139話 遺跡侵入④
2020-05-04 文言を一部修正
「あ……」
飛び蹴りで扉を蹴破ったゲオルグは勢いそのまま床を転がり奥の壁へと叫び声をあげて吸い込まれていった。
「ちょっ……」
慌てて吸い込まれていった壁を調べると、どうやら【幻影】の魔術が施されているようで、壁の開口部が巧妙に隠されていた。すこし不用心だったが首を突っ込んでみると滑り台が設置されておりゲオルグは下に転がっていったようだ。
「やっぱり地霊族の体形は転がりやすいのだろうか?」
思わずそんなどうでもいい事を口走るくらいには混乱していた。滑り降りるかどうか思案する…………。
「水の音が聞こえる…………あと臭い…………この下は下水かも」
同じように首を突っ込んだ瑞穂が僅かに表情を歪めてそう報告してくれた。僕には臭いも音も聞こえない。これに関しては瑞穂を信用してもいいと思うのでいったん壁から顔を出す。
ここの構造だが、ゲオルグが蹴り開けた扉の0.5サート先で行き止まりになっており正面に滑り台が巧妙に隠されていた。右側に金属製の引き戸が存在する。左側は何もないがこれは構造的に隣の大部屋があるからだろう。
「絶対になんか仕掛けがありそうだな」
健司がそう感想を漏らすが、ささっと調べた瑞穂によると「たぶんなにもない」という。
見た限り鍵穴もない。
開けてみるかと言う事で健司が取っ手に指をかけ横へ引く————。
「おい、動かねーぞ」
かなり力を入れて引いているが引き戸はガタガタと揺れるもののスライドしてくれない。中に人が居ればもう警戒されまくりだろうな。
魔戦技の【剛力】を使ってもダメな事に業を煮やした健司がとうとう八つ当たり気味に扉をガンガンと蹴り始める。
もうグダグダだな……と生暖かい目で見ていた僕の視界に一瞬だが不自然な動きが飛び込んできたのだ。横にスライドするはずの引き戸が一瞬浮き上がったのである。
「ちょい、健司ストップ」
「ん? なんだよ」
「黙って見てろ」
僕はそう言うと訝しる健司を押しのけると、引き戸の取手に指をかけ本来動かない筈の上に向かって力をかける。
すると引き戸は上へとスルスルとスライドしていったのだ。巧妙に横引き構造と見せかけて上へのスライドとか趣味が悪すぎる。
「危ない!」
その叫びと共に鋭く飛来したソレを瑞穂が叩き落とした。床に転がったソレは太矢だった。扉が開きホッとした瞬間を狙われたのだ。
「くそっ」
中にいた男はそう罵倒し慌てて手に持つ重弩の弦を引くために鐙に足かけているところだった。
流石に装填に時間を要する重弩の二射目を撃たせるほど親切じゃないので素早く移動し剣の柄頭で殴りつける。だが力が足りなかったのか一撃で昏倒しなかったのでもう一発振り下ろそうかってタイミングで健司の前蹴りが先に極まり男は昏倒する。
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「さて、これでいいかな?」
男を縛り上げ部屋にあった粗末な椅子に括り付ける。男の持ち物であった装備一式は取り上げる。
部屋の構成は、入ってきた時の捻くれた構造の引き戸、納戸か収納らしき扉、窓、書き物用の机と椅子に寝袋と男の私物と思われる中型背負い袋くらいなものだ。
男の私物は保存食やら水袋に財布と鍵くらいだ。
健司が「しょぼいな」と財布の中身を確認し懐に収める。追剥ぎかよと突っ込みたいところだけど、この世界だと捕虜というか、遭遇戦で捕縛した者の装備などをポッケないないするのは合法である。
武具に関しては特に高品質だの魔法が付与されているとかはなく安物だったので部屋の隅に放置。
そして持ち物の中で気になったものと言えば鍵を持っていた事だ。
多分この部屋にあるもう一つの扉の鍵なのだろう。
納戸か収納らしき扉を開けてみるかと鍵を取ると窓の存在を思い出した。ここは地下なのになぜガラス張りの窓が?
