135話 聖女誘拐③
「どうりで足跡などの痕跡がなかったはずだよ。だけど、これからの追跡は楽だ」
フェルドさんはそう言うと指さす。そこは確かに誰かが通ったような形跡があった。和花の野外活動の能力はないよりはマシって感じだからあちこちに痕跡を残しているだろう。
戦闘しているっぽいのを確認してから一刻は経過している。無事なら良いんだけど…………。
「だけど、墜落したとしたらそれなりの怪我をしているんじゃねーの? 周囲の木々の折れ具合から見ても軽傷じゃ済まないと思うんだが?」
健司がそう口を挟んできた。たしかに僕や健司がフル装備なら軽傷で済むかもしれないけど…………あの時の和花は平服と魔法の物品だけだった。骨折コースだな。
「確か和花殿はまだ【重癒】は使えぬのだろう? なら件の聖女殿は見世物小屋の道化師ではなく本物の聖女なのだろう」
「?」
「儂のような信仰心と修行によって奇跡を使う者ではなく、神々に愛され力を行使する聖者だと言う事じゃ。状況から件の聖女殿がいやしたのじゃろう」
聖職者であるゲオルグのいう事は多分間違いないのだろう。同じタイプでメフィリアさんという存在を僕は知っている。あの人は聖職者ではないけど奇跡を使う。
怪我とかは負ってないと判断しよう。
「先に進もう」
僕の指示にフェルドさんを先頭に奥へと進んでいく。
程なくして鬱蒼とした雰囲気が途切れ木々の間隔が開き始めたのか月明りが差し込むようになり僕や健司でも周囲が確認できる程度には明るさが保たれている。
「ここだね」
先頭を行くフェルドさんが立ち止まり周囲を見回す。
やや遅れていた僕も釣られて周囲に目を向ける。
そこには無数の赤肌鬼と大狼の死骸が転がっていた。
「樹が見た戦闘らしき場所は多分ここだろうね」
「そうですね」
「【魔法の矢】の痕跡はわからんが、奇跡の【気弾】や【聖壁】が使われた形跡はあるな。後は【電撃】の痕跡もあるのぉ」
検分を終えたゲオルグがそう報告してくれる。礼を述べて緊急案件の依頼を遂行する事にする。
赤肌鬼の群れに襲われた村からの報告では大狼が混ざっていたと言うので、こいつらはその一部だろう。討伐の証拠として証拠品である身体の一部を切り取る必要がある。これが迷宮なら解体すれば万能素子結晶が出てくるんだけど天然ものにはそれがない。
瑞穂が淡々と鼻を削いでいる。桐生家は高屋家の末席扱いだが実態がよく分からない家だ。指導した師匠曰く密偵の家系ではないかとの事だけど…………。でも従弟の薫からはそんな雰囲気は感じなかったんだけどなぁ。
今頃、何処で何をしてるんだろうか?
「気を抜くな。警戒!」
思案に耽っていた僕にフェルドさんの叱咤が飛ぶ。
慌てて周囲に気を配ると…………・
「囲まれている?」
複数の奇怪な叫びと唸り声だ。
最初に動いたのは相手だった。
飛びかかってきたそいつをフェルドさんの細剣が閃き、斬って落とした。
それを合図に一斉に相手が動き出した。そいつらはやはり赤肌鬼と大狼だった。
開けてきているとはいえ狭い森の中で大物の武器は使えない。ゲオルグは予備の手斧で赤肌鬼の頭部をカチ割り、健司は予備の小戦鎚を叩き付け赤肌鬼の身体に穴を穿つ。
僕に向かってきた赤肌鬼に瑞穂が投擲した投擲短剣が喉に突き刺さる。
その僅かな隙に呪句を唱え始める。
「綴る、創成、第一階梯、幻の位、囁き、誘眠、誘導、大気、変質、発動。【眠りの雲】」
魔術が完成するとともに出遅れた赤肌鬼達の板周囲の空気が変質しふらふらと倒れ伏す。どうやら抵抗出来た者はいないようだ。
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僕らはフェルドさんに周囲を警戒を頼み淡々と赤肌鬼や大狼の身体の一部を削いでいる。正直言えば気持ち悪いし嫌なのだが自分が嫌な事を誰かに押し付けるのも気が引けるのだ。
「赤肌鬼だけで28匹は結構な大所帯だ。これはそれなりの一党がいくつか連帯しないと厳しい案件だったかも知れないな」
作業も一通り終わり一息ついた事で少し気分が落ち着いたのでそう零した。
「だが、上位種が居ない。奴らなしでこれだけの数の赤肌鬼は纏められんじゃろう」
「大狼を飼い慣らしているので、規模的にかなりの大所帯ですね。これは支配種が居るかもしれませんね」
「そうじゃろうか? 同じ妖魔族なら闇森霊族の方が可能性が高くないかの?」
「その根拠は?」
「赤肌鬼共が使い捨てにされておるようにみえるんじゃ。支配種なら余ほどの事がなければそこまではせん」
ゲオルグの意見になるほどと頷く。仮にも同族だ。
「しかしよー。兵力の逐次投入とか無策過ぎねーか?」
やる事がなくなって暇を持て余していた健司が話に加わってきた。
「逆にこの程度の数を逐次投入しても痛くない程の大所帯って可能性があるぞい」
ゲオルグの反論を聞いてふと思った。
「なら、なぜ近くの村が襲われたにも拘わらず無事なんだろう?」
【幻影地図】で確認取った時はチラッとしか見なかったが少なくても人はいた。推測だがかなり大規模な赤肌鬼の集団に襲われて持ちこたえられるようには見えなかった。
わからん…………。
「緊急案件の方は赤肌鬼共を皆殺しにすれば解決なのか?」
「乱暴な言い方をすればそれで間違いない。最終的には村の安全が確認出来たら終了かな」
「なら先に奴らの拠点を潰そう」
そう口にしたのは周囲の警戒に出ていたフェルドさんだった。
「ですが…………」
「彼女たちが無事だとしても周囲の状況が赤肌鬼達に荒らされてしまって追跡は無理だ。それに捕獲されたとすれば本拠地だろうしね」
フェルドさんの意見は正しいのだが…………。
「もう一つある」
悩む僕を見つめるフェルドさんは西の方を指さす。
「うっかり【迷いの森】に迷い込んだ可能性だ。無策で飛び込めば我々も遭難だろう」
どうする?




