140話 遺跡侵入⑤
冒険者セットと呼ばれる基本装備がある。その中に長さにして2.5サートほどの細縄が入っている。
僕と瑞穂と健司の分を繋ぎ合わせ端を僕の胴に結ぶ。
呪的資源は減らしたくなかったが真っ暗なところを進む気はないので呪句を紡ぎ始める。
「綴る、拡大、第三階梯、探の位、視線、熱源、知覚、発動。【赤外線視力】」
呪句の完成と共に僕の視界に変化が現れる。罠の先は暗くて見えない筈なのだがぼんやりと見えるようになる。まるで解像度の低いカメラ画像のような感じだ。
「それじゃ、細縄は離さないでね」
心の中で『信じてるから!』と付け加えておく。
恐る恐ると滑り台を滑り降りていく。床面はかなり滑りやすく手足を踏ん張りつつ少しずつ進んでいく感じだ。時間ばかりが経過していくが遅々として進んでいる気がしない。
だがいつの間にか鼻が曲がるほどの激臭が漂い始め目的地に近いのかと思った時だ。
「細縄が限界か…………」
約7.5サートほど移動したことになるのか細縄がピンと張っている。これ以上は進めない。視界の先は大きな空間が見える。
「ゲオルグー!」
そう叫んでみると木魂のように何度か響く。
「ここじゃー!」
程なくするとゲオルグの返事が返ってきた。だが、場所は特定できない。
「儂の事は気にするなー! 先へ進めー!」
声の感じからするとまだ距離がある。残念だけど自力で何とかしてもらうしかないようだ。
それとも運を天に任せ細縄を斬って奥へと進むか? 一瞬悩んだけど、「すまない! 後で迎えに行く!」と激臭に鼻をつまみつつそう叫んで元来たルートを辿る。
「臭い…………」
無事に戻った早々に鼻をつまんだ嫌そうな表情の瑞穂にそんなひどい事を言われた。どうやら匂いが移ったようで健司やフェルドさんも不快な表情をしている。
仕方ない…………。
「綴る、生活、第二階梯、減の位、撒戻、浄化、清浄、除菌、乾燥、発動、【洗濯】」
急いで生活魔術の【洗濯】で付着した不快な匂いを消し去る。
無駄な呪的資源を使ってしまった…………。
とほほ…………。
T字路まで戻り反対側へと進むと通路は左に折れて下り階段へと続いていた。明かりは灯されていないが瑞穂を先頭に慎重に降りていく。最も僕と健司の金属鎧が立てるガチャガチャという音は消しようがない。
らせん状の下り階段をだらだらと下る事、5サートほどだろうか? ようやく下の階層に到着した。ここは広場へと向かう直線の通路のみであり、かなり奥から明かりが見える。目的地はあそこの筈だ。
「灯りつけらねーか? ほとんど見えないんだが…………」
健司が小声で不安そうに口走る。この中で健司だけが夜目が利かない。僕はまだ先ほどの【赤外線視力】の魔術の効果が継続しているので不便がないのですっかり失念していた。
「ここで灯りを灯すと相手に位置がバレるんで、もうちょっと我慢してくれ」
「わかった」
不承不承といった感じで納得してくれたので僕は健司の手を引いて通路を進む。
通路を進み広場に出た。かなり大きな空間で通路出口から左右に5サート、奥行きが20サート、高さ3サートほどある。
「これって…………」
「破壊されているが魔導機器帝国時代の自動工場の設備だね」
僕が思案に入る前にフェルドさんが答えてくれた。
周囲を見回すと破壊された構造物が所々あり隠れられそうな場所は多い。同時にこちらも不意打ちを受けやすいという事だ。
目測だが17.5サートほど先に魔法陣があり周囲を篝火が照らしている。まるで狙ってくれとばかりにそこだけ遮蔽物がない。
誘ってる?