近寄ってみると目の前は下に広がる広い空間があり、明かりはほとんどないが下方、それもかなり先の方に明かりが灯されている。単眼鏡を取り出し覗いてみると————。
魔法陣のようなものに黒い長衣を纏い杖を持つ人物、闇森霊族、食人鬼、無数の田舎者赤肌鬼と赤肌鬼、そして真っ赤な雨樋の魔像のような姿のソレは以前迷宮でも遭遇したことがある下位魔神の翼魔神だ。
魔法陣の上に人族、ただし顔までは判別できないが女性が寝かせられている。少なくとも和花でない事だけは間違いないと断言できるし、花園さんでもない。
数の暴力で押し込まれそうだし黒長衣の人物と闇森霊族がどの程度の実力なのかが分からない。これはかなり不利なんじゃないだろうか?
「フェルドさんは、あれを見てどう思います?」
師匠と同じで積極的に介入はしないポジションに収まっているフェルドさんに意見を聞くことにした。
僕から単眼鏡を受け取り件の個所を観察する。
「黒長衣は、推定だけでも高導師級っぽいし、闇森霊族は精鋭だろうね。でないと食人鬼を御しきれないし…………この人数じゃ流石に厳しいかな。それに田舎者赤肌鬼が4匹に赤肌鬼が9匹もいる。あの広い場所で数にものを言わされるとね…………」
それがフェルドさんの分析だった。
少しでも有利に働くように作戦を練らねば…………。
どれくらい時間が経過したのだろうか?
突然足を蹴り飛ばされて思案を止めた。
「な、なに?」
そこには珍しい事にふくれっ面をした瑞穂が居た。
「何度も呼んだのに…………」
どうやらそれが蹴とばした理由らしい。
「……これ」
そういって巻物の束を僕に押し付けてきた。
「机の上にあった」
七本ある巻物を受け取ったのを確認したのちに瑞穂は離れていく。受け取った巻物のうち二つは封が解いてあるところを見ると手紙で残り五本が魔法の巻物だろうか?
魔法の巻物は封を解いてしまうと効果が発揮してしまうモノもあり迂闊には封を解けない。これは後で組合へ持っていって【魔力鑑定】して貰うしかないな。
「さて、この手紙はっと…………」
そう呟き読み始める。
内容は要約すると指令書だった。
”尊師”と呼ばれる人物の命により聖都ルーラの件の”聖女”を攫って来いという内容だった。
あ、これって…………。
和花がやらかしたことを誤魔化せるかもしれない。だが、その為には黒長衣か闇森霊族は捕らえないとまずい。
「やっぱ戦闘になるか…………」
「先に下の広場の敵性存在を処理しようと思う」
「それはいいけどよ。ゲオルグはどうするんだよ?」
当然だが健司からゲオルグの事が出た。彼が居ないことで死亡率はかなり上がるのである。だが滑り台を降りたはいいけど戻ってこれない危険もある。
健司の意見はごもっともだが敢えて反対した。
「なら細縄を括りつけて誰かが滑り台を降りてみるとかどうよ?」
それでも健司が食い下がらない。だが誰が降りるというのだ? 右を見ると瑞穂と目が合った。珍しい事に物凄い嫌そうな表情している。
だけど、軽量で夜目が利いて勘の鋭いという諸条件が揃っているのは君しかいないんだ!
「瑞穂、悪いんだけど…………」
言い切る前に泣きそうな表情でブンブンと首を振る。
そこまで嫌か…………。
「なら、俺が行くよ」
「お前はダメだ」
「なんでだよ」
「誰がお前を支えるんだよ」
「あっ……」
健司は体格も大きくフル装備だと総重量は144グローを超える。そしてロープを握るのは非力な瑞穂と細腕のフェルドさんと僕だ。何かあったら支えられないのだ。
「んじゃ————」
「私はお断りだよ」
健司がフェルドさんの方を見た瞬間に食い気味に否定の言葉が飛んだ。
仕方ない。悲しいけど僕が行くしかないのか…………。




