129話 決闘を見る
両者の恰好は優男は金糸や銀糸で彩られた豪奢な刺繍が施された裾の短い筒型衣に足首まである脚衣と短靴と平服なのに対して禿頭の巨漢の男の方は上半身裸で下半身も四分丈の脚衣と肌色成分が強い。躍動する筋肉とか誰得なんだろうか?
得物は優男は珍しい事に湾刀で、巨漢の男は大剣である。
審判役の戦の神の聖職者が何やら説明をしている。聞こえた範囲ではコイントス式で開始して、勝敗は降伏か戦闘不能になった時点で終了で生死などは問わないという感じのようだ。
巨漢はどっしりと構えているのに対して、優男の方は周囲の女性の黄色い声に応えている。対照的な二人だ。
「どっちが勝つのかな?」
「あっちの優男が勝つよ」
左側に陣取る和花の質問に僕はそう答える。戦士はガタイが大きいほうが強いと言われている。それは大きな武器を振るえる事と重い鎧を身につけられることから言われている。もちろん打たれ強さも高いって言うのもある。
だが、あの優男は何かを持っている。僕の戦士としての勘がそう囁くのだった。
審判役の戦の神の聖職者が審判役がコインを弾き宙を舞い街路に落ち音を立てた瞬間に大剣を担いだ巨漢がドカドカと距離を詰めて行く。
双方の距離は2.5サートあり間合いを詰めるのは当然だろう。だが残り1.25サートのところで動きを止めた。
見れば優男の方はいつの間にか湾刀を抜き振り切った後だった。
巨漢の男の頬に一筋の切り傷が出来ており事態が読めない彼はそれで動きを止めたのだろう。それが男の不運の始まりだった。
優男が湾刀を振るうたびに裂傷が増え血が舞う。
「あれってどういう事?」
「武技の【烈風斬】の連撃かな?」
和花の疑問にそう答えたもののどうも腑に落ちない。
あの手の技は溜めの予備動作が必要だがそれが見られない。どちらかと言えば【霞斬り】のように速射砲の如く連発しているので違うと思う。かといって魔法の武器かと問われると射撃系魔術を付与した武器でもあんな連射は出来ない。
威力が弱いのか傷は浅い。その事に気が付いたのか巨漢の男は大剣を上段に掲げ思いっきり踏み込む。
優男はまるでそれを待っていたとばかりにニヤリとすると不自然な動作で湾刀を振る。
十分に距離が離れていたにもかかわらず巨漢の両手首が切り裂かれ血飛沫が舞い男は大剣を取り落とす。
出血状況からみて腱まで切れているだろう。
審判役の戦の神の聖職者が優男の勝利を告げる。それと共に周囲の女性陣から黄色い悲鳴が上がる。優男は悠然と周囲の黄色い悲鳴に手を振って応えつつ去っていく。いつの間にか湾刀は鞘に収まっていた。
「あの不自然な腕の動き…………」
明らかに剣を振る動きじゃなかった。それまでの動作も妙に軽々しく感じていてが…………。
「あの男は多分だが鎧を着た男とは対戦しないぞ」
考え込んでいると健司が確信をもってそう言い切った。
「どういう事?」
「威力が弱過ぎるし攻撃速度だけは速いが狙ってる感じじゃなかった。たぶんあれは相手を警戒させるだけの小手先の技で本命を隠すための欺瞞だったんじゃないかと思っている」
「儂にはさっぱり動きが分からなかったのぉ」
健司と和花のやり取りにゲオルグが口を挟んできたが彼にも理解できないようだ。
「最後の動きは鞭使いの腕の動きだね」
僕らのやり取りに今まで黙っていた上位森霊族のフェルドさんが口を挟んできた。
「? どういう事です」
「それを考えるのも修行のうちさ」
理解しているようだが教えてくれる気はないらしい。
ふと右を見ると瑞穂が頻りに右腕を動かしていた。先ほどの決闘の再現だろうか?
そして何度か頷くと「うん、わかった」と口にした。
僕と目が合うと、「見てて」と言い何処からか見つけた小石を宙に放る。程なくして落下し始めると瑞穂の右手が閃いた。
落下した小石は見事に真っ二つだった。
「原理はコレ」
「そうか、鋼刃糸か」
瑞穂が頷く。
「たぶん、湾刀の先端から1.5サートほどの極細鋼線が伸びていて極小の錘が付いていたはず」との事だった。
直前まで抜かなかったのも仕掛けがバレないためなのだろう。
「遠距離攻撃で気勢を制していたのは狙って斬るほどの精度がなく一定の空間を切り刻むことしかできなかったのではないかと思う」
目のいい瑞穂には錘が見えていたらしい。
「瑞穂なら真似できそう?」
冗談交じりでそんな質問をしてみた。
「私なら相手が動いた瞬間に終わらせる」
そんな怖い事を呟いた。
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地霊族のゲオルグに先導されて神殿に通された。ゲオルグの先輩にあたる高司祭に挨拶し寄進という事で袋を渡す。中には多いか少ないか分からなかったが金貨50枚ほど入れてある。この人数なら十分な額ではなかろうか。
説法は拝聴せずその後立ち入り可能な区画を見学させてもらう。訓練所も盛況で多くの冒険者が戦闘訓練に励んでいた。冒険者組合でも訓練とか行えば引退後の冒険者の再就職先とかでいいと思うんだけどねぇ……。
半刻程で見学も終わるとゲオルグは先輩と話があるとの事でいったんここで別れる事となった。用件が終われば一人で魔導騎士輸送機へと帰るとの事だ。
「私も旧友と会いたいので、ちょっと失礼するよ。あ、勝手に戻るから私の事は気にせずに」
フェルドさんもそう言うと足早に去っていった。
「まだお昼には少し早いけど済ませちゃう?」
時計塔を見ながら和花がそんな事を言ってきた。その時、右側からかすかにくぅぅぅと音が聞こえた。チラリと窺うと瑞穂が恥ずかしそうに頬を染めている。
「僕もお腹空いてて背中とくっ付きそうだし何処かで食べよう」
さてどんな料理に巡り合えるかな?




