122話 高い買い物
2019-10-10 文章の間違いに気が付いたので文言を修正
「結構大きな町ねぇ」
霧雨の降る中頭巾付きの合羽を羽織った和花が巨大な市壁を見上げ独り言ちる。
隣に立つ僕も同じような格好だ。ここまでの移動に用いた魔導速騎は近くの森に隠した。起動登録してあるので、きちんとした設備のある場所で登録解除を行わない限りは持ち主以外が起動させられないので巧妙に隠しておけば問題ないだろうと判断のうえだ。
僕らは徒歩の冒険者を装っているので偽装で背負い袋を背負っている。中身はほとんど入ってないんだけどね。
入都手続き待ちの行列が見えたので僕らも最後尾に並ぶ。
この中継都市ミルドは魔導機器組合の生産拠点のひとつであり魔導列車の整備基地も兼ねている。形式的には中原の超大国ウィンダリア王国の飛び地という扱いになっているそうだ。
師匠が居れば特権で並ぶ必要もないのだが、銅等級程度の冒険者なので仕方ない。
「そういえば、アレは使わないの?」
流石に黙って市壁を眺めるのに飽きたのか和花がそう聞いてきた。
アレとはデア・マルエッセン伯爵から戴いた家紋入り儀式用短剣の事だ。飛び地だが直轄領である以上問題なく威光が通じるだろう。
これを受付で見せれば貴族特権で並ばなくても入都出来るのだが、万に一つでもトラブルを起こすとデア・マルエッセン伯爵の顔に泥を塗る事になるので余ほどの事がなければ使いたくない。
和花にはそう説明した。
「それもそうね」
僕らは元々が武家という特権階級だったので、そのあたりの事情は分かっているのである。和花も判っていて聞いてきたんだろう。
だらだらと一刻半ほど並んでいるとようやく僕らの手続きとなった。
受付にて入都目的を確認され、冒険者組合の認識票を見せ、帳簿に名前と滞在期間を書き滞在許可証を貰えば終了である。
「さて、目的の物だけ買ってさっさと帰る?」
市壁を抜け大きく伸びをした後に、左隣りに居る和花に確認を取る。
何時もなら直ぐに反応が返ってくるのに返事がないので左を見ると妙に緊張しているのである。
「なんかあった?」
「今日は瑞穂ちゃんが居ないから私が頑張らないと……」
ん? まさかと思うけど周囲の警戒の事を言ってるのだろうか? 歩きながら一応は周囲の気配を探ってみるが特にこれといったものは感じないので、「和花には瑞穂の真似は無理だと思うよ。得手不得手があると思うし」と率直な意見を言ったがお気に召さなかったようだ。露骨に不機嫌そうに頬を膨らませる。
いや、露骨に警戒していますって態度はどうかと思う。
「でも、樹くんは結構抜けてるから……」
不機嫌そうにそんな事を言ってきた。た、確かに否定しにくい…………。
「だけどこんな街中でいきなり襲われたりはしな————」
そう言い切る前に和花が強引に僕を引っ張り壁に張り付く。突然の事に平衝を崩し壁に手をつく。傍からみると突然僕が和花を壁に押し付けたように見えただろう。僕の背後を若い男たちが通過する。その際に「こんな時刻からお盛んだねぇ」と冷やかされる。
「お前たち、置いていくぞ」
一向の頭目らしき若い男の声に「さーせん」と詫びて足早に去っていく。
え? いま日本帝国語だったぞ! 慌てて去っていく男たちを見ようと振り返ろうとすると和花の手が伸びそれを許してくれない。そして指が僕の唇に添えられる。どうやら喋るなって事のようだ。
程なくして「もういいよ」と和花が囁くので去っていった男たちの方を見るが当然人混みに紛れてしまって見えない。
「あいつら日本帝国語を喋っていたけどどういう事?」
「…………気が付いてなかったの?」
溜息と共にそんな事を言われたのだが…………いや、待った。
「そう言えば聞いた声だった気がする」
そういったものの何処だっただろうか?
