126話 離脱
2019-09-01
手術も終え一般病棟に戻ってきました。
退院はもうちょい先ですが、不定期更新を開始します。お付き合いいただけると幸いです。
和花の放った【昏睡の雲】にて熟睡状態に陥った冒険者たちを素早く手足を縛り上げ、武器は離れたところに一纏めにしておく。近くの森に隠しておいた魔導速騎を運び出してきた頃には四半刻ほど経過していたが起きる気配はまだない。
このまま放置でも良いのだけど、一応確認すべきことを確認しようと思い一番軽装の男の首元を調べるが認識票がない。一応規約で決められている事なんだが…………身バレを警戒して意図して隠したか、それとも…………。
「素性は分かったの?」
「いや、認識票を隠してるっぽい」
「なら…………綴る、基本、第一階梯、探の位、魔力、知覚、周囲、発動。【魔力探知】」
和花が【魔力探知】の魔術を発動させる。
そして首を振る。
「…………持ってないみたい」
認識票は魔法の物品にあたるので反応するはずなのだが持っていないと言う事は…………。
「嫌な予感がするから、すぐにここを離れよう」
「ん? どゆこと?」
「移動しながら話すよ」
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魔導速騎にて街道を南へと進みつつ自分の考えを説明していく。
「よーするに濡れ衣を着せられる可能性があるって事?」
彼らは負けるべくして襲ってきたのだろう。そうは言っても彼ら自身が負けるつもりだったわけではなく、裏で彼らを操ってる人たちにとってと言う事だ。勝っても負けても損はしないのだろう。
僕らが敗北した場合は僕らは役人に犯罪奴隷として処理された後で戦闘奴隷として転売される。奴隷として使える正魔術師とかさぞ高値で売れるだろう。
僕らが彼らを撃退した場合は六人は身元が分からないので野盗扱いで犯罪奴隷として処理される。
昨夜の夕飯でやたらと細かく個人情報を聞いてきた衛兵さんやその上司も一枚咬んでいるかもしれない。
もちろんすべてが僕の妄想だったという可能性もある。それこそ法の神の司祭に容疑者全員に対して【嘘発見】の奇跡を用いて尋問でもしない事には難しかろう。
素早く現場を離れた理由は僕らを監視していた存在が居るだろうことを警戒しての事だ。
街道整備の規約によって街道周辺125サートに建造物などを建てることが禁止されており樹木などすら切られている。街道の両サイドは一面草原か背の低い作物しか存在しない。
だが、偽装装備を被って双眼鏡などを持って遠距離で臥せっていたら、よほどの人物でなければ見つけられないだろう。僕はそれを警戒した。思い過ごしなら良いんだけどね。
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無事に日没前に合流を果たした僕らは荷台に魔導速騎を収めて居住区へと赴く。
「ただいまー」
そう言った僕に真っ先に瑞穂が飛び込んできて無言で抱きつく。
「連絡できねー事は分かっていたけど、俺らも心配したんだぜ」
瑞穂の頭を撫でつつ健司からの報告を聞く。特に事件はなかったが騎体を整備していたハーンが報告があるらしい。二度も話すこともなかろうと健司も聞いてないらしい。
夕飯までまだ時間もあるので先に儀式を済ませて【幻影地図】の魔術が使えるようにしておこう。
黒い箱の母機を魔法陣の中央に置き【衛星母機登録】の儀式魔術を行う。やたらと長い呪句を暗記するのは無理と判断し呪文書片手に和花と詠唱を開始する。
半刻程の儀式で無事に登録が完了した。登録を済ませたので、今度は情報収集用の鉄杭のような子機を6軌道2本ずつの計12本打ち上げるのだ、こちらも【衛星子機登録】という儀式魔術で登録と活性化を行わなくてはならない。
「その魔術は野外で行わないと後悔するよ」
フェルドさんにそう指摘され理由を聞くも、「やればわかる」と返されてしまった。
そしてその意味をすぐに理解する。
垂直にすごい勢いで上昇していく子機を見て、これを屋内で行った場合の事を考えると…………。そしてこいつの技術を兵器転用できないモノだろうかとか思案する。僕としてはこの子機に用いられた術式でミサイルを作れないだろうかと考えている。ミサイルと言っても弾頭に搭載された炸薬の爆発力ではなく、ミサイルそれ自体の持つ運動エネルギーで対象を破壊する運動エネルギーミサイルの方だ。対巨獣長尺加速投射器の銃身に使われている術式も利用できるかもしれない。
使い捨てだろうと遠距離攻撃手段は多いに越したことはない。
程なくして子機が軌道に乗り地上の情報を収集し始めたと母機が伝えてきた。
「あと半刻もすれば使えるようになるよ」
フェルドさんに伝えるとそう教えてくれた。
なら先に夕飯かな。
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手足を縛られた冒険者達を眺める一団が一部始終を見ていた。
「ちっ、やっぱりあんな雑魚程度じゃ銅等級の魔術師二人を倒すことは無理か」
そう口走った人物は大鎧を身にまとい腰に打刀を差していた。一党の頭目だ。
「まぁーそれでもあいつらを野盗って事で差し出せば金貨12枚。賄賂とかでいくらか取られますがそれでも金貨10枚は残りますよ。花園の身請けの目標金額も近いんじゃ?」
「そうっすよ。俺らの為に役に立つんだから、あんな極潰しの雑魚でも人の役に立ったんですよ」
「昨日の分と合わせたら結構いい儲けっすよね」
「そろそろ俺らも銅等級になれるんじゃないですかね?」
口々に手下どもが言いたいことを言っているのを聞き流し頭目格の人物は沈黙していた。
「あいつら…………今回の獲物の銅等級の二人だが、頭巾で顔を隠していたがちらっと見えた感じ高屋と小鳥遊に見えたのは俺だけか?」
その頭目格の男はそう言った。それも日本帝国語で。
「はは…………まさか。高屋は俺がきっちり仕留めたはずだし、小鳥遊には六道の取り巻きの女共をけしかけたんすよ」
「遺体も確認してるんすよ」
「そうっすよ。二度も偶然が重なるわけが…………」
取り巻き達の話を聞き流し頭目格の若い男は再び思案し始めた。
「樹…………。もしお前が生きていたら俺の事を許さないだろうな…………」
その呟きは誰に聞かれることもなく消えていった。




