118話 旧友現る
2019-10-24 文言を一部修正
「————。発動。【通訳】」
躊躇していた僕の後ろで旋律のような呪句が響く。
「私が交渉を代わるわ」
和花がそう言うとウィンクして見せて僕の一歩前に出る。
「私たちは善意でこの森に踏み込んだから生憎だけど証はないわ」
「女の魔術師もいるのか!」
その声には焦りが感じられる。
取りあえず交渉は和花に任せて僕は【通訳】の効果を自主的に打ち切る。
「瑞穂。相手の位置は特定できる?」
前にいる瑞穂に小声で日本帝国語で尋ねる。
「…………半分。あとは自信が持てない」
勘の鋭い瑞穂をもってして半分か…………。流石に森の中の森霊族って事だろうか?
どうするか思案していると交渉を進めていた和花がこちらを見ていた。
「樹くん。向こうから交渉役が来るって」
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「ちっ、地霊族がいるのかよ」
暗闇から姿を現した途端に舌打ちと悪態である。
「交渉役がいきなり舌打ちと悪態とは感心せんのぉ?」
ゲオルグがそう言って笑う。相手が森霊族と分かった時点でこうなる事は予想済みだったようだ。
その出立は間違いなく僕らの思い描く森霊族像だ。硬革鎧に身を包み、腰には細剣を提げている。左手にはこの世界の森霊族が好んで使う速弓を握っている。
「最初に我らの問いに答えた魔術師は誰だ?」
その発せられた高圧的な声は森霊族は高慢というイメージ通りともいえる。
「僕です」
僕は挙手して一歩踏み出す。この森霊族はきちんと公用交易語が出来るようだ。
だが僕の動きは迂闊な行動だったようだ。風切り音と共に足元に矢が突き刺さる。周囲に覆うような殺気が僕の肌を刺す。
「止めよ」
そう言って暗がりからもう一人の森霊族が姿を現す。姿を現したその森霊族は僕らの予想を上回る人物だった。
同じような格好だったが驚いたのは彼が上位森霊族だったのである。師匠の集団に居た森霊族のフランさんより耳が長く笹のような形は間違いない。妖精界に引き籠っており、ほぼこっちの世界には居ないと聞いていてたのにまさか巡り合えるとはね…………。
レアモンスターを見つけたような嬉しさがこみ上げてくる。
「私が変わろう」
上位森霊族が右手を上げそう声を発する。
途端に周囲を覆っていた殺意が消える。
「若いのが失礼した。私はギャエル氏族の客人でフェルディナンという。ま、いわゆる交渉役だな。で、そちらは?」
そう言うと右手を差し出してきた。握手って事か。
フェルディナンと握手を交わし口を開く。
「僕はこの一党を率いる頭目で高屋と言います。知らぬとはいえそちらの領域を犯したことを謝罪します」
そう言って頭を下げる。師匠の座学で聞いた話では領域侵入問題は知らなかった事を告げ素直に非を認めて謝罪した方が後々の展開が楽だと教わっていた。
「ま、無知は罪とも言うけど、よそ者にそれを押し付けるのも酷と言うものだ」
地味にディスられた気がした。
「それで、なぜ途中で交渉役が変わったんだい?」
咎めてはいないよと言わんばかりの柔らかい口調であったが、下手な嘘は見破られそうな気がしてならない。
「一方的に狙われ、こちらとしては逃走も考えていましたので、その為の打ち合わせをしようかと思っていました。【通訳】の魔術を使っていましたので、そちらの知らない言語を用いても会話が筒抜けになってしまいます故に」
それなら正直に話してしまえと本音をぶちまけた。
フェルディナンが唐突に笑いだし、それが収まると「これは失礼」と謝罪した。
「いまギャエル氏族はちょっと問題を抱えていてね、若い奴らがピリピリしているんだよ。運が悪かったとしか言えないね」
若い奴らと言われても普通に僕らより年配なんだろうなぁ…………。
「まーお詫びと言っては何だけど集落で休んでいくかい?」
そんな事を言われてしまった。
他の面子もどうする?って表情だ。
暫し悩んだ末に僕はこう回答した
「お言葉に甘えさせてもらいます」
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フェルディナンさんが滞在している住宅で車座になって食事を取っている。何でこうなったかと言えば————。
「森霊族と言う種族は氏族単位で閉鎖的に生活しているんだが、氏族全体が家族という考え方で完成しているんだよ。彼らの考え方からすると人族が悪いことをすれば、それは人族全体の罪みたいな感覚になるんだ。家族の罪はその一族の罪って言えばわかりやすいかい?」
フェルディナンさんにそう説明されるのだが、森霊族って結構やべー種族?
何故この話をしているかというと、この森で人族が若い森霊族の娘を何人か攫ったと言うのだ。彼らの考え方からすると人族は皆殺しだ!って状態らしい。
武闘派過ぎてなんも言えない。高慢だがもっと理知的で大人しい種族だと思っていたよ。まぁー子宝に恵まれない森霊族の若い子を攫ったならと思うと判らなくもない。
だが彼らの怒りの炎に油を注いでいる原因がもう一つある。
「森霊族はね、種として劣化していく一方でね長くても千年ほどしか生きられないんだけど、そのほとんどが事故死か病死が多い。老衰で看取られて逝くってケースは殆どないんだ。彼らは自分の死期を悟るとひっそりと集落から消えてしまう。そしてある日、森に見慣れぬ若木が出現する。そしてその足元には消えたはずの老森霊族の身に着けていたものが残されている」
「死ぬと若木になる。よーするに周囲の森はお墓…………いえ、樹木に転生したって事ですか?」
フェルディナンさんの説明にそう答えていた。
「魂は輪廻の渦に取り込まれるから君が言いかけたように墓標であっているよ。だから森霊族は木々を傷つけることを極端に嫌う」
「病死とか事故死した森霊族はどうなるんです?」
思わず好奇心でそんな質問をしてしまった。
「穴掘って埋葬するよ。そして暫くするとそこに一本の若木が出現する」
周囲の森自体が祖先の墓標なようなものなのか…………。
そしていま森霊族の数が激減している要因が子宝に恵まれない事もあるが、古代魔法帝国の魔術師が生態を調べるために森霊族の集落をいくつも襲ったって言うのもある」
「なら魔術師や人族が恨まれるのも判らなくないですが…………」
なんか嫌な話を聞いてしまった。そう後悔しかけていた時、
「君らが気にすることはないよ。昔はいざ知らず今は森霊族も町などで見かけるだろう? 人族と子を成す者もいるという。いつまでも過去を見ていても仕方ないと思う若い世代も増えてきているのさ。過去を見て恨んだ先には何もないと理解しているのさ」
「はぁ……」
「それに人族の町は刺激が一杯だ。いつ行っても楽しいよね」
フェルディナンさんのその言いようは結構妖精界を出てこっちの世界に遊びに来ている?
「人探しにちょくちょく遊びに来ているんだよ」
まるで僕の考えを読んだかのようにそんなことを言うのだった。
「人探しですか?」
「私は人族が神話時代と呼ぶ頃から生きているのだけど、ある男神の末裔を探しているんだよ」
末裔? あれかな?
「光の神か闇の神の事ですか?」
あの二柱の神は師匠の話では人族に転生したと聞いた。
「北と南で神さまごっこやってる奴らだろう? 違う違う」
思いっきり否定された。
そしてこう告げた。
「我が盟友にして巨神族最高の武神ヴァルザスだよ」
師匠かよぉぉぉぉぉぉ!!
心の中で叫んでいた。