「まぁ~確かに一年以上前の事だもんね。樹くんは結構興味がない事には無頓着だよねぇ……」
そう言って和花が言葉をいったん切る。
「あの人たち、私たちと一緒に強制転移された時に一緒に居た上級生だよ。それも藤堂先輩の取り巻きだよ」
そう和花に指摘され記憶をほじくり返していると確かにそんなのが居たなと思いだす。
隼人の話でも藤堂先輩の嘘でみんなバラバラに逃げ出して多くの面子が不幸な目にあったって感じだったな。
あれ? 当時は違和感なく聞いていたけどなんか変だ。記憶があいまいになっていて何がとは断定できないけど…………。
「————。樹くん聞いてる?」
どうやら考え事に没頭していて和花の話を聞いていなかったようだ。頬を抓られた。
「もう一言うけど、藤堂一派に見つかりたくないから町を出るまで【変装】の魔術を使おうって言ったの」
頭巾も被っていたこともあり僕らの事は気が付いてないのだろうけど、なぜ変装までしてやり過ごす必要性があるのだろうか?
「死んだと思ってた人が、ピンピンしてたらびっくりするじゃない」
「でも、蘇生の魔法とかは存在するし、彼らも一度はその恩恵を受けた訳だから遭遇したら蘇生して貰ったと言えば済むことじゃ?」
そう言ってみたものの確かに蘇生できる確率、使える術者の問題などを考えるとニ度も偶然が起こるとも言い難いとは思うんだけど、同胞が生き残ってて困る事ってあるのだろうか?
「死んだと思った同胞が生きていたと判って困る理由ってあるの?」
そう問うのだが、和花の言い方だと僕らは彼らに殺————。
突然激しい頭痛が襲い何も考えられなくなる。頭を押さえ呻くと和花が心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
だが僕は激しい痛みに答えられない。まるで【禁止命令】の魔術の禁足事項に触れた時のようだ。
そう思って考えるのをやめた。
不思議な事に急に痛みが引いていく。
「ごめん。もう大丈夫」
取り敢えず【禁止命令】を掛けられているッぽい事は分かった。多分かけたのは師匠だろう。あの日の事を思い出してはいけないという事だろうか。やはり何かあったんだろう。となると…………記憶がないのも師匠の魔術なんだろうか?
「それにしても樹くんは、私か瑞穂ちゃんがついていないとダメだなぁ」
そう言って和花がニヤニヤとする。
【変装】の魔術で見た目を変更した。もっともこの魔術では体形は大きく変更できないので髪の色と瞳の色を変更しただけだ。ぱっと見は東方民族っぽい外見となった。どうせ町から出る際には解除するので割と適当である。
待ち時間が長すぎたこともあったので一度食事休憩を取ろうと周囲を見回す。
▲△▲△▲△▲△▲△▲
「高い…………」
食事を済ませて魔導機器組合に向かい必要なものを受付で告げた際に提示された金額が想定していた額より遥かに高額だったのである。
「なんでそんなに高額なんでしょう?」
思わず確認せずにはいられなかった。
「実は————」
受付さんの話によると一般的な魔導機器は生産可能なのだそうだが、高度な品はいまだ技術が追い付かず発掘した古代王国の自動生産プラントで細々と生産されたモノを売っている状態なのだそうだ。
組合や役所で使用されている板状器具端末や認識票なども本来は生産不可能な品らしい。
僕らの欲しい品も生産不可品目であり、軍事用品扱いとなる為に名声と金のない奴には売らないというスタンスらしい。
取りあえず納得は言ったので認識票を渡し組合の貯蓄から引落してもらう。
銅等級の冒険者で竜殺しという名声が地味に効果があったらしい。
今回の目的は【幻影地図】の魔術を使うために必要な機材を購入するために出向いたのだが、まさか金貨300枚も持っていかれるとは想定していなかったよ…………。
上級品級の装備一式揃えられるんじゃないだろうかって金額だった。
7/26より入院しており一般病棟ではなくちょっとネット繋げられる環境ではなかったため投稿が大幅に遅くなってしまいました。




