幕間-10
「ここはどこだろう?」
ぼんやりした意識で周囲を見回すと薄暗い室内のようだ。目の前に美優ちゃんが猿轡をされて倒れている。私も同様だ。手首と足首を縛られているのでたぶん彼女も縛られているのだろう。
さて、まさか先生から習った非常時の対処法を最初に実施する身になるとは思わなかったわ…………。
術者を封じる為に手首と猿轡を噛ませて逃走防止の為に足首を縛ったと思うんだけど、まずは手首を何とかしないとね。
先生の話だと縄の間に緩みを作る事だった。
まず、手を握ったり閉じたりを繰り返す事をとにかく繰り返す。飽きても繰り返す。こうする事で肘から手首までの前腕の筋肉が収縮と拡張をする。拳を握ると前腕が収縮し、開くを大きく広がる様に太くなる性質を利用するそうだ。
四半刻ほど同じことを繰り返しているうちに確かに縄が緩んできたの感じる。普通ならこの時点で手首は擦り傷で出血モノだろうけど、私の場合は魔法の物品の防護膜の指輪のおかげもあって、この程度の傷は防いでくれるので痛みに耐えながらの作業にならなかった事もいい方向に働いた。後は縛った奴が素人だったこともあるんだろうな。
僅かに緩んだ縄から右手を強引に引っこ抜く。すぐさま猿轡を外し大きく息を吸い込む。気が付けば美優ちゃんも目が覚めていてこちらを見ている。
「いま解放してあげるからね」
そう声をかけてまずは猿轡を外してあげる。すると私と同じで大きく息を吸い落ち着いたようだ。
「ちょっと待っててね」
何か言いかけた美優ちゃんにそう言って黙らせて魔法の鞄を弄る。
運がいい事に装備類はそのままで拘束だけされたようだ。
フェリウスさんに貰った真龍の牙で作られた儀式用短剣を取り出し縄を斬っていく。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「落ち着いた?」
「はい…………先輩、私たちはどうなるんでしょうか?」
落ち着いたように見えたが、自分たちの未来を想像して不安に駆られたのだろう。
「気休めを言っても仕方ないけど、鑑賞奴隷か生贄かな?」
言った途端後悔した。美優ちゃんが表情を歪めて瞳に大粒の涙を溢れさせる。
考えてみれば普通に格式ある武家の姫様って事でチヤホヤされていたし、こっちに来ても聖女様って呼ばれて普段はチヤホヤされていたからなぁ…………。苦難とか困難に縁がないのかな? メンタル弱いとちょっと面倒見れないなぁ。
あーでも、夜は全裸視姦プラスイケメン枢機卿に全身舐め回される苦行に耐えてるし意外と頑張れるんじゃ?
でも、泣かせる気はなかったし、もうちょっとマイルドに言うべきだった。和花さん反省。
さて、頭を切り替えて状況を纏めよう。
ここはどこかの部屋で間違ない。明かりはなく窓もなく金属製の扉がひとつある。僅かだが赤肌鬼達の声が聞こえる。出来る限り音を立てずに扉まで移動しノブを回してみる。
「鍵は掛かっていない」
瑞穂ちゃんの真似をして扉に耳を当ててみるとかなり近くに赤肌鬼がいる。見張りのようだ。
念の為だ。
そこでふと気が付いた。
あれ? メフィリアちゃんから貰った大切な世界樹の杖がない。取り上げられた? それとも森に捨て置かれた? まぁーだとしても問題ない。
念じると目の前に世界樹の杖が浮いていた。それを右手で掴む。これで武器は確保した。
では、仕切り直し。
「綴る、付与、第三階梯、封の位、封印、閉鎖、施錠、強化、鍵文、発動。【強固の錠前】」
小声で呪句を唱え指で扉に触れる。完成した魔術によって扉が施錠され強化される。
この魔術によって金属製の扉はより強固になり合言葉がなければ扉を解錠できないようになった。
取りあえず扉を開ける主導権は私が握った。
さて、次だ。
先ほどから気になっていたことがある。当人に聞くのが早いので早速質問した。
「美優ちゃんて、この暗闇で周りが見えるの?」
先ほどから私の事を目が追っていることは確認している。恍けるのかそれとも…………。
