138話 遺跡侵入③
2019-09-27 サブタイ変更
鎖に繋がれた哀れな地獄の猟犬は二斉射で片付いた。止めを刺したのはゲオルグの巻上式重弩だ。太矢が深々と頭部に食い込んでいる。
僕は地獄の猟犬の毛皮を剥ぎつつ左右の通路の調査を瑞穂にお願いする。
黙って頷き離れていく瑞穂と入れ替わってゲオルグがやって来て地獄の猟犬と戦闘できなくて残念がっている健司に声をかける。
「おめでとう。これで健司殿も一人前の戦士じゃな」
ゲオルグはそう言って笑い健司の背をバンバンと叩く。戦士の実力を測る指標として単身で食人鬼を討伐できるか否かって言うのがある。まぁ、評価されて嫌な気分にもなるまい。
「俺も一人前かぁ…………」
言われた健司はいまいち実感が出来てないようだ。迷宮都市ザルツで得た[竜殺し]と同様で組合に記録として残るとか称号が授与されるなどはない。
吟遊詩人や商人達によって英雄譚として徐々に広められるのだ。実感を得るにはまだ数か月くらい必要な気がする。
そうこうするうちに地獄の猟犬の毛皮を剥ぎ取り終わったので大袋に詰め込んで魔法の鞄へと放り込む。好事家に売れるとの事だ。散財したのでとにかく稼ぎたい。
討伐の証拠になる箇所をそぎ落とした頃に瑞穂が戻ってきた。
「ちょっと来て欲しい」
安定の抑揚のない声でそう言う瑞穂には連れられて左側の通路へと進む。
地下一階と地下二階は居住区画だったのだが、この地下三階は別の目的の階層のようだ。
幾つかの部屋で壊れた板状器具端末が転がっていたりする。板状器具端末があると言う事は魔導機器帝国時代の設備と言う事になる。流石に年代までは特定できない。
瑞穂が見せたいものは一番奥の部屋にあった。
「これって…………」
それは姿見、いや全身鏡だった。もともとは壁に立てかけられていたのだろうが現在は床に転がっている。
もしやと思い全身鏡を持ち上げ壁に立てかける。
その全身鏡は運がいいのか傷ひとつなかった。
覚悟を決めて鏡面に触れてみると鏡自体が淡い光に包まれ僕の手は鏡面へと沈んでいく。
しかし慌てた瑞穂に引っ張られたため淡い光は消え元の全身鏡に戻った。
「これは転移鏡だ。しかも生きている……」
この鏡は対になっていて双方が出入り口を兼ねている。生きていると言う事はこの世界のどこかに繋がっているのだ。非常に興味がそそられる…………。
「…………ダメ…………」
僕の考えを読んだのか瑞穂が僕の右手を掴み、そう言って首を振る。
「ごめんね。大丈夫だから」
知的好奇心に捕らわれて本来の目的から逸脱しかけていた思考を戻す。一人できていたら確実に使っていただろう。思わず瑞穂の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そう言えば、なんで倒れている全身鏡が気になったんだい?」
「…………勘…………」
取りあえずもうひと撫でしておいた。
右側の通路の先はいくつかの小部屋があるが目ぼしいものは何もなかった。隠し階段なども見当たらなかったので広場へと戻り皆と合流して奥へと進む。
地下三階を奥へと進んでいく。通路の両脇の扉はすべて解放されており部屋の中は丸見えなのだが朽ちた長机と椅子があるだけの部屋だった。
襲撃も収穫のないままT字路に差し掛かる。不穏な気配は感じない。先頭の瑞穂が立ち止まって振り向き、僕の指示を待つ。左に進むように手信号を出すと素早く左右を確認しスルっと左側に消える。
僕らもワンテンポ遅れて左へと曲がり立ち止まる。曲がった1サート先に金属製っぽいの両開きの扉があり通路はそこで終わっていた。
「これ、何の部屋だと思う?」
「なんか重要な部屋なんじゃね?」
開けりゃ分かるとばかりに健司が無造作にドアノブに手を伸ばすのを見つめる。
ドアノブに触れる瞬間それは襲い掛かってきた。
金属に見えた扉がぐにゃりと変形し触腕を伸ばしてきたのだ。間一髪のところで瑞穂の[鋭い刃]が触腕を切り裂く。
「こりゃ、なんだ?」
「それは粘土状疑似生命体です!」
誰にともなく発した健司の疑問に答えたのはフェルドさんだった。
粘土状疑似生命体とは太古の文明に付与魔術師が作り出した疑似生命体で無機物に擬態して普段は仮死状態で獲物がかかるのを待っているのだとか。知能はなく自由に姿を変えられるわけではないとの事で、今回襲ってきたのは扉擬態型粘土状疑似生命体と分類される個体だ。
複数の触腕が先頭に居た健司と瑞穂に襲い掛かる。狭い空間だと回避スペースが確保できないので僕らは一旦後ろに下がる。不意打ちが怖い相手だが健司位の装備と技術を持った戦士なら大した敵ではなかった。
「また扉かよ」
扉擬態型粘土状疑似生命体を秒殺し一息ついた僕らが見たのは似たような形状の両開きの扉だった。
いつの間にか瑞穂が扉の前に移動しており[鋭い刃]で扉を突いている。反応がないところを見ると粘土状疑似生命体ではないらしい。
「施錠されている」
どうしようか悩んでいると瑞穂から申告があった。この遺跡にきて初めての施錠された扉である。
「どうしたもんか…………」
再び悩みだす。瑞穂は斥候として手練師、所謂ところの盗賊の技術も師匠によって仕込まれているが迷宮都市ザルツでは、ほぼ使う必要がなく実際にどの程度の技量かは未知数だ。いっそのこと【開錠】の魔術で強引に開けてしまうのもアリだが、罠だけは調べておかないと拙いよね。
「瑞穂、済まないけど罠の有無だけ調べてくれる?」
残念ながら僕らの中でこの手の技能を修めているのは瑞穂だけなのでお願いをする。無言で肯首し作業を始める。実は【罠発見】という魔術があるだが、呪的資源確保の為にあえて使っていない。
程なくして自信なさげに「たぶん罠はない、と思う」と告げる。
さて、どうするか…………。
呪的資源を割いて【罠発見】や【罠解除】の魔術を使うべきか、瑞穂に頑張ってもらうか…………。
「なんじゃ、罠を警戒しておるのか?」
悩んでいると奥に居たゲオルグが進み出てきた。
「なら、こうすればいい。罠があっても構造的に大したもんはないじゃろう」
そう言うと少し後ろに下がったと思ったら助走の為だった。
「罠があったら踏み潰すじゃ!」
走り出したゲオルグが扉に飛び蹴りを喰らわせたのとその台詞はほぼ同時だった。




