136話 遺跡侵入①
2019-09-27 サブタイ変更
2020-05-04 文言を一部修正
【迷いの森】の効果は術者の力量で大きく三つに分類される。
・一日散々迷った挙句に元の位置に出てきてしまうパターン。
・数日彷徨った挙句に入り込んだ位置とは別の場所に放り出されるパターン。
・永遠に彷徨い出てこれないパターン。
例外として妖精界と繋がっているパターンがある。これは時間の流れの違いによって内部時間との差で元に戻ってきたら数百年後だったってオチがあるらしい。
それがフェルドさんから聞いた【迷いの森】の効果だ。
赤肌鬼が若い人間の女を攫うとしたら、群れに赤肌鬼闇司祭や他種族の闇司祭が居る場合だ。闇の神々への生贄に捧げる為なので直ぐには危険はない。儀式を行うには最適な日というものがある。さらに言えば森で偶然見つけた女性を生贄にしようってのはちょっとありえない。
赤肌鬼達は雑食で割と何でも食べるし少々腐った肉でも食べるが人型生物を食用としては忌避しているという研究成果があると師匠から貰った怪物辞典に書いてあった。
魔法の鞄から【魔化】した白い布を引っ張り出し地面に敷く。
「綴る、統合、第四階梯、幻の位、触媒、親機、子機、蓄積、共有、送信、中継、受信、地形、地図、詳細、投影、立像、精査、拡縮、更新、増光、破棄、発動。【幻影地図】」
長々とした呪句を紡ぎ終えると白い布の上に僕を中心とした周囲100サートの地形が立体投影される。
正直、この魔術は呪句が長すぎるし脳への負荷も大きいし使い捨てだし動かせないし不便なんだよね。
「これ、なんだ?」
健司が【幻影地図】の表示範囲ギリギリの場所に映っている何かを指さす。
明るさを調整し表示範囲を変更して拡大してみると————。
「遺跡じゃな」
覗き込んできたゲオルグがそう呟く。
それは崩れかけた石造りの建造物であった。更に拡大してみると赤肌鬼が粗末な槍を持ってつっ立っていた。
組合での事を思い返す————。
「こんな近場で未盗掘の遺跡が? でも探査終了済の遺跡があったって報告はなかったぞ…………」
「まじか!」
僕の呟きに健司が反応を示す。散財したのでまとまった金が欲しいなって話はしていたので喰いついてきたのだろう。
「必ず組合に報告しなければいけないという規約はないから誰かが独り占めしてそのまま放置された遺跡かも知れないね」
健司の期待はフェルドさんの話で潰えた。たしかにこんな徒歩でも三日あれば来れるような場所が未盗掘とはとても思えない。
「仮に【迷いの森】に迷い込んだとしたら、ここで待っていても時間の無駄だし遺跡探索ついでに赤肌鬼退治でもするかい? もしかしたら捕らわれてるかもしれないよ」
フェルドさんの意見も尤もだ。
「先に赤肌鬼を叩きましょう」
僕は決断した。
「ただし明日の夕暮れまでに一度ここに戻ってきます」
そう言って【幻影地図】を解除する。本当はあと半刻もしないうちに勝手に消えるんだけどね。
「この時間から襲撃となると灯りはどうするね?」
そう言ってゲオルグは蝋燭角灯を取り出す。月明りだけだと僕と健司には結構厳しいので灯りを用意しようかという事だ。
「開き直って煌々と焚きましょう。見敵必殺の精神で」
ワザと目立って敵を引き寄せ各個撃破で行こうと思う。ただ呪的資源は確保しておきたいから基本的にはぶん殴って進む方向でと伝える。
「遺跡に潜るなら、私の精霊魔法はあまり当てにはしないでくれよ。一応は風乙女を支配して連れていくけど」
遺跡などの人工物だと精霊が居ないことも多く支配して連れ歩かないと精霊魔法が使えないのだ。
フェルドさんに「それで問題ないです」と告げる。
「準備が出来たようなので出発します」
僕の号令で歩き始める。
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四半刻ほどで歩哨の赤肌鬼や大狼を駆除し遺跡入り口に橋頭保を築いた。
もっとも橋頭保などというが外部からの侵入は阻む【星の加護】や【雷鎖網】などの警報魔術などを仕込んだだけだ。ほとんどの荷物は魔法の鞄に収まっているからね。
先頭を担当する斥候の瑞穂が振り返り無言で僕を見る。指示待ちだろう。
「んで、どうする?」
二番目に位置する健司が代わりに声を出して聞いてきた。それに対して僕はといえば、
「これから突入するわけだけど、高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処しよう」とヤケクソ気味に言う。
「よーするに行き当たりばったりという事じゃな。お手並み拝見じゃ」
「やれやれ」
フェルドさんには呆れられてしまったが遺跡の情報もないし、もう行き当たりばったりでいくしかないさ。本来の予定にない行動だしね。
遺跡の中は思ったより清潔だった。幅0.5サートの石畳の通路を進む。金属鎧に身を包んだのが三人居る時点で消音に関してはお察しなのでこれは開き直るしかないだろう。日常的に使っている形跡もあるので過度に危険な罠はないと思いたい。
ここは瑞穂の勘に任せたと心の中で祈っておく。
時間的に迎撃準備は整えているかもしれないが、強力な罠までは用意できないだろう。それよりも今回の作戦で最大の懸念は和花達が人質になっていた場合だ。
四半刻ほどで最初の層は調べ尽くした。この上の層は赤肌鬼達の生活スペースだったようだ。ひとつ気になったのは水洗トイレが存在し奴らがそれを使用していたことだ。
子供並みの知能はあるし教えれば使えるだろうけど…………。
「ここの頭目は多分じゃが人間の闇司祭じゃろう」
唐突にゲオルグがそう漏らす。
「そうだね。闇森霊族って可能性も薄いかな」
フェルドさんがゲオルグの意見に同意しつつ別の可能性を否定する。
「なんでそう思ったんです?」
「同じ赤肌鬼なら気にも留めないし、文化レベルの低い闇森霊族も気にしないだろう。慣れって怖いね。不衛生な環境を一番嫌うのはこの世界じゃ間違いなく人族だよ」
健司の問いにフェルドさんがそう答える。
「それも衛生面に優れた場所で生活していた人族でしょうね。もしかしたら魔術師という可能性もあるかな?」
フェルドさんの意見に僕が補足を追加する。
「魔術師にして闇司祭とかだったら嫌だねぇ」
フェルドさんがそう感想を漏らした。
さて、時間も惜しいし下へといこう。