「こっちに来て暫くしたころだったと思いますけど、暗闇なのに周囲がモノクロで見えるようになって驚いた事があります。こっちの世界だと明かりが貴重なので助かりましたけど、それが何か?」
予想した通り美優ちゃんには精霊使いとしての素養がある。赤外線視力はその恩恵だ。これは僥倖。
私のプランはこうだ。
恩恵だよりの奇跡は未発達の導管に多大な負荷がかかり激痛が伴い滅多に使えない。かといってか細い手で前衛を張るには無理がある。たしか運動神経もあまりよくなかったはずだ。精霊使いとして導管の拡張を行う事で自然に奇跡も不自由なく使えるようになる…………はず。
後は投石紐でも習得させれば立派な後衛の完成だ。
最大の問題は過酷な下積みというか底辺生活に耐えられるか…………なんだよね。
私らの世界の女子からすると衛生面、美容面でえらい心労になるんだけど、それをどれだけ折り合いつけられるかが重要で、果たして美優ちゃんにそれが耐えられるかがネックかなぁ。私も瑞穂ちゃんも樹くんが居るって最上位の優先事項があるから我慢できるけど。
「先輩、この状況で何の意味が?」
「いまはあまり関係ないわね。でもここを脱した後の貴女の身の振り方の選択肢が一つ増える事になる」
ここから解放されても彼女の未来は明るくない。鑑賞奴隷という立場でなくなったので保護を求めてイケメン枢機卿に恭順するか、公娼となるかの二択になるだろう。それが嫌なら日本帝国に帰るしかない。三つの選択は程度の差はあれどれも牢獄と大差ない。そこで冒険者になるという選択肢である。
もちろん教育はしなくてはならないからその面倒は見ようかと思っている。
「美優ちゃん。貴女には精霊使いとしての素養があるわ。ここに残るなら冒険者として生きていくという選択肢もあるって言いたかったの」
「それって先輩のような生き方ですか?」
「うん。ただ日本帝国での倫理観とか道徳観は適度に壊さないと心労で死んじゃうかも知れないけどね」
そう言って私はこの一年ちょっと出来事を事細かく美優ちゃんに語っていくのであった。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「先輩の苦労はわかりました。無事に脱出したら宜しくお願いします」
美優ちゃんはそう言って深々と頭を下げた。さて、最後の問題だ。
「ところで、樹くんと婚約してるんだって?」
そう切り出すと何かを悟ったように美優ちゃんはこう切り出した。
「大丈夫です。私は三番で結構です」
余計な言い争いはなくて済んで助かった。最も日本帝国の武家の子女ならそう答えるだろうとは思っていた。一つのパイを独占するより切り分けてみんなでシェアしようって考え方が割と浸透しているのである。ベストな選択よりベターな選択の方がトータルで幸せって考え方だ。メリットとデメリットを比べてよりましな選択を選んだという事だ。
よし、後は樹くんに丸投げしよう! うん。
満足したところで急に扉の外が騒がしくなってきた。雄叫びや断末魔が聞こえる。もしやと思い美優ちゃんには大人しくしているようにと言い聞かせる。
「開け」
合言葉を唱えると解錠される。そっと扉を開けて覗き込むと随分と広い部屋だった。ただ雑多な構造物が結構視界を遮っている。右を見ると————。
『樹くん!』
思わず叫びそうになった。軽弩の装填で気が逸れているのかそいつの存在に気が付いていない。
瑞穂ちゃんは赤肌鬼相手に連弩を撃ち尽くして弾倉の交換中だ。フェルドさんは速弓で田舎者赤肌鬼を仕留めた直後でまだ矢を番えていない。皇は迫りくる食人鬼と真っ赤な下位魔神に意識が行っていて気が付いていない。
素早く杖を構え呪句を紡ぐ。
「綴る、八大、第三階梯、攻の位、閃光、電撃、紫電、稲妻、発動。【電撃】」
世界樹の杖から迸った電光は見事に不意打ち成功しそうだった地獄の猟犬を貫いた。
「間に合ったぁ…………」




