124話 宿泊②
衛兵さんは健啖家なのか三人前ほどを軽々と平らげて今はエールを浴びるように飲んでいる。まるで健司や地霊族のゲオルグを見ているようだ。
正直お酒の味はよくわからんので僕はほとんど口にしない。和花はといえば林檎酒を少量嗜んでいる。ほんのりと頬が朱に染まってることから酔っているようだが妙に大人しい。
半刻ほど食べながら衛兵さんから聞きだした話を要約すると、この中継都市ミルドの中は治安が維持されているが、外に出るとかなり危険が多いという。危険と言ってもゲームにありがちな強力な怪物がウヨウヨと徘徊しているとかではなくて、野盗の遭遇率が高いのだとか。
街道の警備巡回の依頼を受けた冒険者ですら襲われるという。
ただ相手は貧相な装備とはいえ武装していて数も多いので大規模な隊商に潜り込まないと旅もままならないと注意された。
野盗の多くは東方中部域から戦火に焼きだされてきた農民などが食うに困り野盗化する事がほとんどらしい。それなりに実力のある冒険者にとっては野盗を捕らえて犯罪奴隷として売り払えば小遣い稼ぎも出来て組合の評価も上がって一石二鳥だとよく酒場で自慢しているのがいるらしく我先にと依頼争奪戦と化しているらしいとの事だ。
今日も哀れな難民崩れの野盗が犯罪奴隷として引き渡されたとの事だ。
…………酷い話だ。
そもそもが二〇年ほど前から戦争の規約が変わってしまい戦争が泥沼化しているのだそうだ。
昔は適当に農民兵同士が前座で戦った後に魔導騎士同士の一騎打ちで勝敗を付ける事がほとんどで、敗北しても機体と騎士の身代金を納めれば無事に返されたそうだ。それがいつしか領土欲と権力に取り憑かれた貴族が王を名乗り独立を宣言し、周囲もそれに倣い独立を果たしていく事になる。弱体化した宗主国は現在は滅びそうだが、王族の末裔がどこかに潜伏して居るとの噂が定期的に流れる。
戦争の形式も魔導従士を大量導入した集団戦へと移行し、今では潰しあいに近い状態になっているそうだ。さらに農民兵の不満解消の為に略奪暴行を認めたのが輪をかけて凄惨になっていったそうだ。
以前少しだけ滞在していたルートと言う都市国家の王都で僕らも襲われたことがあるけど…………あれが至る所で横行しているのかと思うと…………。
その後、酔った衛兵さんに僕らの関係を根掘り葉掘り聞かれて非常に困った。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
それなりに有意義な時間を過ごし十の刻頃に衛兵さんとは別れて僕らは部屋に戻ってきている。魔導機器によってお湯が出るのでシャワーを浴び生活魔術の【洗濯】で装備を綺麗にするとやる事がなくなった。
「こっちの世界は夜が長くて嫌ねぇ」
ベッドに大の字に転がる和花がそんな事をボヤく。彼女の恰好は迷宮都市ザルツの富裕層向けの店で購入したフリルをあしらった女性用寝間着姿だ。
「なら、一緒に魔術の勉強でもする?」
そう答える僕はというとソファーに腰掛け呪文書に目を通している。
この世界にも札遊戯や卓上遊戯は存在する。迷宮都市ザルツで昼間の稼ぎで豪遊していた冒険者が酒飲みつつ嗜んでいるのは見た事がある。
あまり普及していない理由は多くの者は、昼は忙しいし夜は燃料代が勿体ないからなのだが…………。闇の日にきっちり休暇を満喫している者も多くはない。よーするに生活に余裕がないのだ。
僕らは運よく生活に困ることはなくなったけど冒険者、それも魔術師である以上は呪文書片手に魔術なんぞ使っていられないのでとにかく暗記しないといけないのだ。
だが今回は魔術の改造にチャレンジしてみたかったのでなんとなく簡単そうな魔術をダラダラと探しているのだが…………。
「そもそも先生が今の魔術は完成されてて手を加える要素がほぼないって言ってなかったっけ?」
上体を起こしつつ和花がそう指摘する。
「僕も師匠から効率化に関してはもう無理だって聞いたよ。今回は効率じゃなくて戦闘で役に立つ魔術を創作してみたいなーとね」
今の魔術は種として劣化した人族が効率よく魔術を行使できるように長い年月をかけて研究された産物だ。イメージとかいう曖昧なもので効果が変わるわけでもないので古典ラノベで読んだ異世界人的な違う発想で何かが変わるわけでもない。
発動に必要な事は発動体を所持し、正しく呪句を詠唱しつつ宙に呪筆を描き、脳内で術式を処理し、呪印をきる。そうすることで周囲の万能素子が霊的器官の導管を通って魔力となり魔術が発現されるのだ。
異世界人の僕らのメリットは親和性の高さで、発動体と呪筆と呪印を省略できる。省略しない方が確実性は増すのだが戦闘時はあえて省略することにしている。
「先生ですら【閃光矢】と【昏倒の矢】くらいしか作れなかったって言ってたし、それだって効率悪いって」
和花にそう言われるのは分かっていた。
第一階梯の【魔法の矢】をベースに非殺傷魔術として作ったはいいけどいまいち使い勝手が悪いという。具体的には術式が増えたことによって脳への負荷が増えたために放てる本数が【魔法の矢】に比較して減ってしまうのだそうだ。
あーでもない、こーでもないと和花と議論をしていくうちに気が付けば十一の半刻を過ぎていた。
「そろそろ寝ようか?」
一昼夜でどうこう出来るもんでもないので打ち切る事にした。
「なら、樹くんはこっち側ね」
和花がそう言ってベッドの左側をバンバンと叩く。
「僕はソファーで寝るから大丈夫だよ」
同じベッドで寝たりしたら緊張して寝れなくなるかもしれないしね。
「そんな…………こんな広いベッドでひとり寝なんて寂しいわ」
和花はそう言ってわざとらしくしなをつくってみせる。出来ればもうちょっと色っぽい格好で言って欲しかった。
「仕方ないなぁ…………」
僕はそう口にすると要求通りベッドで寝ることにした。
ベッドに横になると和花も横になり程なくしておずおずと僕の手を握ってきた。
ちらりと横を見ると和花と目が合い「ダメ?」と甘えた口調で尋ねてくる。
「いいよ」
そう答えて「消灯」と魔導機器の灯りを消す。
平静を装っているけど心臓はバクバクと早鐘を打っている。寝れるといいなぁ…………。
少し魔術について設定を弄っております。若干食い違う事があるかもしれませんが後出し優先でお願いします。




