黒長衣に接近した健司がそう叫んで三日月斧を大きく振りかざす。
殺っちゃダメだぁぁぁぁ!