ここから飛び道具で狙撃してくださいと言わんばかりである。
「弩で狙うか?」
「でも闇森霊族が居るって事はフェルドさんみたいに【矢避け】とか使ってるんじゃねーの?」
魔法の鞄から軽弩を取り出していると健司が忠告を挟んできた。
「魔法の効果は概ね五分くらいだから常時張りっぱなしはあり得ないし、最初の一射はいけるはずだ」
だが僕のその意見はフェルドさんに否定される。
「判りにくいけど魔法陣の手前に風が渦巻いている。間違いなく相手は飛び道具を警戒して【|風の精霊壁《バイム・ウォール”シルフ”》】を展開させている。あれの効果時間は最低でも半刻ある————」
飛び道具だとゲオルグが持つ巻上式重弩くらい強力でないと抜けないそうだ。そして【|風の精霊壁《バイム・ウォール”シルフ”》】を展開しているという事は相手も【無音】や【沈黙】も使ってくるし僕らが普段お目にかからない高位の魔法も使ってくるという事だ。
なら、と魔法の鞄から回転式魔法投射器を取り出そうとすると瑞穂に止められる。
天井が低く曲射で任意の場所に落とすのは厳しいとの事だ。そうなると…………。
「アレはダメだぞ」
僕の考えを読んだ健司によって先回りされてしまった。
アレとは対巨獣長尺加速投射器の事だ。確実に仕留められるが肉片しか残らないだろう。
それに冷静になって考えてみると僕に引金が引けるとは思えない。だって引金引いた瞬間には相手は肉片撒き散らしているんだよ? 無理無理。
そうなると…………。
「なら手前に居る食人鬼から殺ろう」
「わかった」
僕の提案に健司も魔法の鞄から重弩を取り出す。
「それで、その後はどうするんだい?」
「「えっ?」」
フェルドさんの問いに僕らの手が止まる。
「仮にも変異性地獄の猟犬のご主人様が雑魚な訳がないし無策であそこに居る筈がないとは考えなかったのかい?」
「「えっ?」」
二度目の驚きであった。
地下三階のあれは、ただの地獄の猟犬じゃなかったの?
どうやら本物の地獄の猟犬は体高22.5サーグほどだという。
イメージ的には地球の最大種と言われるイヌ科でも最大級のものと同じくらいなのか…………。犬の種類はよくわからないけど土佐犬よりも大型らしい。
高導師級の魔術師と仮定すると最低でも第七階梯の魔術が使えるわけか…………。
「どうする? 小鳥遊が居るか分からないのに危険を冒すか?」
健司が最終確認とばかりに聞いてきた。装填を終え膝立ちで重弩を構えている。
ここの周辺地形を思い出す…………。
ここの遺跡の構造を思い返す…………。
それを脳内で重ね合わせる…………。
ダメだ…………やはりゲオルグの脱出路はない。可能性があるとすれば構造上だと、この設備の奥が怪しい。もしかしたら施設の廃棄品を捨てる為の廃棄口があるかもしれない。
「瑞穂とフェルドさんはそれぞれの判断で赤肌鬼達に対処してください」
そう指示して軽弩に太矢を装填して構える。
「健司」
「おうよ」
「斉射」
お互い確認を取り僕の合図とともに引金を引く。
「ぐがぁぁぁぁぁぁぁ」
太矢は見事に食人鬼に突き刺さった。だが健司の太矢は脇腹で僕のは左肩だった。致命傷には程遠い。根本的に僕らが射撃訓練、特に遠距離攻撃を疎かにしていたからだろう。師匠にも冒険者である以上は必須だと言われていたのにも拘わらず迷宮区では近接戦重視だったツケがここででた。
慌てて弩を下ろし再装填の為に鐙に足をかける。
奥が騒がしく何やら怒鳴り声も聞こえてくるが内容までは聞き取れない。怒り狂った食人鬼や黒長衣の命令なのか翼魔神も移動を始めた。闇森霊族の指令か赤肌鬼達もこちらに向かってくる。
二射目を放った。
焦りからか照準に割く時間もなく勘だよりで引金を引いた。
またも左肩だった。健司の方もやや遅れて引金を引いた。こちらは右太腿に突き刺さる。
装填をあきらめたのか健司は重弩を投げ捨て三日月斧を構える。
僕は距離的にもう一射可能と判断して再装填を急ぐ。その時僕はまだ構造物を利用して巧妙に近づくそいつに気が付かなかった。
再装填も終わり食人鬼との距離も2.5サートあまりとなった後は引金を引くだけとなった時だ。
「なっ」
そいつが視界の右端に映った。完全に想定していない状態だ。瑞穂は赤肌鬼相手に連弩を撃ち尽くして弾倉の交換中だった。フェルドさんは速弓で田舎者赤肌鬼を仕留めた直後でまだ矢を番えていない。健司は迫りくる食人鬼と翼魔神に意識が行っていて気が付いていない。
「————、発動。【電撃】」
駄目だと諦めた瞬間、左側から眩い電光が走りそいつを貫いた。




